きっちり巻いたフルーツクレープ【竜】
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
表情ひとつ変えず主人に朝の挨拶をするメイド─エルダ。銀色のショートヘアーから短く生える黒色の角に無機質な瞳、フリルをこれでもかと詰め込んだドレスエプロン。腰当たりから伸びているしなやかな尾は、まさに竜人のそれだった。
とある家にてメイドとして雇われているエルダは、家事はもちろんちょっとした荒事にも心得があり主人からは最も信頼を寄せている。なんでもてきぱきと確実にこなす姿はいつ見ても清々しいと褒められると、いつもは無機質な表情もほんの少しだけ崩れ頬を赤く染めるエルダ。
(もっとご主人様には快適に過ごしてもらいたい)
そんな思いを胸に、今日もエルダは家事に集中した。
主人の朝食を終え、食器を下げようとワゴンを持ってきたとき、主人がエルダを手招きした。何か失礼があったのかと思い内心ひやひやしながら近付くと、主人はにこっと笑い食べ終えた皿をエルダに手渡した。
「今日も美味しい朝食をありがとう。たまには、息抜きも大事だよ。適度に休んでね」
「あ……はい。ありがとうございます」
予期せぬ発言に思わず戸惑うエルダ。危うく皿を落としそうになるも、主人の手助けもあり落とさずに済んだのだが、エルダの胸は大きく暴れていた。なんとか鎮めようとエルダは挨拶もそこそこに食器を猛スピードでワゴンに積み、足早にキッチンへと運んで行った。洗い物を終え、窓の掃除をしようと外を見ると気持ちの良い青空が広がっていた。
「あぁ、リネンも洗いたいですね。でもまずは、窓の掃除から始めましょうか」
気持ちの良い青空の下で真っ白いリネンがなびいているのが好きなエルダは、一瞬予定にないことをしようとしたのだが、今日は窓掃除の予定を優先させた。リネンはまた晴れたときにでもしようと決め、エルダは道具を片手に廊下へと向かった。
この家には大きな窓がいくつかついており、その窓が目印ともなっている。そのため、その目印が汚れていてはいけないとエルダは率先して窓の掃除を行っている。もちろん、窓のメンテナンスも彼女のものなのだが、時々メンテナンスを行ってもすんなり開いてくれない場合がある。
「あれ。これ、この前直したばかりなのに……よっと」
バギィ
エルダからすれば軽く力を入れただけなのだが、予想以上に力が入ってしまい鍵の蝶番が激しい音を立てて壊れた。しまったと思ったときはすでに遅く、エルダの右手には壊れた蝶番が握られていて、それがあった場所からは冷たい外気が侵入していた。
「……ご主人様に報告せねば」
これで何件目だと自問しながらエルダ。深い重い溜息を吐きながら主人のいる部屋へと重い足を運んだ。
扉をノックし、主人の返事が聞こえたのを確認してから部屋の中に入ると主人はエルダの暗い表情と右手に持っているものを見て全てを察した。
「おやおや。鍵の調子が悪かったのかな」
「……すみません。ご主人様。メンテナンスを行っていたはずなのですが……」
「そうかそうか。けがはないかい?」
「? あ、はい」
「よかったよかった。じゃあ、その蝶番はぼくが預かるから。悪いけど、ガラスの破片だけお掃除お願いしてもいいかな?」
「も、もちろんです。これは私のしでかしたことなので……」
これ以上主人の顔を見るのが恥ずかしくなったエルダは、早々に部屋を出てホウキとちり取りを持って砕けた破片の掃除を始めた。こんなではだめだとエルダは気を落としていたのだが……。
「ご主人様……怒らなかったな」
前にいたところであれば、すぐにでも怒鳴られていたのだがここの主人は怒るどころかエルダの身を案じていた。
「そんな風に気遣いされたの……初めてかも」
掃く手を止め、ぽつりと呟いたエルダ。やがてエルダの胸には何とも言えない感情が高まっていた。
ガラスの破片の掃除も終わり、気が付けば昼食の時間間近になっていた。エルダは遅れてはいけないと焦り、掃除道具をすぐにしまいキッチンへと走った。メニューは決まっているのだが、ほんの少しだけ時間がかかってしまうものであるため主人の昼食の時間に遅れまいとキッチンに到着するや否や緩んだエプロンの紐を少しきつめに締め、気合を入れた。必要な食材、食器の準備を済ませいざ調理開始。新鮮な玉ねぎが手に入ったので、今日はオニオングラタンでも作ろうと決めていたエルダは玉ねぎをみじん切りにしていると、視界の端のほうで何かが動いたように見えた。
