81話 清掃おじさん、伊勢ダンジョンに潜る①
三重県、伊勢ダンジョン。
現地へ到着した頃には、ダンジョン周辺は普段とはまるで違う状態になっていた。
一般の探索者はもちろん立入禁止。入口周辺には探索者協会の職員や救護班、警察まで集まり、次々と運び込まれる装備や物資を確認している。
俺達も到着してすぐ、協会が用意した施設へ案内された。
「三浦さん!」
建物へ入ったところで、水野さんが誰かに向かって手を振った。
見ると、装備を整えた四人組の男達がこちらへ歩いてくる。
先頭にいるのは三十代くらいの男性だった。短く整えた髪に、がっしりとした体格。随分と人当たりの良さそうな顔をしている。
「おお、水野!久しぶりだな」
「三浦さん達も来てたんだ!」
「そりゃ来るだろ。日本中から一流探索者を集めてるんだから。⋯⋯まぁ、お前は一流ってよりは化け物か」
「誰が化け物だ!」
「お前だよ。あと後ろの人達」
三浦と呼ばれた男性が笑いながらこちらを見る。
確かに後ろには日本のS級探索者が揃っているので、否定しづらい。
「黒川さん達も久しぶり」
「お久しぶりです、三浦さん。相変わらずですね」
「こういう時こそ軽口叩くもんなんだよ」
どうやらVIVIDとは以前から知り合いらしい。
俺が見ていると、水野さんが気づいて紹介してくれた。
「田中さん。この人は三浦拓海さん。A級上位の探索者で、前にVIVIDの配信とか企業の企画で何回か一緒になってるの」
「三浦です。よろしくお願いします」
「あ、田中です。よろしくお願いします」
「もちろん知ってますよ。清掃おじさんですよね」
「あはは⋯⋯その呼び方やめて貰えると⋯⋯」
嫌な形で有名になったものだ⋯⋯。
調べると、三浦さんは国内でもトップクラスに人気の探索者配信者らしい。普段から探索者業だけでなく、大食い企画やドッキリ企画なんかもしているようだ。凄い器用な人達だな⋯⋯。
三浦さんの後ろにいる三人も同じパーティメンバーだ。動画にも出てきていた、坂口恭平さん、勝田正義さん、細井龍二さん。全員A級探索者だ。
三浦さんを含めた四人で長く活動していて、A級パーティとしても全国的に名前が知られているらしい。
「うちの嫁が田中さんのファンなんですよ。帰ったら絶対どやされますよ。お前だけ本人に会いやがってって」
「奥さんも探索者なんですか?」
「いや、普通の会社員です。子供と一緒にVIVIDの配信見てるんですよ」
「三浦さんの配信は見ないの?」
水野さんが聞く。
「俺の配信なんか見ても家でいつも見てる顔しか映ってないだろ」
「確かに」
「納得すんな」
水野さんが笑った。
随分と仲が良い。
こんな状況でも普通に話している辺り、三浦さんも場慣れしているのだろう。
「三浦さん」
少し離れたところから仲間の一人に呼ばれた。
「おう。じゃあ、また中でな」
「うん。気をつけてね!」
「お前もな」
三浦さん達が準備へ戻っていく。
俺はその背中を少しだけ見送った。
「なんだか余裕ありますね」
「そうだね。三浦さん達、四人とも強いからかな。何回か一緒に潜ったこともあるし」
「へぇ」
最近はS級探索者ばかりと行動していたせいで、何となく感覚がおかしくなっている気がするが、A級だって本来上澄みの探索者だ。
ましてや今回集められたのは、その中でも特に優秀な人達ばかり。
改めて、とんでもない人数が集まっている。
これなら何が出てきても大丈夫。
⋯⋯とは、さすがに思えなかった。
伊勢ダンジョンから感じる魔素は、入口にいる時点で既に異常だった。
これまでとは比べ物にならない。
外にいても分かるほど濃い魔素だ。
この先に何がいるのか。それは、入ってみなければ分からない。
◆
やがて攻略開始の時間となり、俺達は他の探索者達とともに伊勢ダンジョンへ入った。
今回の攻略は、普段のダンジョン探索とは少し違う。
目的はモンスターの討伐でも、魔石の回収でもない。最優先は異常魔素の発生地点を特定し、俺をそこまで送り届けること。
そのため、戦闘を担当する探索者達だけでなく、負傷者を地上へ運ぶための人員や協会職員まで含めた大人数での攻略になっている。
もっとも、協会職員達が同行するのは途中までだ。
異常魔素が濃くなれば、魔素量の低い人はそれだけで体調を崩す。深層まで進めるのは、今回集められた探索者達と俺くらいになるらしい。
「田中さんは俺の近くにいてください」
少し前を歩いていた神崎さんが振り返った。
