↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/14

8話 清掃おじさん、大変なことになる

 測定器に表示された数字を見て、誰も言葉を発さなかった。


『8192』


 俺は数字を見る。隣にいる水野さんも見る。探索者協会の職員さん達も見る。⋯⋯そしてそのまま、誰も喋らない。


「⋯⋯あの」


 流石にこの空気に耐えられなくなり、俺から口を開いた。


「これ、高すぎますよね⋯⋯」

「高いとかそういう次元じゃないよ!!」

「うおっ!?」


 水野さんが突然叫んだ。


「8192!?8192って何!?初めて見たんだけどこんな数字!!」

「いや、俺に聞かれても⋯⋯」

「私150だよ!?」

「それはさっき聞きました」

「玲奈さん90!」

「うん」

「美月さん80!」

「はいはーい」

「由香里さん90!」

「はい」

「田中さん8192!!」

「なんで俺だけそんな大声で言うんですか⋯⋯」


 恥ずかしいからやめてほしい。

 

 しかし、水野さんが騒ぐのも無理はないのだろう。


 一般人の魔素量は、大体1から5。

 探索者でも70を超えれば才能がある方で、100を超える人間はトップクラス。

 130を超えるような人間は、世界的に見てもほんの一握りだという。


 そして——。


「現在確認されている世界最高記録は、イタリアはローマのSS級探索者、ダンテ・ヴァレンティーニの1024です」


 探索者協会の職員さんが、若干引きつった顔で教えてくれた。


「1024⋯⋯」


 もう一度、目の前の測定器を見る。


『8192』

「⋯⋯8倍?」

「8倍です」

「そんなことあります?」

「こちらが聞きたいです」


 職員さんに真顔で返された。いや⋯⋯そんな顔されても困るんだけど。


「機械は壊れてませんか?」

「その可能性を考えて、既に三回測定しているじゃないですか⋯⋯」

「⋯⋯そうでしたね」


 三回とも、数値は8192だった。綺麗に3回とも一致している。⋯⋯壊れているにしては、随分律儀な壊れ方をしていやがるぜ。


「主任⋯⋯」


 後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、魔素量を測定すると聞いて、飛びついて付いてきていた高橋が俺を見ている。


「なんだ?」

「俺、主任と同じ班で仕事してて大丈夫なんですか?」

「どういう意味だよ」

「なんかもう、人間じゃないっていうか⋯⋯」

「失礼な奴だな!」


 ちゃんと人間だよ。

 健康診断だって毎年受けてるし。


『8192wwwww』

『バグだろ』

『ダンテの8倍は草』

『清掃おじさん、人類やめてて草』

『夏希ちゃんの約55倍?』

『なんでこんなのが清掃員やってんだよwww』

『探索者協会は19年間何してたんだ』

『本人が一番分かってないの面白すぎる』


 少し離れたところでは、水野さんの配信用端末が未だにコメントを読み上げ続けている。

 ⋯⋯そうだった。これも配信されてるんだった。


「水野さん」

「なに!?」

「これ、もしかして結構マズいですか?」

「めちゃくちゃマズいよ!」

「ですよねぇ⋯⋯」


 嫌だなぁ⋯⋯。また会社に電話来るんだろうなぁ。

 なんかもう、事務員さん達に菓子折りでも買って帰ろうかな。


「しかし⋯⋯」


 黒川さんが腕を組み、俺を見る。


「これなら、レッドドラゴンを殴り殺したのも説明はつきますね」

「そうなの?」

「魔素は身体能力にモロに影響するからね」


 水野さんが答える。


「勿論、魔素量だけで強さが決まるわけじゃないよ。スキルとか、戦闘技術とか、装備とか色々あるから」

「なるほど」

「でも、8192は流石に話が別。そんだけ高ければ、技術とか無くても思いっきり魔素を込めて殴るだけで必殺技になりかねない⋯⋯」

「そんなに?」

「だから世界一の8倍だって!」


 また怒られた。


 俺だってまだ実感が湧かないんだから仕方ないだろう。

 魔素量なんて最後に気にしたのは19年前だ。


 探索者だった頃、俺は何度測っても魔素量がほとんど増えなかった。

 確か最初が3だったか。それから少しずつ増えて、探索者を辞める頃でも5。同期の連中が10、20と数字を伸ばしていく中、俺だけは全然増えなかった。


 だから才能がないと思った。

 実際、当時の俺には才能なんて無かったのだろう。


 それが——。


「5から8192⋯⋯」


 流石に俺もおかしいと思う。


「田中さん」


 職員さんが真剣な表情でこちらを見る。


「いくつか確認してもよろしいでしょうか」

「はい」

「探索者として活動していたのは、22歳頃までということで間違いありませんか?」

「そうですね。半年くらいだったと思います」

「その後は?」

「ずっと清掃員です」

「19年間?」

「はい」


 職員さんが何かをタブレットへ入力していく。


「その間、ダンジョンへ入る頻度はどの程度でしたか?」

「頻度?」

「週に何日程度でしたか?」

「ああ⋯⋯」


 少し考える。


「普通に週5くらいですね」

「週5」

「繁忙期は6日の時もありますけど」

「一日どの程度?」

「日によりますよ。浅いところなら何件か回りますし、深いところなら一日掛かりです」

「⋯⋯19年間?」

「そうですね」


 職員さんの手が止まった。


「何か?」

「いえ⋯⋯」


 何故か難しい顔をしている。


「田中さん。ダンジョン内部には、地上より遥かに高濃度の魔素が存在することはご存知ですよね?」

「それは流石に知ってますよ。仕事柄」


 ダンジョン内には常に魔素が漂っている。


 だからこそモンスターが生まれ、特殊な鉱石や植物なんかも発生する。


「人間もダンジョン内の魔素を微量ながら体内へ取り込みます。後は倒したモンスターからも取り込んでいます。割合で言えば、モンスターが97、自然増加が3くらいでしょうか」

