91話 SS級②
「私達だけで倒そうなんて考えない。全員で生き残るわよ」
空の言葉に、海と夏希が頷いた。
エルダー・ドラゴニュートが大きく翼を広げる。先ほどまで人間と変わらない大きさに見えていた身体が、その翼によって何倍にも大きく感じられた。
空は右手を前へ出しながら、僅かに重心を落とす。
「海、いつも通り合わせて」
「うん」
双子の短いやり取りを聞きながら、夏希もエルダー・ドラゴニュートへ意識を集中させた。
この場に残ったA級探索者達は七人。その中には由香里もいるが、直接戦闘に参加するのは空と海、そして夏希の三人だった。
残りは援護に徹する。
SS級。夏希にとっては、当然初めて戦う相手だ。
ヒュドラも間違いなく強かった。毒を持ち、九つの頭を同時に倒さなければ再生するという厄介な能力まであった。
しかし、目の前の女から感じるものは明らかに違う。
ただ立っているだけなのに怖い。
「どうした?」
エルダー・ドラゴニュートが笑った。
「来ないのなら、こちらから行くぞ」
その姿が消えた。
「夏希、右!」
「っ!」
海の声に反応し、夏希は右腕を上げた。
直後、エルダー・ドラゴニュートの蹴りが叩き込まれる。
受けた瞬間、夏希の身体が宙に浮いた。
「なっ⋯⋯!」
威力を逃がすことすら出来ず、そのまま壁へ向かって吹き飛ばされる。
だが、背中が壁へ叩きつけられる直前、夏希の姿が消えた。
代わりに小さな鉄球が壁へ激突する。
海の『交換』だった。
「助かった!」
「まだ来る」
海の言葉通り、エルダー・ドラゴニュートは既に空へ向かっていた。
空は避けない。
相手の右手が届く寸前まで引きつけ、手を伸ばす。
「触った」
指先がエルダー・ドラゴニュートの腕へ触れた。
至近距離で爆炎と衝撃が広がり、空の身体も後方へ押し飛ばされる。
「姉さん」
「平気!」
空はすぐに立ち上がった。
生物に対する『爆破』は、対象との魔素量に大きな差があれば効果が落ちる。それでも無傷では済まないはずだった。
だが、煙の中から出てきたエルダー・ドラゴニュートの右腕には、僅かな傷しかついていなかった。
「⋯⋯冗談でしょ」
「ふっ。面白い力だな」
エルダー・ドラゴニュートは自分の腕を見ている。
「触れたものを爆ぜさせるのか」
一度で見抜かれた。
空が舌打ちする。
「海!」
「はい、そこ」
海が『交換』を発動する。
エルダー・ドラゴニュートの背後に置かれていた鉄球と、空の位置が入れ替わった。
空は出現と同時にガントレットから小型の金属片を射出し、手で触れる。
爆発。
今度は背中から直撃した。
同時に夏希も動いている。
「『透過』!」
爆煙の中へ飛び込み、エルダー・ドラゴニュートの身体を覆う鱗と防御を透過対象に設定する。
狙うのは、その内側。
「喰らえっ!」
拳を振り抜いた。
——手応えがある。
エルダー・ドラゴニュートの身体が初めて大きく動き、数歩前へよろめいた。
「入った!」
「そのまま離れて!」
空の声に従って、夏希がすぐに距離を取る。
そこへA級探索者達の攻撃が飛んだ。
炎、雷、風の刃が一斉にエルダー・ドラゴニュートへ殺到する。
だが、女は振り返りながら片手を上げた。
目の前に赤黒い魔法陣が展開される。
そこから広がった半透明の障壁が、複数の魔法をまとめて受け止めた。
「魔法まで使うの!?」
夏希が声を上げる。
「使えて不思議か?」
エルダー・ドラゴニュートが手を払った。
魔法陣の形が変わる。
「伏せて!」
由香里が叫ぶ。
障壁が消えた直後、無数の赤い光が周囲へ放たれた。
空達だけではない。
後方のA級探索者まで狙われている。
海の目が素早く動いた。
「そこ、危ない」
探索者たちの姿が消え、代わりに鉄球が赤い光に砕かれる。
海自身にも攻撃が迫るが、別の鉄球と自分を交換して回避した。
その間にも空は動いていた。
「よそ見してんじゃないわよ!」
ガントレットから撃ち出した金属片を爆破する。
エルダー・ドラゴニュートの視界が爆炎で覆われた。
そこへ夏希が飛び込む。
空が攻撃を仕掛ければ、最も有利な場所へ移動させる。夏希が危険な攻撃を受けそうになれば、当たる前に別の場所へ逃がす。
