9話 清掃おじさん、仕事する
魔素量の測定をした翌日。
「田中ぁぁぁぁぁぁ!!」
「俺、何もしてませんよ!?」
朝から部長に怒鳴られた俺は、持ってきた『めんべい』の詰め合わせを事務員さん達へ渡し、ひたすら頭を下げることになった。
「すみません⋯⋯。また電話増えちゃったみたいで⋯⋯」
「田中さんが悪いわけじゃないですから大丈夫ですよ」
「そうですよ。めんべい貰ったし」
「良かったら皆さんで食べてください⋯⋯」
幸い、事務員さん達は笑って許してくれたが、その間にも電話は鳴っている。
取材依頼、テレビ出演の依頼、探索者関係の企業。よく分からない海外からの電話まで来ているらしい。
⋯⋯魔素量を測っただけなのに。
「主任!見ましたよ昨日の配信!」
「8192って何なんすか!」
「俺が聞きたいよ⋯⋯」
他の社員からも散々弄られた。
そんな騒がしい朝を過ごした後、俺達田中班はいつも通り仕事へ向かうことになった。
どれだけ世間が騒ごうが、俺は博多ダンジョン環境サービスの社員だ。
今日もダンジョンは汚れるし、死体の残留魔素から事故が起きかねない。なら、掃除する人間が必要になる。
何だかんだ、いつも通り仕事をしている時が一番落ち着くなぁ⋯⋯。
◆
「主任、今日の現場は春日第二ダンジョンです」
「了解」
佐々木がタブレットを確認する。
今日の仕事は福岡県春日市にある春日第二ダンジョン。
全32階層の中規模ダンジョンであり、今回は16階層から20階層までの清掃作業を予定している。
既に探索者協会の先行隊が入り、モンスターの処理も終わっている。いつも通りだ。⋯⋯探索者協会の公認探索者さん達が「俺たち必要無くね?」と言っていたのは、聞かなかったことにしよう。
「そういや主任」
装甲車助手席の山下が話しかける。
「何だ?」
「昨日、嫁から言われたんですけど」
「うん」
「『あんたの上司、人類最強らしいよ』って」
「やめてくれ⋯⋯」
頭が痛くなる。
「娘なんか大喜びですよ。学校で自慢してるらしくて」
「何を自慢するんだよ」
「パパの上司が清掃おじさんだって」
「俺じゃなくてお前を自慢してもらえよ⋯⋯」
「主任!俺も友達に自慢しました!」
「高橋、お前は仕事しろ」
今日も田中班は平和である。
そんなこんなで作業エリアへ到着し、俺達は作業を開始した。
「『清掃』」
いつも通りスキルを発動する。
倒されていたモンスターの死体と、その周辺に飛び散った血や臓物が綺麗に消えていく。
⋯⋯そういえば昨日、探索者協会の人が清掃スキルも俺の魔素量に関係している可能性があると言っていたな。
19年の間で、清掃スキルを何回使ったかなんて分からない。1日10回以上は最低使用するので、多分1万回以上は確実だ。家の掃除でもちょっと使ったりするしな⋯⋯。もはや手足を動かすのと同じくらい自然に使っているスキルだ。
今度詳しく調べるとか言ってたけど⋯⋯。
「主任ー!こっちお願いします!」
「おう!」
まあ、今は仕事だ。考えるのは後にしよう。
それから一時間ほど経った頃だった。
ダンジョン全体が大きく揺れた。
「うおっ!?」
足元が揺れる。
壁から細かな石がパラパラと落ちてきた。
「地震か!?」
山下が声を上げる。
「いや⋯⋯」
違う。19年もダンジョンに潜っていると分かる。
地震の揺れとは明らかに違う。
「全員、壁から離れろ!」
叫んだ直後。
ドォン——と、凄まじい音が響いた。
「な、なんだ!?」
さらに二度、三度と衝撃音が続く。
その直後、持っていた業務用端末から警報音が鳴り響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。春日第二ダンジョン18階層にて大規模な崩落を確認。全作業員及び探索者は——』
「18階層!?」
俺達は今、17階層にいる。
「主任!」
佐々木がタブレットを操作する。
「18階層で活動中の探索者がいます!」
「何人だ?」
「待ってください⋯⋯」
佐々木の表情が険しくなる。
「少なくとも11人です」
「11人⋯⋯」
嫌な予感がした。
すぐに探索者協会から通信が入る。
『こちら管理棟!17階層、博多ダンジョン環境サービス応答願います!』
「こちら田中班です!全員無事です!」
『その場で待機してください!18階層で大規模崩落が発生!現在救助隊を編成中です!』
「中に探索者がいるんですよね?」
『現在11名の位置情報が確認できています!うち7名が崩落地点より奥に取り残されています!』
