まんまるイチゴがのったデコクッキー【竜】
「んあ?」
鼻提灯をぷわぷわと膨らませながら気持ちよさそうに眠っている竜族の少女─マロニィ。愛用の枕の上で気持ちよくお昼寝をしていたのだが、なんともいえない心地いい春風に刺激された花提灯が勢いよく破裂し、マロニィを無理やり起こした。
「なんすかぁ……ふわぁああ……むにゅむにゅ」
まだ寝足りないといった様子で目を擦りながら辺りを見回す。なんら変わりないいつもの自室だとわかると、マロニィは再びごろんと転がした。いつもならすぐ爆睡モードに突入なのだが、この日はなんだか中々寝付くことができず、結局体を起こしてしまった。
「なんでですかねぇ。なんか寝付けないっす……」
お昼ご飯を食べてお昼寝という流れはいつもやっているのだが……なぜなのだろうと考えても思いつく節がまったくないマロニィはしばらく自分の寝床の上でぼーっとしていた。
「……んん……寝付けないんじゃしょうがないっすね……んっしょっと」
仕方なく寝床から離れ洗面所に向かい、軽く洗顔をし歯を磨く。自分の特等席に戻ろうとしたとき、マロニィはふと窓の外を見た。色でいうならば黄色。季節でいうなら春が窓の外にあふれていたのを見たマロニィは夢か現かは定かではないが、どこかここではないどこかにいったような記憶があった。そこで丸くて熱くてはふはふしながら食べた食べ物……名前は……なんだったか。まるであのときと似たような感覚が呼び起されたのか、マロニィにしては珍しく外出してもいいかなと思い、うんと背伸びをしてから身支度を始めた。
「……ちょっと、外の空気を吸うのも悪くないかもっすね」
こうしてマロニィは動きやすい服装に着替え、眠い目をこすりながら数日ぶりの外へと出た。
「ふわぁ……外ってこんななってたんすねぇ」
ぽかぽかとした陽気に嬉しそうに芽を出す花々。心地よい春風、心なしか気分まで嬉しくなりそうな日和に、マロニィは息を飲んだ。マロニィはいつも時間があれば眠っていたいと思っていて、食事は目が覚めてお腹が空いていれば食べる程度にしか考えていなかった。それが、今外の様子を見て心から「外の様子を見たい」と思ったマロニィの目には新鮮に映っただろう。
「なんだか生き物たちも嬉しそうっすね」
満開の花の蜜を吸う蝶や楽しそうに歌う鳥を今まできちんと見なかったマロニィは、自分はまだ眠いということを忘れ、ふわふわとした心地の良い春という空間に包まれていた。
「……なんでこんな気持ちの良い日があること、今まで知らなかったんすかね……あたし」
なんだか損をした気分を感じたマロニィは思わずぽつりと呟いた。それは単に自分が選び続けてきたから。眠っていることを優先させたから。季節の移ろいやその日しか味わえないことを捨ててまで惰眠を貪ってきた自分がなんだか許せなくなっていた。
「……ちょっと腹たってきたかも……」
こんなに怒りを露わにしたのもどれくらいぶりだろうか。マロニィは久しく味わっていなかった怒りを感じながら自身に溢れてくる力を制御していた。マロニィは半透明な帯状のものを駆使し、戦うことができる。それはマロニィの力が凝縮されているといっても過言ではないくらいに強力なものだ。それは巨大な岩石が目の前にあってもあっさりと真っ二つにしてしまうほどの力を難なく発揮してしまうのだが、この帯状のものを出すと急激な眠気に襲われるため、あまり出すことはない。出すときといえば安眠を妨害されたときくらいがほとんどだと自身が言っていた。どこかでこのむかむかを発散させるべきかと悩んでいると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「マロニィじゃない。珍しいわね。あなたが起きてるなんて。明日は雨が降るかしら」
「……なんか今、すっごい失礼なことを言われた気がするんすけど」
半人半鳥族のエウルアだった。彼女はかつてこの地に現れたマッドブロブという魔物を退治したとき、力を合わせて戦った仲だった。マロニィ自身も彼女と会うのは久しいと思っていて、力なく手を振り挨拶だけはした。
「……なんか、たまには外に出るのもいいかなって思っただけっすよ」
「まぁ。それはいいことね。あ、知ってる? この近くに大きな喫茶店が出来たんだって」
「きっさてん? って、なんすか?」