GEMINIが二人だけでS級として戦えている理由を、夏希は初めて同じ戦場に立って実感していた。
「やっぱり強い⋯⋯!」
思わず声が漏れる。
「感心してる場合?」
突然、空が隣に現れた。
「うわっ!」
「前見なさい!」
空が夏希の肩を押す。
直後、二人が立っていた場所を巨大な尻尾が薙ぎ払った。
床が砕ける。
「危なっ⋯⋯!」
「海が交換する必要もない攻撃くらい自分で避けなさい!」
「はい!」
夏希は慌てて返事をして、再び前を向いた。
エルダー・ドラゴニュートが笑っている。
「なるほど。アイツが厄介だな」
視線が海へ向いた。
海は表情を変えない。
「姉さん。バレた」
「見りゃ分かるでしょ」
「じゃあ、気をつける」
「最初から気をつけなさいよ」
エルダー・ドラゴニュートが片手を横へ伸ばした。
赤黒い魔素が集まり、細長い形を作っていく。
現れたのは一本の槍だった。
金属ではない。魔素そのものを凝縮して作られたような、禍々しい長槍。
「武器まで作るんだ⋯⋯」
夏希が呟く。
次の瞬間、エルダー・ドラゴニュートが踏み込んだ。
槍の切っ先が空へ迫る。
空は身体を反らして避けたが、そのまま槍が横へ振られる。しゃがんでかわし、反撃しようと手を伸ばした瞬間には、石突が空の腹部を狙っていた。
「夏希ちゃん、お願い」
海が夏希と位置を交換する。
エルダー・ドラゴニュートの槍を回避した夏希が拳を振り抜く。
「はあっ!」
エルダー・ドラゴニュートは槍を引き戻し、柄で拳を受けた。
夏希の拳と魔法武器がぶつかる。
「嘘っ!?」
夏希の方が押し負けた。
姿勢が崩れたところへ、エルダー・ドラゴニュートの蹴りが迫る。
また海が交換する。
夏希が消え、代わりに岩片が蹴り砕かれた。
「助かった、海さん!」
「うん。でも忙しい」
「ごめん!」
「謝らなくていい。避けて」
「え?」
夏希が消える。
次の瞬間、先ほどまでいた場所へ槍が突き刺さっていた。
エルダー・ドラゴニュートは攻撃を止めない。
槍を引き抜くと空へ向かって投げつけ、空が爆破で軌道を逸らした瞬間には既に新しい魔法陣を展開している。
「姉さん、上!」
空が顔を上げる。
頭上に巨大な魔法陣があった。
「いつの間に⋯⋯!」
赤黒い雷が落ちる。
海が交換し、空を逃がす。
しかし、エルダー・ドラゴニュートはそれを見越していた。
空が現れた場所へ既に踏み込んでいる。
「姉さん!」
海がもう一度交換する。
間一髪で空が消え、爪が空を切った。
「⋯⋯やはりそうか」
エルダー・ドラゴニュートが海を見る。
楽しそうな笑みが消えていた。
戦いながら、海の能力を調べている。
誰と何を交換出来るのか。
どこまで届くのか。
何を条件にしているのか。
空はそれに気づいた。
「海、あいつに能力見られてる!」
「分かってる」
「マーカーの位置、読まれないようにして!」
「やってる」
海は冷静に答えながら、新しい鉄球を複数投げ、ガントレットから魔素込の針を飛ばす。
床を転がるもの、壁際へ飛ぶもの、瓦礫の陰へ隠れるもの。
どれにも海の魔素が込められている。
戦場の至るところへ交換先を作り続ける。
その直後、エルダー・ドラゴニュートが大きく息を吸った。
空の表情が変わる。
「全員散って!」
口元から赤い光が漏れていた。
夏希にも何が来るのか分かった。
「ブレス⋯⋯!」
ドラゴニュートの口から、灼熱の炎が放たれた。
通路そのものを埋め尽くすほど巨大な炎が、一直線に探索者達へ向かう。
海が動く。
射線上にいた探索者達の姿が次々と消え、事前に散らしていた鉄球や瓦礫と入れ替わっていく。
由香里も、夏希も、空も移動した。
最後に海自身が別のマーカーと位置を交換する。
直後、ブレスが通路を焼き尽くした。
凄まじい熱が離れた場所まで届き、床も壁も赤く焼けている。
誰もいない。全員、逃げ切った。
「海!」
「大丈夫」
空の声に海が答える。
しかし、その額には汗が浮かんでいた。
短時間に何度も『交換』を使い続けている。
自分だけではない。
空、夏希、由香里、A級探索者達。
