新鮮ミルクを使ったふるふるプディング【竜】
「ブライダル……モデル……ですか?」
一人のシスターが子供たちの世話をしている傍ら、他のシスターが彼女宛になにやら招待状を手渡した。そこには「ブライダルフェア 招待状」ときれいな字が走っていた。それを受け取ったシスター─ナルアダルアは頭に大量の疑問符を浮かべながら招待状の封を開けた。すると、中にはこれまた達筆な字で短くこう書かれていた。
「ぜひあなたにブライダルモデルをしていただきたく、この招待状をお送り致しました。詳細は別紙にて」
なぜわたしなのだろうかという疑問もあったのだが、それよりもナルアダルアが気になったのは開催場所やスケジュールだった。あまり遅い時間だと、子供たちのお世話する時間と重なってしまわないだろうかと気にしていると、シスターの何人かが優しく微笑んでいた。
「お時間を気にしないでください。こういう機会は滅多にないものです」
……確かに、ウェディングドレスを着ることができる機会なぞそう多くあるものではない。そう考えると、心の奥の中に申し訳なさを感じながらナルアダルアは封筒に同封されていた参加状にサインをし送り返した。返事は数日も経たずに到着し、正式にブライダルモデルとして赴くことになったナルアダルアは最後の最後まで子供たちを気にしながら会場へと向かっていった。
「ここが……会場かしら」
封筒に添えられていた別紙の地図を頼りにたどり着いたのは、大きな大きな屋敷だった。青空の下、庭ではたくさんの人たちが思い思いのポーズで写真を撮っている光景が目に入った。門を潜り、受付を済ませるとすぐに担当者が親しみのある笑顔で案内をしてくれた。外だけでも豪華だと思ったのに、中はそれ以上に豪華だった。シミ一つない赤色の絨毯、真っ白な壁紙、ぴかぴかと光る大きな壺が等間隔に置かれ、その一つ一つが高級オーラを放っていた。
(なんだか、とっても場違いな場所に来てしまったような……)
見たことのない数々の調度品にびくびくしながら歩いていると、やがてひとつの部屋に通された。中へ入るとそこには噂でしか聞いたことがなかったドレスのデザイナーであるレディ・シトラスが立っていた。レディ・シトラスはナルアダルアの顔を見るやすぐに嬉しさを爆発させたように顔を綻ばせ、挨拶をした。
「初めまして、ナルアダルア様。そしてご参加いただき誠にありがとうございます。わたし、このブライダルフェスタの主催者でレディ・シトラスと申します。今日は楽しんでいってくださいね♪」
そう言いながら軽く手を握ると、レディ・シトラスはスタッフに指示を出し始めた。何を言っているのかわからず、立ち尽くしているナルアダルアにスタッフの一人がかけより、鏡台に座らせ手早くメイクを施していく。あまりの早さに驚いている間にもイヤリングやアンクレットなどの試着も着々と進んでいき、レディ・シトラスが満足そうに微笑むとすぐ隣にあるセットへ移動し何枚か写真を撮影した。
「緊張しているかもしれないけど、大丈夫よ。ちょっとずつでいいから、体を動かしてみて。きっと心も動いてくると思うわ」
着なれないドレスに落ち着きなさを感じながらも、ナルアダルアは少しずつ体を動かしてポーズを決めていく。その度にカメラマンは「いいねーー!」や「最高だよ!」と褒めちぎっていた。カメラマンの声の大きさにレディ・シトラスも驚いてしまっていたが、それは次第に慣れていき撮影風景を見守っていた。ナルアダルアも声の大きさに驚いていたが、その大きな声は確実にナルアダルアの緊張を解し、自然な笑顔が撮影できるまでそう時間はかからなかった。
数枚の写真を撮り終え、休憩の時間になりナルアダルアはふと鏡に映った自分を見た。まるで幸せを具現化したような姿に思わず見とれてしまった。
「これが……幸せというものなのでしょうか」
ぽつりと呟くナルアダルア。幸せには……なりたい。けれど、シスターとしての役割もきちんと果たさないと……それと……。幸せになりたい自分と役割を果たさないといけない自分とが葛藤し、次第に笑顔が崩れてくるとそこへそっとレディ・シトラスがそっとお茶を持ってきてくれた。
「そんな難しい顔をしないの。幸せが逃げていっちゃうわよ? なんてね。あなたの幸せはあなたしかわからないわ。でもね、あなたがみんなの前で幸せそうな笑顔を見せてくれたら嬉しいかしら。もし、あなたが誰かと素敵な縁で結ばれた方ができて、ウェディングドレスで悩んだのなら私に相談してちょうだいね。最高にハッピーなウェディングドレス、仕立てるから」
レディ・シトラスからお茶を受け取り、ぽかぽか太陽のような眩しい笑みにほっとしたナルアダルア。まっすぐな物言いに心を打たれたナルアダルアは力強く「はい!」と答えると、レディ・シトラスも満足したようにうんと頷く。
「もう少し休憩したら、撮影を続けるわね。大丈夫、もうすぐ終わるから」
「あ、はい」
お茶を一口含んだナルアダルア。オレンジの香りが優しく香ったそのお茶に、思わず心までとろけそうになった。
「はい。お疲れ様。今日は遠いところから来てくれて本当にありがとうね。最後に式場っぽい撮影スタジオがあるんだけど、撮っていかない?」
「え、いいのですか! ぜひお願いします!」
モデル撮影が終わり、レディ・シトラスからの提案で式場のような場所で撮影をすることになったナルアダルアはぱっと顔を明るくさせた。せめて写真だけでもと思いながら、スタジオまで歩いていくと既に会場内はがやがやと騒がしかった。そしてどこか聞き覚えのある声も聞こえるような……?
「さ、入って入って。特別なスタジオに仕上げてみたの」
レディ・シトラスが扉を開けると、そこにはナルアダルアの見知った顔が声をあげていた。
「シスター! それに……子供たちも」
「ごめんなさいね。こっそりついてきちゃいました」
「しすたー! とってもきれいだよー!」
参列席に見知った人たちが並び、みんな祝福の声をあげていた。その声に思わず背中をおされたナルアダルアは一歩また一歩と赤い絨毯の上を歩き、神父が立っているであろう場所で手を合わせ祈りを捧げた。スタッフがナルアダルアに小さなブーケを渡すと、会場内にいるみんな歓喜の声をあげた。
と、そこへ。遅れてやってきた一人の青年がやってきた。薄いシルバーブルーの髪に短い袖のシャツからは逞しい二の腕がのぞいている。ややたっぷりと膨らんだ黒いズボンはだらしなく見えてしまうが、本人は「これが一番動きやすいんだ」といい、それを拒絶した。青年の名前はヤトック。ナルアダルアが運営する教会におしかけで手伝っている。もともとは武闘家で修行のため山籠もりをしていたところ、偶然ナルアダルアを見つけ一目惚れしてしまった。それから何度も彼女に対して自分の思いを伝えてはいるのだが、どうも本人には届いていないという日々を送っている。
「おっじゃましまーっす! 遅れまし……だっ!!!」
真正面からウェディングドレス姿の、しかも一目惚れした相手を見たヤトックは目をハートにさせながらその場で立ち止まり気絶した。しばらくして後ろへきれいに倒れ、会場を騒然とさせた。当の本人は幸せそうな顔のまま、誰の声にも反応しなかった。