世間に疎いマロニィはエウルアに尋ねると、エウルアは「飲み物やお菓子が食べられるお店のことよ」と優しく教えてくれた。お菓子か……ちょっと食べてみたいかもと思ったマロニィはエウルアにその場所を知っているかと聞くと「もちろんよ。よかったら一緒にお茶しない? なんだか色々お話したくなっちゃったわ」とるんるん気分で案内してくれた。
(そういえば……こうして誰かと話すのも本当に久しぶりっすね。あぁ……ちょっと複雑な気分す)
こうして自分に話しかけてくれることは嬉しいのだが、やっぱりそうした機会を自ら逃していたということを改めて実感すると、マロニィはいつになく悲しい気持ちになっていた。喫茶店の行きすがら、マロニィはなんとかそうした気持ちを吐き出さないよう我慢していると目の前にログハウスのような建物が見えてきた。
「あれよ。今日は……うん。ラッキーね。空いてるわ。せっかくだし、テラス席にいってみましょ。ここ、いっつも混んでて中々入れないのよ」
「そう……なんすか」
「うん。あなたとこれたのもラッキーだったし、お話が楽しみだわ」
「……ラッキー……初めて言われたっす」
「あらそうなの? わたし、あなたのこと結構気に入ってるのよ。マッドブロブと戦ってたときのあなた、とってもかっこよかったもの」
「あはは……どうも」
「ちょっと待っててね。注文してくるわ」
エウルアはそういい、慣れた様子でカウンターで注文をしているとマロニィはなんだか慣れない空気にちょっとだけ落ち着きがなくなってきていた。
(あたし、ここにいていいんすかね)
場違いなのではと感じていると、エウルアがすぐに戻ってきてテラス席へと誘導してくれた。程よく日の光を遮ってくれるパラソルの下、二人は席に着くとエウルアはマロニィの様子を察した。
「どうしたの? なにかあった?」
「……いや……その……」
「なぁに? わたしでよかったら聞かせてくれる?」
「……いいんすか?」
「もちろんよ。さ、ぜぇんぶ吐き出す位の勢いで話してちょうだい」
エウルアは翼で自分の胸を指すような仕草をすると、マロニィは今までの自分について全てぶつけた。時々涙が溢れ、つっかえながら必死に伝えようとするマロニィの話を、エウルアはただ静かに頷きながら聞いていた。やがて注文した品が運ばれると、店員さんもその雰囲気を察して無言で品物を置いていくとエウルアはウインクをして返事をした。
「……どう? すっきりした?」
感覚的にこの辺りで全て吐き出したのだろうと思う部分で声をかけるエウルア。すると、マロニィは小さくこくんと首を縦に動かした。マロニィが抱えていたものをすべて受け取ったエウルアはよしよしと翼でマロニィの頭を優しく撫でた。
「あたし……」
「マロニィ。よく話してくれたわね。つらかったでしょ」
「…………うん」
「ねぇ、これを機会にもっとお話しない?」
「あたしと……?」
「うん! それと、シルヴィエも一緒に! あの子、お菓子作るの上手なのよ!」
「シルヴィエ? あんま覚えてないっすけど……でも、ちょっとお菓子気になるっす」
「それじゃあ、今度。女子会しましょ! 女子会! きっと楽しい時間になるわ! あ、シルヴィエにはわたしから連絡しておくわね♪」
シルヴィエとは同じマッドブロブと戦ったとき、木の上から援護をしていたエルフ族の少女のこと。新緑を思わせるローブを身に着け、森の動物たちと連携をしながら一撃必殺に弓を射る。普段はあまり喋らないのだが、気の合う人同士だと色々と話をしてくれるんだとか。
「え、あたしもいいんすか?」
「もちろんよ!」
「でも……あたし、寝坊しちゃうかも……」
「そんなの気にしないわ。そしたら、また違う日にすればいいだけだもの」
「あ……うん。その……ありがとっす」
「なんかあの日以来ね。こうしてお話したの。それに、マロニィのことも聞けたし、なんて素敵な日なのかしら」
「そんなに興味持ってもらえるとは……思ってなかったっす……」
恥ずかしそうにしながらお茶を啜るマロニィ。満更ではなさそうな雰囲気に、二人の会話は春の陽気みたく、次から次へと花が咲いた。一つまた一つと花が咲く度、マロニィの表情は少しずつ明るくなり、次第に笑うようになっていった。それは、まるで春が訪れたことが嬉しい花々が満開になるようなそんな眩しい笑顔だった。




