早摘みレモンたっぷりのプチパウンドケーキ【魔】
「……」
その男は退屈そうに腕組みをしながら窓の外に浮かんでいる月を睨んだ。空にはきれいなまん丸の銀色の月が浮かび、その背後では対照的な真っ赤な空が広がっていた。しばらく月を睨みつけていた男はなにやら玄関が騒がしいことに気が付き、視線を反らした。真っ赤な絨毯が敷かれた男の居城はどこか不気味であり美しかった。
「アルカード様。大変でございます」
「やかましい。そんなに大きな声を出さなくても聞こえている」
「あ、ああ。すみません。つい……。そうそう、人間界で生贄になりそうな人間を探していたら、とんでもないものを見つけてしまいました」
「……ほう」
アルカードと呼ばれた男は吸血鬼であり、時折こうしてしもべを遣わして生贄になりそうな人間を誘ってきてはその血を啜っている。見た目は非常に若く見えるのは、そのせいであり常に生贄を欲している。鋭く尖った目はまるで鮮血のように紅く、空に浮かんでいる月と同じシルバーのショートヘアー。ただ黙って立っていたら一般の女性であれば何度も振り返ってしまいそうな整った顔立ちをしている。だが、迂闊に手を出そうものならその鋭い目、爪、牙の餌食になってしまうことを承諾しているものだと気が付いたときには既に遅い。
「それで、一体何を見つけてきたのだ。きっと上物なんだろうな」
「あ、いえ。そういうわけではないのですが……人間界を見ていたらなんとアルカード様と同じ名前を見つけまして」
「……オレと同じ名前だ?」
「ええ。遠目でしか見えなかったのですが……」
「……オレと同じ名前……だと。俄かに信じられんが……いいだろう。このオレが直々に確認してやろう。そのついでに生贄も見つかれば効率的だ」
そういい、アルカードは人間界に相応しい身なりに変わると、目の前を歪ませその中へと一人入っていった。
人間界に到着したアルカードは来て早々に後悔した。アルカードは吸血鬼であるが故、眩しいものが苦手である。そのため、サングラスを常備しているのだが、今回に限ってそれを失念してしまっていた。やれやれといった様子で大きなため息を吐きながら、後からついてきたしもべたちに、自分と同じものがどれかを尋ねた。するとしもべの一人が「こっちです」といい先導を始めた。数多くの人で賑わう中、縫うように移動するアルカードたちを見た数人の女性は「あの人かっこよくない?」と小声で話し合っていたのが聞こえた。そんなことは後回しにし、アルカードは自分と同じものがあるという事実を確かめたかった。
しもべが足を止めた場所は見慣れない看板がちかちかと点滅している所だった。「店」と呼ぶらしく、しもべは早速店の中へ入り、同じ名前があるものを探しに行った。
「……ここは……眩しい」
サングラスを忘れてしまったアルカードにとって、ここは相当きついらしく、店と店の間に体を潜めるとようやくほっとしたような表情を見せた。大きく打つ心臓の音を沈めていると、しもべの一人が店の中から戻ってきて「これですこれー」と言いながら小さな箱を手に握っていた。
「アルカード様。こちらです」
「なんだこれは……ある……ガード?」
「へ? あ……ああ! すみません。光の加減でてっきり同じ名前かと思ったら……アルカード様ではなくて、アルガード……。って、これはなんですか?」
「知るか。お前が聞いてこい」
「わ、わかりました。少々お待ちを」
用途が分からないので、しもべに聞いてくるよう伝えるとアルカードはがっくりと肩を落とした。まさか自分と同じ名前があると思ってきてみたら一文字違いの……しかも、何に使うかよくわらかない物だったとは。あまりの衝撃の大きさにアルカードはこのまま帰ってしまおうかと考えていると、背後からしもべが帰ってきて身振り手振りで使い方を教えてくれた。
「こう……こうやって、目に使う薬みたいです」
「……」
目に使う……か。まぁ、一回くらいは使ってやってもいいだろうと思ったアルカードはしもべの教え通りにその薬を一滴、自分の目に落とした。
パァアアアアア
アルカードが目に一滴落とした途端、アルカードは目の前が真っ白になるのと自身が白くなっているのが同時だった。なんとも言えない爽快感に今まで眠っていた脳が覚醒するかのように、そしてなんともいえない心地よさに思わず感嘆の声が漏れた。爽快感が突き抜け終わったアルカードが目をゆっくり開くと周りを薄い膜のようなものが張っていた。
「あ、アルカード……様?」
「おお……これは……」
しもべは光の中に浮かぶアルカードを見て目を開いて驚いていた。さっきまでの陰鬱とした雰囲気から一変、さっぱりとした表情にどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。瞳の色は紅いままなのだが、ほんのり潤んでいるその瞳には刃物のような鋭さはなく、丸くなっていた。むしろ優しさを感じるほどである。
「あ……あああ……あるかーどさま??」
言葉を忘れてしまったかのような挙動のしもべに、アルカードは視線を向けるとすっと膝を折りしもべと同じ視線に合わせながら微笑んだ。
「これを教えてくれてありがとう。まるで生まれ変わったようだ」
「え? ええ?? えええ???」
どういうわけか、しもべは今のアルカードから忌々しい神の気配を感じた。だが、アルカードと神という組み合わせはなぜか悪い気がしない……はずなのだが、違和感が仕事をしていてしもべの脳の処理が追い付いていない。
「そうだ。この薬をもっとみんなに教えてあげよう。ねぇ、これが置いてある場所、教えてくれるかな」
「あ、ああ。はい。こちらです」
見たことのないにっこりスマイルに驚きながらしもべはさっきの店へと入り、同じものが並んでいる棚を見せた。ちょうど店内は混雑しているのか、たくさんの人で賑わっていた。
「なにあれ? プロモーション?」
「マジ? テレビでも見たことないよ?」
「つか、マジでイケメンだな」
あちこちで囁かれている言葉に耳を貸すことなく、アルカードは自分が使った薬を手にとり視線を巡らせた。すると、そこには一人の女性が立っていた。その女性ははっとしたとき、目の前には長身の男性が立っていた。女性は何がなんだかわからなくなり、おろおろしているとアルカードは「怖がらせてごめんね」といいながら、自分が使った薬を手渡した。
「これで、守ってあげるからね」
「は……はひ」
他の人にも同じように手渡していくと、棚にあった薬はあっという間になくなってしまった。新しく他の人に手渡そうとしたアルカードは残念そうにがっくりと肩を落とすと「仕方ないか」と一言。そして受け取ってくれた人、または店の中にいる人に聞こえるくらい大きな声で「ありがとう! きっと君たちを守ってあげるから!」と目に涙を浮かべながら店を後にした。受け取った男性、女性はその薬を購入しすぐに使用した。すると、アルカードまでとはいかないが、自身の周り薄い膜のようなものが張られていた。
「なんか、すっごいすっきりする」
「これで今年も大丈夫だ!」
みんなすっきりした顔をしながら店を出ていく様子は、瞬く間に話題となりニュースとなった。
店員がごみ回収をしているとき、ふと見つけたさっきのパッケージにはこう書かれていた。
効能:目のかすみ、かゆみ、花粉。
追加効果:リフレッシュ、人により覚醒、闘化する場合がある。容量を守って点眼すること。




