83話 GEMINI&VIVID視点①
光が消えた時、水野夏希は反射的に周囲を見回した。
つい先ほどまで歩いていた通路とは明らかに違う。周囲には同じように転移させられた探索者達がいたが、あれだけの人数で進んでいた攻略部隊は半分どころか、三分の一ほどにまで減っている。
「玲奈さん、美月さん、由香里さん!」
「いるわ。三人とも無事よ」
黒川玲奈の声に夏希が振り返ると、小宮川美月と橘由香里もすぐ近くにいた。怪我をした様子もなく、美月は突然の転移に戸惑いながら周囲を確認し、由香里も既に武器を構えている。
四人とも無事だったことに夏希はひとまず安堵したが、すぐに他の顔を探した。
「田中さんは?」
「いないみたいね。神崎さんも、獅子堂さんも白峰さんも見当たらないわ」
玲奈も周囲を確認していたらしい。
代わりにこの場にいるS級探索者は、空と海の二人だった。GEMINIが揃っているだけでも戦力としては心強いが、問題は他の人間がどこへ飛ばされたのか分からないことだった。
「おーい、水野!」
少し離れたところから聞き覚えのある声がして、夏希が振り向く。
「三浦さん!」
三浦拓海と、そのパーティメンバー三人も揃っていた。他にもA級探索者が十人近くおり、突然の転移にもかかわらず、それぞれが周囲を警戒しながら人数と装備を確認している。
「そっちは全員いるか?」
「VIVIDは全員いる。でも、田中さん達がいない」
「こっちも四人揃ってる。たぶん攻略隊を何組かに分けられたな」
三浦はそう言いながらも、慌てた様子を見せなかった。坂口達に周囲の確認を任せると、近くにいた他のA級探索者にも声をかけて負傷者がいないか確認していく。
その間に空と海も動いていた。
「海、分かる?」
「分からない。見える範囲にはいない」
海が通路の先を見ながら答える。彼女の『交換』は便利な能力だが、どこにいるのかさえ分からない相手を探し出すためのものではない。
空は小さく舌打ちすると、足元へ視線を落とした。
「さっきの魔法陣、明らかに私達を狙って発動したわよね。偶然ダンジョンの罠を踏んだって感じじゃなかった」
「そうだと思う」
「だとしたら、面倒ね」
誰がやったのかは分からない。しかし、日本中から集められた攻略隊をわざわざ分断した以上、少なくとも好意的な何者かではないだろう。
「とりあえず、ここに突っ立ってても仕方ないな」
三浦が言った。
「俺達だけで勝手に動き回るのも危険だが、元の場所に戻る方法も分からない。まずは現在地を確認して、他の連中と合流する方法を探そう」
周囲のA級探索者達から異論は出なかった。
S級のGEMINIに、A級上位のVIVID、さらに三浦達を含めたA級探索者が十数人。攻略隊全体から見れば大幅に戦力を削られたとはいえ、それでも通常のダンジョンなら過剰なくらいの戦力が残っている。
ただし、現在は異常事態だ。
先ほどまでの戦闘を考えれば、何が起きてもおかしくない。
全員がそれを理解していた。
隊列を組み直そうとしたところで、海が不意に顔を上げた。
「姉さん」
「分かってる」
空も同じ方向を見ていた。
その様子に気づいた三浦達が武器を構え、少し遅れて夏希にも分かった。
通路の奥から、何かが近づいてくる。
これまで遭遇してきたB級やA級とは違う。姿を見る前から肌が粟立つような魔素が伝わり、夏希の身体が無意識に緊張した。
「⋯⋯これ、ヤバくない?」
夏希が呟くと、玲奈が小さく頷いた。
「ええ。全員、警戒して」
やがて暗闇の奥から、巨大な影が姿を現した。
最初に見えたのは蛇の頭だった。
人間など丸呑みに出来そうなほど巨大で、赤黒い鱗に覆われている。長い首を持ち上げながらこちらを見下ろし、口元から鋭い牙を覗かせていた。
しかし、それだけではない。
その隣から二つ目の頭が現れ、さらに三つ目、四つ目と続いていく。
