ふわふわエッグスフレ【神】
神の国。穏やかな風と悠久の時間が流れるこの地にも、戦というものは存在する。しかし、その戦はあまり目立たない場所で起こっていることが多く、ほとんど誰にも知られずに終わる。今日もそんなことになるかもしれない戦が始まろうとしていた。
大きなフクロウのような翼を背中に生やし、ラズベリー色のショートヘアーの少女─メルカバーはふっと短く息を吐き、前を見た。水色のスカートに黒色のタイツ、そして純白のヒールをこつこつ鳴らしながら獅子の頭部を模したランタンの杖を持っていた。
「さぁ、皆さん。戦地へ赴きましょう!」
幼いながらも遠くまで通る声に誰もが鼓舞され、各々が戦地へ赴く準備の最終点検を行っていた。その中、一人の戦士が弓を持ちながら足を震わせていた。どうやら初めての戦らしく、目には大粒の涙を浮かべ呼吸は早くなっていた。そんな戦士を見つけたメルカバーは静かにその戦士の肩に手を置き囁いた。
「大丈夫です。落ち着いて。みんな、あなたのように最初は震えあがっていたんです。最初から上手くできる人なんていません。なので、あなたの持っている力が発揮できたら、それで大丈夫です。ちょっと、深呼吸しましょうか。はい、吸って。ゆっくり吐いて。もう一回吸って、吐いて。どうですか? 少しだけ落ち着けましたか?」
そういうと戦士は「はい。ありがとうございます!」と笑顔を浮かべ返事をした。戦士が落ち着けたことにほっとしたメルカバーはにこっと笑い「良かった。何かあればすぐに言ってくださいね」と言い、準備が整った戦士たちの真ん中へと入っていった。そして一呼吸置いてから、獅子の頭部を模したランタンを高々と掲げ、宣言した。
「我々に勝利への道標を掲げましょう。そして、全員無事に帰還することをお約束します!」
その一言に全員が歓喜の声を挙げると、メルカバーは杖をぎゅっと握り地を蹴った。背中の翼を大きく広げ、戦士たちの頭上をランタンで照らしながら飛行した。戦士たちは各々自らを鼓舞するかのように吠えながら、飛行しているメルカバーを追いかけるように走った。
ランタンの光が向きを変えて指すと、メルカバーも向きを変えて飛行をする。この獅子の頭を模したランタンの杖は不思議な力を持っており、ほかの誰かが持っても何も起こらないのに戦車の神であるメルカバーが持つとその効果を発揮する。いつ、誰から託されたなんてわからないこの杖を、メルカバーは勝利への道標とし肌身離さず所持している。
やがてランタンの光がまた指し示す方向を変えると、そこには大量の敵軍の姿があった。このランタンの光が指し示すことは絶対。そしてその絶対を貫くにはここを避けては通れないということを表していた。
「メルカバー様。ここは我々にお任せください」
戦士たちの先頭を走っていた人物が、事前に練っておいた作戦を伝えると戦士たちはその陣形になり敵軍へ突撃していった。
「大丈夫です。この先には栄光が待っていますよ」
たったこの一言で、戦士たちの士気は向上し猛々しい咆哮へと変わった。敵軍はまさかここまで士気が高揚するとは思っていなかったらしく、咆哮を全身で浴び「これは無理だ」と察したのか次々と撤退していった。咆哮だけで敵軍を散らすとは思っていなかったのは、なにも敵軍だけではなかった。
「驚きました。ここまで士気が高まっていたなんて」
何を隠そうみんなを鼓舞をしたメルカバーが一番驚いていた。何気ない真実だけを告げただというのに、ここまで力を発揮するとは……メルカバーは戦士たちの底力を知った瞬間だった。敵軍がいなくなった道をずかずかと通過していると、背後から残った敵軍が剣を振りかざしていた。
「このまま通すわけにはいかねぇんだよーー」
「危ないっ!」
まだ敵軍が残っているとは思っていなかった一同が気が付いたときには、最後尾にいた戦士が危機的状況になっていた。
(間に合わない……!)
メルカバーも翼を大きく動かしなんとか間に合うよう全速力で駆け付けようにも、気付くのがほんの数秒遅れているせいか、剣を振りかざす方が早く見えた。
その刹那
ヒュンッ
風を切り裂き、メルカバーのすぐ隣を通過した一本の弓矢。その弓矢は敵軍の足へ深々と突き刺さると、その痛みから悲鳴を挙げた。敵軍が怯んだ隙を見逃さなかった人物は、メルカバーの後ろから声をあげた。
「今ですっ! 早く!」
「あなたは……」
肩で息をしながら弓を射たのは、今日が初めての戦場だといっていたあの戦士だった。足も手もがくがくと震えている中、敵軍の足に弓矢を命中させたのは奇跡か実力か……。
「こいつ……!」
敵軍が弓矢を射た戦士に向かって突っ込んできた。弓を射た戦士は恐怖で足が動かなくなっているのか、その場から動こうとしなかった。
「早く! 早く動きなさい!」
「あ……足が……」
「お返しだぁ!」
ドッ
弓を射た戦士が切られるよりも早く、別の戦士が敵軍に強烈な体当たりをお見舞いした。その勢いは巨大な体が吹っ飛ぶほどの威力で、その勢いで岩に頭をぶつけ気絶をさせてしまうほどだった。
「大丈夫か」
「あ……あ……はひ」
「立てるか?」
「あ……なんと……か」
助けてくれた戦士の手を借り、なんとか立つことができた弓の戦士は呼吸を整えながらお礼を言った。
「それはあとだ。まずはここを抜ける方が先だ」
「そ……そうです……ね」
「……よく頑張ったな」
「……っ!」
自分でも誰かを助けることができたんだという自信が沸き上がってきた弓の戦士はぎゅっと拳を握り、声の限り叫んだ。
「はいっ!」
切られそうになった戦士も無事介抱し、全員で戦地を駆け抜けると何とも言えない達成感が全員を包み込んだ。
「ランタンの光が消えた……つまり、ここは我々の勝利です!」
大きな歓声と共に勝利を分かち合う。その中には怖がっていたあの弓の戦士の姿もあった。
「あなたの活躍で我々は勝利をすることができました。本当にありがとうございます」
「あ……わ、私は……その……」
もじもじとしている弓の戦士に、他の戦士たちは弓の戦士の背中をバンと叩くと「もっと胸を張れ」と言われ、弓の戦士はあまりの痛さに涙を浮かべながらも「はいっ!」と声を張った。
戦士たちが祝杯をあげている中、メルカバーは獅子の頭部を模したランタンの杖を抱きながら空を仰いでいた。
「これは……こんな奇跡ということがあるというのですね」
弓の戦士の一撃が味方の危機を救った。これは変えることができない事実。メルカバーも予期せぬ事態に驚きを隠せなかった。
「でも……それもまた美しいのでしょう」
予期せぬ事態で良くも悪くも転がるのかもしれない。今回、勇気ある初陣者が奇跡を起こしてくれた。メルカバーの予想では、犠牲者はゼロだとしても負傷者は出るかもしれないというものだった。しかし、あの奇跡のおかげで犠牲者はもちろん、負傷者もでることはなかった。
「次の戦況は……どんなものが待っているのでしょう」
ほんの少し楽しそうに笑うメルカバーは、夜空に浮かぶ星々に問いかけてみた。