「はい」

「探索者の魔素量が活動期間に応じて増加していくのも、それが理由の一つです」


 そこまでは知っている。俺だって昔は探索者だった。


「ただし、通常は一定量を超えるとほとんど吸収しなくなります。その上限には個人差があり、それが俗に言う魔素容量——探索者としての才能の一つとされています」

「なるほど」

「田中さんは⋯⋯」


 職員さんが俺を見る。


「その上限が、存在しない可能性があります」

「⋯⋯はい?」


 よく分からない言葉が出てきた。


「存在しない?」

「正確には、現時点で我々が確認できる範囲では上限に到達していない、という意味です」

「はぁ⋯⋯」

「つまり田中さんは、この19年間——」


 職員さんが一度言葉を止める。


「ダンジョンへ入る度に、少しずつ魔素を吸収し続けていた可能性があります」

「⋯⋯⋯⋯」


 俺は自分の身体を見る。

 特に変わったところはない。


 41歳。身長も体重も普通。

 最近少し腹が出てきたかなと思って、晩酌の回数を減らそうか悩んでいる程度の身体だ。


「19年間ずっと?」

「仮説ですが⋯⋯」

「毎日仕事してただけですよ?」

「その毎日の仕事が原因だった可能性があります」

「な、なんと⋯⋯」

「後は、清掃スキルも影響しているかもしれません。その辺りは調べる必要がありますが⋯⋯」


 なんだそれは⋯⋯。

 俺はただ仕事をしていただけだ。

 毎朝会社へ行って、山下達とダンジョンへ入って、モンスターの死体を片付けて、床についた血を消して、たまに探索者の遺体を回収して⋯⋯。仕事が終わったら会社へ戻る。

 それを19年間繰り返した。ただ、それだけだ。


「じゃあ主任」


 高橋が口を開いた。


「19年間、毎日経験値稼ぎしてたみたいなことっすか?」

「⋯⋯そんなゲームみたいな話ある?」

「実際8192ありますからね」

「⋯⋯そうなんだよなぁ」


 否定しようにも、目の前に数字がある。


「それなら清掃スキルも説明つくかも」


 水野さんが言った。


「清掃スキル?」

「うん。スキルって魔素量でスキルの出力が違うでしょ?」

「そうですね」

「普通の清掃スキル持ちと、田中さんじゃ使える魔素の量が違いすぎるんだよ」

「あー⋯⋯」


 言われてみれば。


「普通の人がコップ一杯の水で掃除してるところを、田中さんだけダム一個分使ってるみたいな?」


 小宮川さんが笑いながら言う。


「そんなに?」

「8192だからねぇ」

「だからドラゴンのブレスまで消えた⋯⋯?」

「可能性はあると思います」


 黒川さんが頷く。


 俺は自分の右手を見る。

 19年間使い続けてきた『清掃』。戦闘には何の役にも立たないと思っていた。

 昔、探索者を諦めた原因の一つでもあるスキル。


 それが——もしかして、とんでもないことになっている?


「⋯⋯田中さん」

「はい?」


 顔を上げると、水野さんが俺を見ていた。

 何故か、物凄く楽しそうな顔をしている。


「何ですか、その顔」

「いやぁ⋯⋯」

「嫌な予感しかしないんですけど」

「田中さんさ」


 水野さんがニヤッと笑った。


「どこまで強いんだろうね?」

「⋯⋯⋯⋯」


 やめてくれ。俺はその顔を知っている。

 博多第三ダンジョンへ連れて行かれる前にも見た顔だ。


「水野さん」

「なに?」

「俺、明日仕事なんで」

「うん!⋯⋯うん?」

「帰りますよ」

「えー!」

「えー、じゃないですよ」


 俺は立ち上がる。


 もう十分だ。魔素量8192だか何だか知らないが、明日は普通に仕事がある。

 探索者協会からは、後日改めて精密検査を受けてほしいと言われた。


 正直、面倒臭い。

 でもまあ、自分の身体のことだ。一度くらいちゃんと調べてもらった方がいいだろう。


「じゃあ田中さん!また連絡するから!」

「ほどほどにしてくださいよ」

「はーい!」


 絶対分かってないな、この子⋯⋯。俺はため息を吐きながら測定室を出た。

 この時の俺はまだ、魔素量8192という数字がどれだけ大きな意味を持つのか、よく分かっていなかった。


 世界最高記録の約8倍。

 そんな数字が配信に乗って、日本中——いや、世界中へ流れてしまったことも。世界魔素量ランキングが更新されてしまったことも。


 そして翌朝。


「おはようございま——」

「田中ぁぁぁぁぁぁ!!」

「うおっ!?」


 会社へ入った瞬間、部長の怒鳴り声が響いた。


「今度は何したお前ぇぇぇぇ!!」

「俺、何もしてませんよ!?」


 昨日は本当に測定器へ手を置いただけだ。

 なのに事務所では、また電話が鳴り続けていた。


 ⋯⋯どうしてこうなったんだろう。

 俺は一応買ってきた『めんべい』の詰め合わせを手に握った。⋯⋯菓子折り、早速使うことになりそうだなぁ⋯⋯。

評価、ブックマーク、感想など励みになります。

モチベーションになりますので、よろしくお願いします。


また、作者Xにて更新通知を行っております。

新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。

@MokaSufure

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。