「⋯⋯何、あれ」
美月が珍しく笑っていなかった。
巨大な胴体から伸びている首は、全部で九本。
九つの頭を持つ巨大な蛇が、通路を塞ぐように鎌首をもたげていた。
後方にいた探索者の一人が携帯型の測定器を確認し、その数値を見た途端に表情を強張らせる。
「魔素量、S級相当です!間違いありません!」
その声で周囲の緊張が一段上がった。
日本国内でS級モンスターが確認されること自体、滅多にない。しかも今回は、攻略隊が分断された直後だ。
それでも空は怯むどころか、一歩前へ出た。
「ちょうどいいじゃない。私たちもS級の討伐実績が欲しかったのよね」
「姉さん、油断しないで」
「してないわよ」
空が両手のガントレットを構える。
「A級は無理に前へ出ないで。まず私達がやるから、能力が分かるまでは援護に徹して」
「了解!」
三浦が即座に返し、他の探索者達も配置についた。
相手がS級なら、A級上位であっても正面からまともにぶつかるのは危険だ。それでも彼らは逃げるのではなく、GEMINIが戦いやすいよう左右へ広がり、いつでも援護出来る距離を保っている。
VIVIDも同じだった。
「最初は様子を見るわよ、夏希」
「了解」
玲奈の判断に夏希も従った。
次の瞬間、S級の九頭蛇モンスター——ヒュドラが動いた。
九つの頭が一斉にこちらへ襲いかかるのではなく、そのうち三つが別々の方向から伸びてきた。一本は空へ、もう一本は海へ向かい、残る一本が側面にいたA級探索者達を狙う。
「散れ!」
三浦の声と同時に探索者達が左右へ跳ぶ。
巨大な頭部が先ほどまで人がいた床へ噛みつき、石材をまとめて砕いた。
空へ迫った頭はさらに速かった。
大きく開かれた口を紙一重でかわした空は、その首へガントレットを叩きつける。触れた箇所を即座に爆弾へ変えると、首の内部で爆発が起こり、巨大な頭部が根元から吹き飛んだ。
大量の血と肉片が周囲へ飛び散る。
「一つ!」
空が着地すると同時に、別の頭が背後から迫る。
避けるには間に合わない。
しかしその瞬間、空の姿が消えた。
代わりに空がいた場所へ小さな鉄球が現れ、巨大な牙が空を切る。
海の『交換』だ。
数メートル離れた位置へ移された空は体勢を整えると、何事もなかったように次の頭へ向かっていった。
「相変わらず反則みたいなコンビね⋯⋯」
玲奈が呟く。
空の『爆破』と、海の『交換』。
二人だけで潜ることを前提に磨き続けてきた能力は、初めて見るS級モンスターを相手にしても淀みなく機能していた。
しかし、ヒュドラも一方的にやられているわけではない。
残る八つの頭がそれぞれ別の動きを始めた。
正面から空を狙う頭があれば、その退路へ回り込む頭もいる。海が交換に使おうとした位置へ別の頭が先回りし、さらに後方の探索者達を狙う頭まであった。
「こいつ⋯⋯頭ごとに別々に動いてる!」
三浦が叫びながら、A級探索者を狙って伸びてきた頭へ斬りつける。
一人では止めきれない。
坂口が横から槍を突き刺し、勝田のハンマーが頭部を殴りつける。そこへ他のA級探索者二人も加わり、ようやく軌道を逸らした。
その隙に夏希が駆け込んだ。
「どいて!」
巨大な顎が閉じる直前、夏希は『透過』を発動した。
身体が牙をすり抜け、そのまま頭部のすぐ横へ出る。振り返りながら剣を叩き込むと、ヒュドラの頭が大きく弾かれた。
「硬っ⋯⋯!」
手応えはあったが、倒せてはいない。鱗で剣が弾かれてしまった。
そこへ由香里が追撃し、さらに美月が『念力』で頭部を床へ押さえつける。
「なっちゃん、もう一回!」
「任せて!」
夏希が再び踏み込む。自分の剣で鱗を突破できないなら————今度は全力で頭部を殴りつけた。
鈍い音とともに頭蓋が砕け、二つ目の首が床へ落ちる。
「よし!」
「夏希、離れて!」