「……」
気のせいかと思い、再び包丁を手に取るとさっき見た何かがまた動いた。
「そこっ!」
ダンッ
手にしていた包丁を目標へと投げつけた。包丁はさっき見た黒い物体の中心を見事に射抜いていた。
「はぁはぁ……ご主人様の食事に何かあったらどうしてくれる」
エルダは包丁を引き抜き、刃物の処理を施してからごみ箱へと投げ入れると新しく包丁を取り出し玉ねぎのみじん切りを再開させた。その時のエルダの目は集中力で漲っていた。
なんとか昼食の時間に間に合い、ほっと胸をなでおろしたエルダ。あとは主人にこれを運ぶだけ。くつくつと音を出しながら玉ねぎの甘い香りを漂わせるオニオングラタン。中には少しだけトーストしたパンも入っており見た目は小さいのだが、食べ応えはばっちりある。付け合わせのミニサラダもぬかりなく用意し見た目も鮮やかな昼食の完成だ。
「ご主人様。昼食の準備が整いました」
「おお。もうそんな時間か」
読書を楽しんでいた主人に申し訳ないと思いつつ、エルダは黙々と準備を進めていく。メインのオニオングラタンが運ばれると甘く香ばしい香りが主人の鼻をくすぐった。その香りに主人はすぐににこっと笑い、「優しい香りがするね」と呟いた。何のことかわからなかったエルダは何も返さず準備を進めると、目の前が一気に華やいだ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「あれ。エルダも一緒に食べよ?」
「私は……」
「たまにはいいじゃない? ね? 一人よりも二人で食べた方がずーっと美味しいよ?」
「……そう……なのですね」
今まで一人で食事をしてきたエルダにはよくわからない。だけど、主人が言うのならきっとそうなのだろうと思ったエルダは自分の分をキッチンから運び、着席。
「では、いただきます」
出来立てのオニオングラタンを一口含んだ主人の顔は、鼻で大きく呼吸をし深くゆっくりと吐いた。
「……エルダの作る食事って、なんでこんなにほっとするのかな」
「私の料理が……ですか?」
「うん。何て言えばいいのかな。素材の味をちゃーんと大事にしてるっていうのかな。その素材が口の中でイキイキしているように感じるんだ」
「初めて言われました」
「そうなの? ぼくはエルダの作る料理、大好きだよ」
「……っ!」
何気ないその一言にエルダの顔は真っ赤に染まった。この主人はいつもそうだ。突然こんなことを言ってくるもんだから、心の準備なんてできやしない。それも悪意なしの完全百パーセント純粋な気持ちなのだから尚更だ。
「どうしたの??」
「い……いえ。別に」
なんとか顔を隠すことに成功したエルダ。ふうふうと荒い呼吸をしてから主人を見ると、オニオングラタンを楽しんでいる顔だった。一口一口味わっているかのようにゆっくりとした食事に、エルダは我を忘れ見入っていた。
「? どうしたのエルダ。ぼくの顔に何かついてる?」
「い、いえ。何も」
慌てて誤魔化し、顔を逸らすと主人がまた口を開いた。
「エルダも食べよ? せっかく作ってくれたのに冷めちゃうよ」
「そ、そうですね。では……」
あまり人前で食事をすることがないエルダは、少し恥ずかしそうにスプーンを動かした。口の中に広がるコンソメと玉ねぎの深い甘みに我ながら上手にできたなと思っていると、それとはまた違う味が追いかけてきた。あれ、調味料は分量きっちり入れたのに……なんで、こんなに深い味になっているの。
「どう? エルダ。美味しいかい?」
このとき、エルダは気が付いた。これが、誰かと食事をすることなのだと。追いかけてきた味はきっと誰かと食事を楽しんでいるときにしか感じない秘密のスパイス。まして、それがエルダにとって大事な人だとなればそのスパイスもぴりりと引き立つ。
「……はい。とっても美味しいです」
エルダはこの時初めて、誰かと食事を摂ることが楽しいかということを学んだ。主人が美味しいと言ってくれるなら、私ができることを精一杯尽くす。私一人で食事が楽しくなるのなら、美味しくなるのなら喜んでご一緒致します。
ご主人様。私はあなたと一緒に過ごせて、幸せ者です。私は一生、あなた様にお仕え致します。




