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10話 清掃おじさん、人命救助する

「うおおおおおおお!?」


 速い速い!速すぎる!!

 思い切り地面を蹴った瞬間、身体が前へ吹っ飛んだ。


「ちょっ⋯⋯待っ⋯⋯!」


 慌てて足へ力を入れる。

 靴底が地面を削り、十メートル以上滑ってようやく止まった。


「⋯⋯怖っ」


 心臓がバクバクしている。


 昨日、博多第三ダンジョンで戦った時も相当速く動いていたらしいが、あの時は必死だった。

 命の危険が目の前にあって、アドレナリンとかドーパミンとか、色んな脳内物質が出て麻痺していたのだろう。

 改めて意識して使ってみると、滅茶苦茶だ。


「⋯⋯もうちょっと加減しよう」


 今度は恐る恐る地面を蹴る。それでも十分速いが、さっき程じゃない。普段の作業であれば問題無い——パワー調整を間違えて何かを破壊するとかは無い——が、意識的にパワーを解放しようとすると、あまり上手くいかない。この辺りは要練習といった感じだ。


 通路を駆け抜け、階段を下りる。

 18階層に到着した瞬間、空気が変わった。


「⋯⋯うわ」


 薄紫色の靄が、通路一帯を覆っている。


 簡易魔素計測器が警告音を鳴らした。


 高濃度魔素警告⋯⋯。しかも、奥へ行くほど濃い。


「これ⋯⋯」


 俺は靄へ手を伸ばす。


 昨日、探索者協会の人が言っていた。

 俺の清掃スキルも、何かおかしい可能性がある。


 ドラゴンのブレスだって消せたんだ。

 なら、これも——。


「『清掃』」


 スキルを発動する。


 次の瞬間、目の前を覆っていた薄紫色の靄が、一気に消えた。


「⋯⋯やっぱ消えるんだ」


 モンスターの死体から残留魔素を消せるから、空気中の魔素を消せるのは何となく理屈は通っている。通っているが——本来の清掃スキルにはそこまでの力は無い。

 これは最早、人から毒を抜く器具を使って、毒ガスで満たされた部屋で毒ガスを消すみたいな行為だ。


 何なんだ、このスキル⋯⋯。自分のスキルなのに、段々怖くなってきたぞ。


 だが、今はありがたい。

 俺は先へ進みながら、次々と魔素汚染を『清掃』していく。


「うお!?清掃おじさん!?」

「アンタら無事か!大気中の高濃度魔素は清掃しておいた!安全な場所で救助隊を待っててくれ!」


 途中、崩落地点より手前の場所に居た4人とすれ違った。

 幸い、特別怪我も無さそうだ。俺は最低限の報告を4人に済ませ、奥を目指す。


 数分進んだところで、大量の瓦礫が通路を塞いでいた。


「これが崩落地点か⋯⋯」


 天井と壁の一部が完全に崩れている。

 奥を見ると、人影が7人分いた。迂回路は⋯⋯無さそうだ。


「⋯⋯やるしかないか」


 大きな瓦礫の下へ手を入れる。


「よいしょ⋯⋯」


 持ち上がった。


「⋯⋯」


 巨大な岩を抱えたまま固まる。


「⋯⋯軽いな」


 いや、絶対に軽くはない。軽く感じている俺がおかしい。⋯⋯流石にこれは分かる。


 とりあえず置いておき、そのまま通路の端へ岩を置く。ズシンッ!と凄まじい音が響いた。


「⋯⋯下手したら装甲車より重いんじゃないか、これ」


 考えるのをやめよう。

 無心で次々と瓦礫を退かしていく。


 その時。


「グルルルル⋯⋯」

「⋯⋯来たか」


 瓦礫の隙間から、モンスターが姿を現した。


 四足歩行の、黒い毛に覆われた大型の獣型モンスター——ヘルハウンド⋯⋯C級のモンスターだ。


 俺は拳を握った。


「悪いけど」


 一体目が飛び掛かってくるが——拳を振るうと、モンスターが凄まじい勢いで後方へ吹き飛んだ。


「今、急いでるんだよ!」


 次々襲ってくるヘルハウンドを倒す。数はオーガより多いが、不思議とこれまでと違って怖くない。


 相変わらず技術なんて何もない。

 殴る、蹴る。それだけの蛮族スタイルだ。


「⋯⋯」


 俺は倒れたモンスターを見る。


 自分の力が、少しだけ分かってきた。


 俺は強い。どうやら、本当に。

 だったら——。


「この力、ちゃんと使わないとな」


 再び走る。


 瓦礫を退かし、魔素を清掃する。

 モンスターが出れば殴る。

 それを繰り返しながら、奥へ進んでいく。