玲奈の声に夏希がすぐ後ろへ跳ぶと、別の頭が横から突っ込んできた。牙が空を切り、砕けた床の破片が周囲へ飛び散る。
九つの頭がそれぞれ攻撃してくるせいで、一つを相手にしている間も他の頭から目を離せない。
それでも戦えている。
S級が二人。さらにA級上位がこれだけいるのだ。
どれほど強力なモンスターでも、九つの頭を一つずつ潰していけばいい。
少なくとも、その時は誰もがそう考えていた。
「姉さん」
海の声に空が振り返る。
「何?」
「あれ」
海が指を差した。
最初に空が吹き飛ばした首だった。
断面から大量の血を流しながら垂れ下がっていたはずの首が、いつの間にか不自然に膨らんでいる。
肉が盛り上がり、骨が伸び、鱗がその表面を覆っていく。
「⋯⋯は?」
空が目を見開いた。
それは数秒の出来事だった。
完全に吹き飛ばしたはずの頭部が、元通りになった。
「再生⋯⋯?」
三浦の表情から笑みが消える。
その直後、夏希達が破壊した頭にも同じ変化が起きた。砕けた頭部が急速に形を取り戻し、やがて何事もなかったかのように持ち上がる。
「嘘でしょ。あれだけやったのに⋯⋯」
夏希が思わず声を漏らす。
空は再生した頭を睨みながら、すぐに次の攻撃へ移った。
「だったら、再生出来なくなるまで潰すだけよ!」
海との交換を使って一気に距離を詰め、三つ目の頭へ触れる。爆発によって頭部が吹き飛び、ほぼ同時に別のA級探索者達が集中攻撃を加えて四つ目の頭を破壊した。
さらにVIVIDが五つ目へ向かう。
玲奈が『固定』で首の動きを止め、美月が『念力』で頭部を引き寄せる。由香里が仲間の位置を把握しながら指示を出し、夏希が動けなくなった頭部へ拳を叩き込んだ。
五つ目が潰れる。
続けて三浦達が弱った六つ目へ集中攻撃を加え、坂口の槍が眼窩を貫いたところへ勝田のハンマーが叩き込まれた。
残り三つ。
だが、空が最初に破壊した頭が再び動き始めた。
「また!?」
「早すぎる!」
別の探索者が叫ぶ。
海は戦いながら再生の様子を見ていた。
「姉さん。多分、頭を壊してから戻るまでだいたい十秒くらい」
「⋯⋯そう。少し厄介ね」
空が一瞬だけ眉を寄せた。
次々と頭を破壊しているのに、最初に倒したものから復活していく。攻撃力が足りないわけではなく、頭部そのものはS級二人やA級上位の集中攻撃なら十分に破壊出来る。
問題は、その後だった。
「じゃあ九個の頭全部を十秒以内に潰せってこと?」
「多分」
「面倒くさすぎるでしょ、こいつ!」
空が苛立った声を上げる。
その間にも再生は続き、せっかく六つまで減らした頭が一つ、また一つと戻っていく。
三浦が攻撃を避けながら周囲を確認した。
「一回下がれ!適当に頭を潰しても意味がない!全員でタイミングを合わせるぞ!」
探索者達が無理に攻撃を続けるのをやめ、互いに援護しながら距離を取る。
しかし、ヒュドラは待ってくれない。
九つに戻った頭が大きく広がり、それぞれが別の獲物へ視線を向けた。
夏希は呼吸を整えながら、その巨体を見上げた。
九つの頭を十秒以内。
一つずつなら倒せる。
けれど、九つをほぼ同時に破壊するとなれば話はまるで違う。しかもヒュドラ自身が大人しく頭を差し出してくれるはずもなく、それぞれの頭が独立して攻撃しながら互いを守っている。
S級モンスター。
これまで夏希も一度だけその存在を目にしてきたが、改めて理解する。
単純に強いだけではない。
攻略方法そのものを見つけなければ、どれだけ戦力があっても倒せない相手だ。
「夏希、来るわよ!」
玲奈の声で夏希が構え直す。
九つの首が一斉に持ち上がった。
そして今度は、先ほどまでとは違う動きを見せる。
複数の頭が大きく口を開き、牙の間から紫色の液体を滴らせていた。
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