97話 清掃おじさん、合流する
黒川さんと小宮川さんが戻ってきてからしばらくすると、他の場所へ飛ばされていた探索者達も続々と合流し始めた。
先に動いたのはA級探索者達だった。
エルダー・ドラゴニュートとの戦闘に参加していた人達から状況を聞き、まだ合流出来ていない班の位置を確認すると、動ける人間が手分けして探しに向かってくれた。
元々、今回集められたのは全国でも上位のA級探索者ばかりだ。S級のような派手さこそないが、こういう緊急時の判断や動きはさすがに早かった。
俺達を分断した張本人も既に死んでいる。
それから三十分ほどで、ほとんどの攻略メンバーが同じ場所へ集まった。
「田中さん!」
聞き覚えのある声に振り返る。
白峰さんだった。
その後ろには獅子堂さんと、彼らと一緒に転移させられていたA級探索者達もいる。
「白峰さん。無事だったんですね」
「ええ、こちらは大丈夫です。田中さんも⋯⋯と言いたいところですが、随分派手にやったみたいですね」
白峰さんが俺の服を見る。
確かにあちこち破れているし、腕や頬にも傷がある。
「まあ、ちょっと⋯⋯」
「ちょっとで済む相手ではなかったと聞きましたよ」
白峰さんの視線が、エルダー・ドラゴニュートの死体が運び出された方向へ向いた。
「SS級、エルダー・ドラゴニュート⋯⋯それを一人で倒したそうですね」
「途中までは空さん達が戦ってましたし、一人でって言うのも違う気がしますけど」
「それでも、最後に正面から倒したのは田中さんですよね?」
「それは⋯⋯まあ」
「やっぱり凄い人ですね、あなたは」
白峰さんが感心したように笑う。
そこへ神崎さんもやってきた。
「俺も途中から見ていましたが、正直驚きました。あれだけの身体能力に加えて、魔法まで完全に無効化するとなると、相手からすればどうしようもありません」
「ちょ!神崎さんまでやめてくださいよ!」
「事実ですから。SS級を単独で撃破した人間なんて、日本では田中さんが初めてですよ」
「そう言われると急に大事みたいになりますね⋯⋯」
「最初から大事です」
即答された。
俺としては、水野さん達を殺そうとしていた相手を倒しただけなんだが、SS級という肩書きがつくと話が随分大きくなるらしい。
少し離れたところでは、獅子堂さんがエルダー・ドラゴニュートとの戦闘に参加していたA級探索者から話を聞いていた。
「飛ぶわ、魔法使うわ、武器も使うわ、それで身体能力まで化け物級やったんか」
「はい。それを田中さんがほぼ正面から⋯⋯」
「ええなぁ⋯⋯」
獅子堂さんが小さく呟く。
その顔が、少しだけ羨ましそうに見えた。
たぶん戦いたかったんだと思う。
獅子堂さんなら、SS級と聞いて喜んでも不思議ではない。
ただ、今回は三浦さんが亡くなっている。
周囲には三浦さんと同じ班だった探索者達もいる。
獅子堂さんもそれを分かっているのか、いつものように大声で「俺も戦いたかった」とは言わなかった。
「⋯⋯まあ、おっちゃんが勝ったんならええわ」
やっぱり戦いたかったんだろうな。少し大人しい獅子堂さんを珍しがる。すると、白峰さんが声をかけてくる。
「田中さん、少しいいですか?」
白峰さんは俺ではなく、海さんの方を見ていた。
「海さんの状態を確認しておきたいです」
「あ、お願いします」
空さんに支えられていた海さんのところへ移動する。
切断された両腕と傷ついた両目は『回復』を持つA級探索者に治してもらっているが、顔色はまだ悪い。
「海ちゃん、ちょっと診せてもらうね」
「うん」
白峰さんが胸元から細い杖を取り出す。
伸ばした杖の先から少量の水が生まれ、海さんの両腕を薄く包んだ。
水が指先から肩までをゆっくりと巡っていく。
「腕、動かしてみて」
海さんが両手を開いたり閉じたりする。
「痛みは?」
「ほとんどない」
「目はどう?」
「見える。少しぼやけるけど」
「なるほど」
今度は水が海さんの顔を薄く覆った。
目元を中心に柔らかな水の膜が広がり、しばらくして消える。
「最初に治療してくれた方が優秀ですね。切断された腕も目も、かなり綺麗に治っています。少し残っていた損傷はこちらで整えておきました」
「じゃあ、もう大丈夫?」
「傷はね」
白峰さんはそう言ってから、海さんの顔を見る。