攻撃を避けるだけでなく、味方が攻撃しやすい位置へ移動させるためにも能力を使っている。
戦線を維持出来ている最大の理由は、間違いなく海だった。
「⋯⋯面白い」
炎の向こうからエルダー・ドラゴニュートが歩いてくる。
「今のも防ぐか」
「防いでない。避けただけ」
「同じことだ」
「違う」
「海、今そこどうでもいいから!」
空が言いながら爆弾を投げる。
エルダー・ドラゴニュートが翼を広げ、一気に上空へ逃れた。
爆発が床を抉る。
空は次の爆弾を作ろうとしたが、エルダー・ドラゴニュートは降りてこない。
天井付近で翼を広げたまま、こちらを見下ろしている。
「何よ」
空が睨む。
エルダー・ドラゴニュートは答えず、片手を上げた。
その周囲に複数の魔法陣が展開される。
「チッ、また魔法!」
A級探索者達も迎撃の準備に入る。
魔法陣から炎や雷、黒い槍が一斉に降り注いだ。
空は爆破で迎撃し、夏希は『透過』を使って避ける。A級探索者達も防御系のスキルや魔法を使いながら耐えていたが、それでも防ぎきれない攻撃を海が『交換』で処理していく。
一人の探索者の防御が破られる。
海が逃がす。
空の死角から魔法が飛ぶ。
海が位置を変える。
夏希の足元に魔法陣が現れる。
海が交換する。
「海さん、ありがと!」
「うん」
返事は変わらない。
だが、呼吸は先ほどより速くなっている。
それを空は見逃さなかった。
「海、使いすぎよ」
「まだ平気」
「平気じゃなくなる前に言いなさい」
「姉さんも爆破使いすぎ」
「私はいいのよ」
「よくない」
「今それ言う!?」
いつもなら海の返しに腹を立てるところだったが、今はそんな余裕もない。
エルダー・ドラゴニュートが降下する。
空へ槍を突き出しながら、同時に尻尾を夏希へ振るう。
二人を同時に狙っている。
空は槍を爆破で弾き、夏希は尻尾を透過して懐へ入った。
「そこ!」
夏希の拳が腹部へ入る。
今度はエルダー・ドラゴニュートも少し顔を歪めた。
「やった!」
「喜ぶのが早い!」
空が叫ぶ。
エルダー・ドラゴニュートの膝が夏希の腹部へ入った。
「がっ⋯⋯!」
身体が折れる。
続けて振り下ろされた爪が夏希の首へ迫る。
その直前に海が交換した。
夏希の代わりに鉄球が現れ、爪によって粉々に砕かれる。
離れた場所へ移動した夏希が膝をついた。
「夏希ちゃん!」
由香里が駆け寄る。
「だ、大丈夫⋯⋯!まだやれる!」
「無理しないで!」
「無理しないと無理でしょ、これ!」
夏希は腹を押さえながら立ち上がった。
確かに、その通りだった。
空も何度か攻撃を当てている。
夏希の拳も通っている。
A級探索者達の攻撃も、完全に無意味ではない。
それなのに、エルダー・ドラゴニュートには致命傷どころか、大きな傷すらついていなかった。
対してこちらは、海の『交換』が一度でも間に合わなければ誰かが死ぬ。
戦えているように見えているだけだった。
エルダー・ドラゴニュートが槍を肩へ担ぐ。
「もう少し楽しめると思ったが、この程度か」
「⋯⋯言ってくれるじゃない」
空が睨み返す。
「姉さん」
「何よ」
「挑発に乗らないで」
「分かってるわよ!」
エルダー・ドラゴニュートが笑った。
「特にお前だ」
その視線が、空ではなく海へ向けられる。
「随分と鬱陶しい力を持っている」
海は無言でガントレットを構えた。
まだマーカーは残っている。
魔素にも余裕はある。
戦える。
そう判断しながら、次の交換に備える。
しかし空は、エルダー・ドラゴニュートの視線が先ほどまでとは変わっていることに気づいていた。
これまでは全員を見ていた。
今は違う。
明確に、海だけを見ていた。
「海」
「うん」
「気をつけて」
「分かってる」
空が妹の前へ僅かに位置をずらし、夏希も息を整えながら海の近くへ戻った。
エルダー・ドラゴニュートは、その動きを見て笑う。
「なるほど。守るか」
翼が大きく広がった。
「ならば、まずお前から殺すとしよう」
その言葉とともに、エルダー・ドラゴニュートの姿が消えた。
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