♡マイルドココアのしっとりビスコッティ
暗い暗い場所で、あたしは一人泣いていた。なぜ泣いているのか……わからない。けど、涙が止まらない。何度も何度も袖で涙を拭っても、溢れる涙は勢いを増すばかり。次第に袖は涙を含みすぎたせいか、袖の端からぽたりぽたりと抱えきれなくなった涙が零れ落ちていた。
「いつまで泣いているんだい? バンシー」
バンシー─あたしの名前を呼んだのは、あたしの周りをふわふわと浮いている青白い炎のようなものだった。この炎は、時々こうやってあたしに声をかけてくれるのだけど、なんていえばいいのかな……からかっているときもあれば、励ましてくれるときもあれば……少し気まぐれな性格をしている。その答えを口にしようにも、留まることを知らない涙は、あたしの袖をじわりと濡らしていく。
「まったく。めそめそばっかりして。あんたのその泣き声は耳に障るね」
あたしの泣き声を聞くと、その人は不幸になるというのが人間の世界にはあるみたいで、時々地上に降りたときにその声に反応した男性は数日後に、この世から姿を消していた。それは確実と言っていいほど、人がいなくなる。だから、あたしはあまり人前には出たくない。出たら、きっとまた誰かが不幸になる。そんなの……いや。
「でも、あんたの泣き声で人間をやらないと、わたしたちの餌がないんだよ。だから、めそめそしている暇があるなら、餌を用意しておくれ」
一方的に炎はいうと、渦を巻きながらしゅんと消えてしまった。炎たちの餌というのは、あたしの泣き声で遠くへ行ってしまった人の魂。炎たちは決して自分たちでは何も手を出すことができないけど、あたしを通じて人の魂を食べている。でも、いやなものはいや。あたしは炎の言うことを拒絶した。
それから、数日が経過した。あたしが何気なくぼーっと空を仰いていると、どこからともなく人間の女性が現れ、あたしと目が合っていた。そして、その女性はあたしの顔を見て、にこっと笑った。
「だ……誰ですか……!」
あたしはつい反射的に叫んでいた。いつもいつも同じようなことが起きるから、今回もきっと同じことが起きるかもしれないと思っての行動だった。だけど、今回に限ってそれは違っていた。
「こんにちは。驚かせちゃってごめんね。私はあなたと友達になりたいんだ」
「とも……だち……?」
友達だなんてどの位ぶりに聞いた言葉だろう。そして、まさか人間の女性に言われるだなんて思ってもいなかった。あたしはいやいやをしながら、後ずさった。
「だめ……あたしといると……あなたは……幸せになれない……だから……」
あたしは女性にそう言葉を投げつけた。それでも、女性は笑顔のまま、あたしの顔をじっと見つめた。そして、小さく息を吸い込んだ。
「そんな困ってそうなあなたを放っておけない。ね、私に聞かせてくれないかな? あぁ……なんていうか、そう! お喋りよ、お喋り! あなたのことを知りたいっていえばいいかな?」
「あ……あたしのこと?」
「うん。私ね、あなたのことがとっても気になるの。だから、ちょっとずつで良いからお話聞かせてくれたら嬉しいなぁ?」
「……うん」
なんだろう。知りたいって言われて、あたしは女性に対して警戒心をほぐしたような感じがした。この人になら……話してもいいかな……? ゆっくり、言葉を選びながら女性にあたしのことを打ち明けてみた。すると、女性は何も言わず静かに頷きながら話を聞いてくれた。あたしのことをここまでちゃんと聞いてくれた人って……今までいなかったな。そんなことをふと思うと、あたしの目からまた涙が溢れそうになった。……いけないっ! あたしは咄嗟に女性と距離を取った。
「え? ど、どうしたの?」
「こ……こないで! あ、あたしの泣いている声を……聞いちゃ……だめ……」
「え? ど、どういうことなの??」
「こ……こないで……うっうっ……」
一度飛び出した涙を止められなかったあたしは、感情に流されるまま嗚咽を漏らした。あたしの泣き声を聞いたら……この人は……。
「ほら。こうしているから、泣いても大丈夫。誰にも見られないよ」
「え……?」
「なんだかわからないけど、何か悲しいことがあったのかな。だったら、思いっきり泣いてすっきりしちゃお? 私がこうしててあげるからさ」
女性はあたしを優しく抱きしめてくれた。人の温もりを感じたあたしは、もう我慢ができなくなって大きな声で泣いてしまった。悲哀と罪悪感に塗れながら。
「どう? すっきりした?」
「……はい。おかげさまで」
「うん! よかった!」
女性は満足そうに笑いながらあたしの頭を撫でてくれた。言いたい……でも、言い出しにくい。けど……あたしは勇気を振り絞って女性に伝えた。あたしの泣き声を聞くと不幸になることを……。すると、女性は口をぽかんと開きながら首を傾げた。
「え? なぁに言ってんのよ。そんなんしょっちゅうよ」
「え?」
予期しない反応にあたしも困惑してしまう。どう続けたものかと考えていると、女性は大きめな溜め息を吐きながら言葉を発した。
「そりゃあね、生きてりゃ良いこともあれば嫌なことたーっくさんあるってもんよ。それの連続を乗り越えての今があるんだから」
その言葉にはすごく力強さを感じた。これまで数々の困難を乗り越えてきたのかなと思ったあたしは、口をきゅっと結んだ。
「私、言ったでしょ? あなたを知りたいって。ここじゃなんだし、場所を変えてもっともっと色々お話したいな」
「え……あたしで……いいの?」
「うん! あなたがいいの!」
その一言に、あたしの中で何かが壊れたような気がした。悪い意味ではなく、あたしを知るためのきっかけになりそうな……あたしは震える手をぐっと握りながら顔をあげて女性に言った。
「あの……お……お願い……します」
「うん! 行こう! さ、私と一緒に」
「は、はい!」
あたしは女性の手を取り、暗い場所から一歩前へと進んだ。すると目の前がぱっと開けた。白い闇が消えたあとには、色とりどりの花畑があり心地よい風は花畑を駆け抜けていった。まるで追いかけっこをしているかのような風は、花々の上を楽しそうに駆けていた。
「わぁ……きれい」
「わたしはあなたのことを知りたい。その代わり、こっちの世界のことをたぁっくさん教えてあげる」
「こっちの……世界?」
「えっと、私の住んでる世界って言えばわかるかな」
「あなたの住んでる……世界?」
あたしは目の前に広がる花畑に目をやった。これが、女性が住んでいる世界。花の甘い香りはふわりと舞い、温かい風は耳元で囁くように吹き、眩しい世界は今まで見たことのない色彩に溢れていた。風が通り抜ける度、あたしの気持ちも少しずつ何かが吹き飛んでいくような気がした。そして残った部分があたしにある決断をさせてくれた。
「あなたの住んでいる世界を見てみたい。もっともっと、こんなにカラフルな世界、見たことがないから。もっと色んな色を見てみたい」
「よかった。それじゃ、行こっか」
そう言うと、女性はあたしに手を差し伸べてくれた。あたしは少し遅れて女性の手を取る女性は優しく握り返してくれた。
あたしはもう迷わない。
色んな色を教えてくれたこの女性と一緒にいたい。
そのためなら……。
さっきよりも温かい風が少し強く吹いた。あたしは女性の手をきゅっと握り返した。
あったかいね。ありがとう。
あたしを見つけてくれて。