七人。
「救助隊はどれくらいで来ます?」
『現在向かっていますが、15分から20分ほど掛かります!絶対に18階層へ入らないでください!』
「⋯⋯了解」
通信が切れる。
15分から20分⋯⋯。俺達は顔を見合わせた。
「⋯⋯主任」
高橋が不安そうな顔をしている。
「大丈夫ですよね?」
「⋯⋯救助隊が来る。俺達は待機だ」
そう答えた。
当然だ。俺達は清掃員で、救助隊ではない。
モンスターがいる可能性だってある。
勝手に入って二次災害を起こせば、それこそ救助隊の邪魔になる。
分かっている。分かっているんだけど——。
その時、タブレットに新しい警告が表示された。
「主任!」
佐々木が画面を見せてくる。
《18階層・魔素濃度急上昇》
「崩落地点から高濃度の魔素が漏れています」
「マズいな⋯⋯」
高濃度の魔素は人体にも有害だ。
長時間晒されれば、魔素中毒を起こす。
さらに。
「主任。これ⋯⋯」
山下が指差した先の安全センサーに、赤い点がいくつも表示され始めていた。
「モンスター反応⋯⋯」
崩落、高濃度の魔素、そしてモンスター。
⋯⋯15分は長すぎる。
「主任」
山下が低い声で呼びかけてくる。
「⋯⋯分かってる」
分かっている。俺達は清掃員だ。
救助の専門家でもなければ、探索者でもない。
探索者協会からも、その場で待機するように指示されている。
勝手に動くべきではない。
それでも——。
《18階層・魔素濃度上昇》
タブレットに表示された数値が、また上がった。
「⋯⋯佐々木。この濃度だと、どれくらい持つ?」
「装備にもよりますけど⋯⋯」
佐々木が難しい顔をする。
「一般的な探索装備なら、10分もこの濃度に晒されれば魔素中毒の危険があります。しかも、まだ濃度が上がってます」
「⋯⋯だよな」
救助隊が到着するまで、15分から20分。
そこから崩落した通路を突破して、取り残された7人のところまで向かう。
間に合うのか?
「⋯⋯」
俺は自分の手を見る。
昨日までだったら、こんなことは考えなかった。
俺は清掃員だ。モンスターが出たら逃げ、事故が起きたら救助隊に任せる。それが正しい。むしろ、変な気を起こせば沢山の人を危険に晒し、とても迷惑をかけてしまうかもしれない。
でも——。昨日、俺の魔素量は8192だと言われた。世界最高記録の8倍だ。
ドラゴンを殴り殺した。オーガ・マジシャンも殴り殺した。高濃度の魔素だって——。
「⋯⋯消せるかもしれない」
「主任?」
高橋が俺を見る。
「いや⋯⋯」
俺なら。もしかしたら、助けられるかもしれない。
そう思ってしまった。
年甲斐もなく、新たな力に魅せられてしまった。
でも、もし救えるかもしれないなら。だったら——。
「⋯⋯山下」
「はい」
「ここ、任せていい?」
山下は少しだけ黙った。
止められると思った。
探索者協会から待機命令が出ている。
俺は救助隊でもない。
会社員として考えれば、完全に命令違反だ。
でも、山下は小さく笑った。
「行くんでしょ?」
「⋯⋯悪い」
「10年以上一緒に仕事してるんですよ?主任がそういう人なのは知ってます」
「⋯⋯そういう人って何だよ」
俺がそう聞くと、山下は良い笑顔を向ける。
「目の前で困ってる人がいたら、放っておけない人」
「そんな大層な人間じゃないよ」
「はいはい」
山下が俺の肩を軽く叩く。
「こっちは任せてください」
「ありがとう」
「ただし——」
「ん?」
山下は快活な笑顔から一変、真剣な笑みで告げる。
「絶対帰ってきてくださいよ」
「⋯⋯分かってる」
勿論だ。力を自覚したところで、俺はただの清掃員。無茶はしないさ。
そう考えていたところで、高橋が前へ出る。
「主任!俺も——」
「ダメだ」
「でも!」
「ダメ」
今度は強めに言った。
「俺だって、自分がどこまで出来るか分かってない。お前まで連れて行く余裕はない」
「⋯⋯」
「山下と佐々木の言うこと聞いて待ってろ」
「⋯⋯はい」
高橋が悔しそうに俯く。
「佐々木」
「はい」
「探索者協会に連絡。俺一人で18階層に入るって伝えてくれ」
「⋯⋯絶対怒られますよ」
「だろうなぁ⋯⋯」
始末書で済むかなー⋯⋯済まないかもなぁ⋯⋯。
最悪、減給とかあるかもしれない。
⋯⋯嫌だなぁ。
「まあ」
ヘルメットを締め直す。
「7人見殺しにするよりはマシか」
俺は18階層へ向かって走り出した。
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