82話 清掃おじさん、伊勢ダンジョンに潜る②
「田中さん、右!」
「え?」
声に反応して振り向くと、前衛を抜けた人型のモンスターがこちらへ走ってきていた。
手には大きな斧。
まずい。
俺が構えるより先に、横から一人の探索者が飛び込んできた。
斧が振り下ろされる。
それを剣で受けるのではなく、相手の腕へ自分の腕を当てて軌道を逸らした。
斧が俺の横を通り過ぎ、床を大きく砕く。
探索者はそのまま相手の懐へ入り、腹部へ拳を叩き込んだ。
モンスターの巨体が僅かに浮く。
さらに顎を蹴り上げ、最後は首元へ剣を突き刺した。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「下がっててください。ここは俺達がやります」
「すみません」
素直に下がる。
⋯⋯そうだった。
俺は別に戦うために来たんじゃない。
今回の俺の仕事は、この人達に守ってもらいながら異常魔素のところまで辿り着くことだ。
前に出て怪我でもしたら、それこそ迷惑になる。
その後もモンスターは次々と押し寄せてきた。
それでも前線は崩れない。
B級程度ならA級探索者達だけで十分に処理出来ている。
問題になるのは、群れに混ざっているA級相当の個体だった。相性によっては時間がかかるし、怪我もする。
通路の奥から現れた巨人型のモンスターが、手にした巨大な棍棒を振り回した。
前衛が散る。
棍棒が床へ叩きつけられ、石材が大きく砕けた。
巨人型は棍棒をそのまま横薙ぎする。数人が後ろへ跳んで避けるが、巨人型は止まらない。身体の大きさに似合わない速度で踏み込み、さらに棍棒を振り上げる。
そこへ獅子堂さんが歩いていった。
「獅子堂さん!」
誰かが声を上げる。
「ええって。こいつはワイがやるわ」
巨人型が棍棒を振り下ろした。
——しかし、それを獅子堂さんは避けなかった。
片腕を上げて受け止める。
凄まじい音が響いた。
けれど、獅子堂さんは動いていない。
「まあ、こんなもんやな」
次の瞬間、拳が巨人型の腹へめり込んだ。
巨体が折れ曲がり、そのまま数メートル後方まで吹き飛ぶ。
壁へ激突した巨人型モンスターは、そのまま動かなくなった。
⋯⋯うん。やっぱりS級はおかしい。
さっきまでA級の人達を見て感覚を戻したはずなのに、また壊されそうだ。
戦闘が終わるまで、それほど時間はかからなかった。
最後の一体が倒れる。
通路には大量のモンスターの死体が残されていた。
「田中さん、お願いします!」
「はい」
ようやく俺の出番だ。
前へ出て、死体へ『清掃』を使う。
何十体ものモンスターが次々と消えていき、血で汚れていた床も綺麗になっていく。
これだけ大量にいると、普通の清掃員なら相当時間がかかるだろう。
俺の場合は一瞬だけど。
「相変わらず便利やなぁ、おっちゃんのそれ」
獅子堂さんが横から言ってきた。
「俺としてはこっちが本業なんですけどね」
「S級ボコボコにする清掃員が何言うてんねん」
「それはもう忘れてください」
「無理やろ!」
後ろから何人かの笑い声が聞こえた。
死体と血液を片付け終えると、再び攻略が始まる。
そこから先も似たような状況が続いた。
何度もモンスターと遭遇する。
とにかく数が多い。しかも奥へ進むほどA級相当の割合が増えている。
それでも部隊は進んだ。
三浦さん達を含めたA級探索者が戦線を維持し、危険な個体が出ればS級が処理する。負傷者が出れば後方へ下げ、治療を受けさせる。
俺は戦闘が終わるたびに死体や血液、残留魔素を『清掃』する。
全国から集められた探索者達が戦い、清掃員の俺が後片付けをしながらついていく。
やっていることだけ聞けば、いつもの仕事とあまり変わらない。
周りにいる人達が豪華すぎるだけだ。
ただ、一つだけ。
奥へ進むにつれて、俺が感じる魔素は明らかに強くなっていた。
北海道で感じた、地下深くのどこかから魔素が流れてきている感覚。