「ただし、今日はもう戦わない方がいい。失った血は戻っていないし、魔素もかなり消耗しているでしょう。地上へ戻って、ちゃんと治療を受けてください」
「嫌」
即答だった。
「海」
空さんが低い声で呼ぶ。
「私も行く」
「駄目よ」
「もう腕も動く。目も見える」
「そういう問題じゃないでしょ」
「——戦える!」
「戦わせないわよ」
意気込む海さんを、空さんが諭す。
「姉さん⋯⋯」
「駄目」
珍しく空さんが全く譲らない。
海さんは不満そうに姉を見る。
「姉さん達だけ行くの?」
「そうよ」
「嫌なんだけど⋯⋯」
「私だって嫌よ」
空さんの声が少し強くなった。
「さっき海の腕がなくなって、目まで見えなくなってるのを見たのよ。治ったからはい次、なんて出来るわけないでしょ」
海さんが黙った。
空さんは妹の前へしゃがみ、目線を合わせる。
「血も足りてないし、さっき気絶したばっかりじゃない。今度何かあっても、いつもみたいに動ける保証なんてないの。お願いだから、今日は戻って」
「⋯⋯」
「海が足手まといだから言ってるんじゃない。私が心配なの」
海さんはしばらく空さんを見ていた。
「⋯⋯姉さん一人で大丈夫?」
「誰に言ってんのよ」
空さんが少し笑う。
「それに田中さんもいるし、白峰さんも獅子堂さんも神崎さんもいる。夏希達だっているんだから」
海さんの視線が俺に向いた。
「田中さん」
「はい」
「姉さん、死なせないでね」
「ちょっと海!」
随分重いお願いをされた。
「もちろん、そのつもりです」
「なら戻る」
「私より田中さんの一言の方が効くの!?」
「姉さんの話を聞いた上で決めた」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって何よ!」
空さんが怒っている。
海さんは少しだけ笑っていた。
その様子を見て、俺も安心した。
少なくとも会話する元気は戻っているらしい。
海さん以外にも、重傷を負った探索者や魔素を大きく消耗した人達は地上へ戻ることになった。エルダー・ドラゴニュートとの戦闘で負傷した人間だけではなく、それぞれの場所でS級モンスターと戦っていた班にも離脱者がいる。
この先に何がいるか分からない以上、無理に人数を残すより、動ける人間だけで進んだ方がいいという判断だった。
改めて残ったメンバーを確認する。
S級探索者は空さん、獅子堂さん、白峰さん、神崎さん。
VIVIDの水野さん、黒川さん、小宮川さん、橘さん。
そして、まだ十分に動けるA級探索者達。
あと一応、俺もいる。
最初に伊勢ダンジョンへ入った時よりかなり人数は減ったが、それでも普通なら考えられない戦力だ。
「さて——」
白峰さんが全員を見回した。
「SS級という想定外はありましたが、僕達がここへ来た本来の目的はまだ達成出来ていません」
空気が変わる。
エルダー・ドラゴニュートを倒したことで、一度緩んでいた緊張が戻った。
「異常な魔素の発生源ですね」
神崎さんが言う。
「ええ。エルダー・ドラゴニュート自身が原因ではなく、本人の話では『既に道が繋がっていた』とのことです。なら、その道が何なのかを確かめる必要があります」
「結局、もっと奥に行かなあかんっちゅうことやな」
獅子堂さんが肩を回す。
「そうなりますね。ただ、これ以上何が起こるか分かりません。先ほどまで以上に慎重に進みましょう」
白峰さんの言葉に、全員が頷いた。
俺もダンジョンの奥を見る。
ここまで来れば、俺にも分かる。
奥から流れてくる魔素が明らかに濃い。
北海道までの七ヶ所で見た異常とは比べものにならない。
もっと大きくて、もっと深いところから流れ込んでいるような、嫌な感じがする。
「田中さん」
隣から水野さんに声をかけられた。
「はい?」
「今度はちゃんと一緒に行こうね」
「そうですね。もうバラバラになるのは勘弁してほしいです」
「うん」
水野さんが少し笑った。
その笑顔を見て、さっき胸元で泣いていた姿を思い出してしまう。
何となく気まずくなって前を向いた。
「⋯⋯?」
「何でもないです」
今はそれどころじゃない。
SS級まで現れた原因が、この先にある。
それを確かめるため、俺達は再び伊勢ダンジョンの奥へ向かって歩き始めた。
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