「誰かいますかー!!」


 声を張り上げる。


「聞こえたら返事してください!!」


 数秒待つが何も聞こえない。


「⋯⋯頼むぞ」


 さらに奥へ進む。


「誰か——」

「⋯⋯こっち⋯⋯!」

「!」


 聞こえた。


「いますか!?」

「た、助け⋯⋯」

「今行きます!」


 声の方向へ走る。


 最後の瓦礫を持ち上げる。


 その向こうに——人がいた。


「⋯⋯いた」


 七人、全員いた。倒れている人も、血を流している人もいる。

 だけど全員——生きている。間に合ったんだ。


「大丈夫ですか!?」

「⋯⋯清掃おじさん!?」

「はい」


 若い男性探索者が、俺の作業着を見て呆然としている。

 まあ、そうなるよな。


「救助隊が来てます。ここから出ますよ」

「で、でも⋯⋯」


 男性が後ろを見る。

 足を瓦礫に挟まれている女性がいた。


「動けないんです⋯⋯」

「分かりました」


 瓦礫へ近付く。


「ちょっと持ち上げますね」

「え?」

「よいしょ」


 持ち上げる。


「⋯⋯⋯⋯」


 全員が俺を見る。


「今のうちに足抜いてください」

「あ、はい!」


 近くの探索者が女性を引っ張り出す。


 よし。


「歩ける人は?」


 四人が手を上げる。


「残り三人か⋯⋯」


 一人は足を負傷。一人は意識が朦朧としている。最後の一人は完全に気を失っていた。


「⋯⋯何とかなるか」

「え?」


 意識のない男性を背負い、足を怪我している女性を左腕で抱える。魔素で手が増えたら三人まとめて持てたけど⋯⋯仕方ない。


「ちょっ⋯⋯!」

「もう一人、誰か支えてもらえます?」

「は、はい!」

「じゃあ行きましょう」

「二人運ぶんですか!?」

「大丈夫です。軽いんで」

「⋯⋯」


 また変な顔をされたが、まあいい。今は命が最優先だ。


「帰りますよ」


 来た道を戻る。


 俺が清掃したおかげで、魔素汚染はほとんど残っていない。

 瓦礫も退かしてある。ここらは先ほどモンスターを倒したので、モンスターは出てこない。

 モンスターの死体も残っていないので、転ぶ心配なんかも無い。


 俺たちはスムーズに安全な場所へ移動することができた。



「田中さん!!」


 救助隊と合流した。


「要救助者7名!全員います!」

「全員!?」

「はい。怪我人3名です!」


 背負っていた人達を救助隊へ引き渡すと、すぐに治療が始まった。

 良かった。どうやら完全に間に合ったらしい。


「ありがとうございます⋯⋯」


 先程足を挟まれていた若い女性が、救助隊に肩を借りながら俺を見る。


「本当に⋯⋯ありがとうございました⋯⋯」

「怪我は大丈夫ですか?」

「はい⋯⋯。多分」

「なら良かったです」


 それなら十分だ。


 俺は息を吐く。


 初めて、自分からこの力を使った。


 正直、怖かった。

 今でも自分がどれだけ強いのか分からない。

 でも、7人全員生きている。俺が助け出したんだ。


「⋯⋯」


 悪くないな。こういう使い方なら。


『田中さん!!』

「うおっ!?」


 腰に付けていた業務用端末から大声が響いた。


『勝手に18階層へ入らないでくださいと言ったでしょう!!』

「⋯⋯すみません」

『すみませんじゃありません!!』

「はい⋯⋯」

『結果的に全員救助出来たから良かったものの——』


「はい⋯⋯」


 怒られた。


 まあ、当然だ。

 命令違反したのは事実だからな。


「田中さん」


 救助隊の人が笑いを堪えながら俺を見る。


「後で私達からも事情を説明しますよ」

「⋯⋯お願いします」


 始末書くらいで済むといいなぁ。


 そんなことを考えながら周囲を見る。


 モンスターの死体、崩落で散らばった瓦礫。

 まだ少し残っている魔素汚染。


「⋯⋯汚いな」


 俺は手を翳した。

 救助は俺の仕事じゃない。でも、こっちは俺の仕事だ。


「『清掃』」


 周囲に残っていた魔素と、モンスターの死体が一瞬で消える。


「⋯⋯よし」


 綺麗になった。

 なんだかんだ、俺は清掃するのが性に合ってるみたいだ。

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