あれがここでは比べ物にならないほど強い。
今まで見てきたどの異常魔素とも違う。
量が多いというだけじゃない。流れてくる元そのものが、近い。⋯⋯言語化は難しいが、そんな気がする。
だからといって、今の俺にはそれ以上のことは分からなかった。
結局、原因を確かめるには奥へ行くしかない。
攻略開始からしばらく経った頃には、最初の緊張感も少しずつ変わってきていた。
楽観しているわけじゃない。
それでも、これだけの戦力が揃っている。
B級が何十体出てきても押し切れる。
A級が混ざっていても問題ない。
多少の負傷者は出ているが、攻略を続行出来ないほどの被害は一度も出ていない。
このまま異常魔素の発生地点まで何事も無く辿り着けるんじゃないか。
少なくとも俺は、そう思い始めていた。
その時だった。
前方から再びモンスターの気配がする。
「また来るぞ!」
探索者達が慣れた様子で武器を構える。
俺も邪魔にならないよう後ろへ下がった。
その瞬間——足元が光った。
「⋯⋯え?」
最初は、誰かが魔法を使ったのかと思った。
しかし違った。
俺の足元に、見たことのない複雑な模様が浮かび上がっている。
しかも一ヶ所じゃない。
前方にも後方にも、部隊のあちこちで同じような光が同時に広がっていた。
「何だこれ!?」
「魔法陣!?」
それまで冷静だった探索者達から、初めて戸惑った声が上がる。
白峰さんが足元を見る。——その表情が一瞬で変わった。
「全員、魔法陣から離れてください!」
声が響く。
俺も反射的に走ろうとした。——だが、遅かった。
足元から強烈な光が立ち上がった。
「っ⋯⋯!」
視界が真っ白に染まる。
誰かが何かを叫んでいる。
すぐ近くにいたはずの人達の声なのに、一瞬で遠くなった。
次に足の裏へ硬い床の感触が戻った時には、周囲の景色が完全に変わっていた。
「⋯⋯は?」
さっきまでいた通路じゃない。
もっと狭い。壁の形も、床の材質も違う。
何より、人がいない。——いや、正確にはいる。
俺の周囲には十数人の探索者がいて、突然のことに戸惑いながらも、それぞれ武器を構えて周囲を警戒していた。
けれど、さっきまで一緒にいた人数とはまるで違う。
「水野さん⋯⋯?」
見回してみるが、いない。
黒川さんも、小宮川さんも、橘さんもいない。
空さんと海さんも。獅子堂さん、白峰さん、三浦さん達も居ない。
誰も見当たらない。
「田中さん」
聞き慣れた声に振り返った。
「神崎さん!」
神崎さんがいた。
それだけで少し安心する。
「怪我はありませんか?」
「はい。神崎さんは?」
「俺も大丈夫です」
周囲にいるのは俺と神崎さん、それからA級探索者が十数人。
神崎さんが一度目を閉じた。
『領域』を使って周囲を確認しているのだろう。
しばらくして目を開く。
「⋯⋯この周辺に他の人達はいません」
「そんな⋯⋯」
さっきまで、あれだけいたのに。
俺達だけが別の場所へ飛ばされたのか。それとも——。
「他の人達も、別の場所に飛ばされたんでしょうか」
「可能性は高いと思います」
神崎さんが周囲を見ながら答える。
「少なくとも、先ほどの魔法陣は一つではありませんでした」
「ですよね」
部隊内の離れた場所で、複数の魔法陣が同時に光っていた。
偶然踏んだ罠とは思えない。
それまで俺達は、大量のモンスターを相手にしながらも順調に進んでいた。
日本中から集められたA級。日本にいるS級探索者全員。
これだけの戦力が集まっていた。
それを一瞬で分断されてしまった。
誰がやったのか。何のためにやったのか。
今の俺達には何も分からない。
ただ、ここへ来て初めて、俺は明確に思った。
俺達は何か、とんでもないものがいる場所に踏み込んでしまったのかもしれない、と。
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