「分かりました」
「今回は田中さんを異常魔素の発生地点まで連れていくことも目的ですから。何かあっても、一人で前に出ないでください」
「あはは⋯⋯肝に銘じておきます」
俺は好き好んで戦ったことは無い。基本的には仕方なく戦っている。
俺は探索者ではなく清掃員だ。戦わなくて済むなら、それに越したことはない。
それに今回は、戦うための人達が沢山いる。
前方には神崎さんや獅子堂さん。少し離れた場所には白峰さんがいて、空さんと海さんにVIVIDの四人。
そして、全国から集められたA級の探索者達。
これだけ上澄みの探索者が一つのダンジョンに集まることなんて、今後あるんだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、前方を進んでいた探索者が突然片手を上げた。
「止まれ!」
部隊全体が足を止める。
直後、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。
一つや二つじゃない。
何十という足音が重なり、地面を小さく揺らしている。
「来るぞ!」
前衛の探索者達が一斉に武器を構えた。
暗い通路の奥から最初に飛び出してきたのは、全身を灰色の毛で覆われた大型の獣だった。四本足で駆けてくる姿は狼にも似ているが、大きさは軽自動車くらいある。
しかも一体ではない。
その後ろから同じ獣が次々と現れ、さらに武器を持った人型や、天井を這う昆虫型まで混ざっている。
「B級多数!A級も混ざってる!」
誰かの声が飛ぶ。
それを聞いて少し身構えた。
B級も十分に怪物といえる強さだ。それが数十体いて、さらにA級まで混ざっている。
ところが、前にいる探索者達は誰も下がらなかった。
「正面止めるぞ!」
三人の前衛が横に並び、大型の盾を構える。
先頭を走っていた狼型モンスターは、勢いを落とさないまま盾へ激突した。
凄まじい音が響き、三人の足元が僅かに後ろへ滑る。それでも突破は許さず、後ろから続いてきた二体目、三体目まで受け止めた。
そこへ後衛から魔法が飛んだ。
炎が前衛の頭上を越え、モンスターの群れの中央で炸裂する。
何体かが炎に包まれたが、それだけでは止まらない。燃えながら前へ出てきた一体へ槍を持った探索者が踏み込み、長い柄を利用して頭部を横から殴りつけた。よろめいたところへ別の探索者が斬り込み、首元を深く切り裂く。
一方で、天井を這っていた昆虫型が前衛を飛び越えようとした。
「上!」
声が上がるより早く、一本の矢が飛んだ。
昆虫型の頭部に突き刺さり、そのまま天井から落下する。
しかし、その後ろにはさらに二体。
落ちてくる勢いのまま、前衛の後ろへ入り込もうとする。
「させるか!」
そこへ横から、三浦さんが飛び込んだ。
手にしているのは片手剣だ。
一体目の鎌のような前脚を剣で逸らし、懐へ潜り込む。身体を捻りながら刃を腹部へ走らせ、そのまま横へ抜けた。
昆虫型の身体が床へ落ちる。
もう一体が三浦さんへ飛びかかったが——。
「リーダー!しゃがめ!」
「おうよ!」
三浦さんが身体を沈める。
その頭上を越えて、大きな槍が突き出された。
三浦さんのパーティメンバー、坂口さんの一撃が昆虫型を真正面から貫き、その巨体を後方へ押し戻す。
「勝田!」
「はいはい!」
倒れた昆虫型が起き上がろうとしたところへ、勝田さんが横からハンマーを振り下ろした。
硬い外殻が砕ける。
それでも動こうとしたところへ細井さんが追撃し、完全に動きを止めた。
「次、左だ!行くぞ!」
三浦さんが言うと、四人がほとんど同時に動き出す。
誰が細かく指示しているわけでもない。
三浦さんが前に出れば他の三人が自然にその隙間を埋め、坂口さんが大きく踏み込めば三浦さんが背後を守る。長く一緒に戦ってきたからこそ出来る動きなのだろう。
少し離れたところでは、別のA級パーティが獣型の群れを相手にしていた。
一人が大剣を振り回して複数を牽制し、その間に小柄な女性探索者が敵の間を抜けていく。
一体の背後へ回ったと思った時には既に短剣が首元へ突き刺さっており、すぐに次の敵へ向かっている。
その女性を狙った獣型が横から飛びかかったが、後方から伸びてきた鎖が胴体へ巻きついた。
勢いのまま引き倒され、そこへ大剣が振り下ろされる。
その向こうでも戦闘が続いている。
魔法で敵の足場を崩す人。
巨大な盾で仲間への攻撃を引き受ける人。
仲間の武器へ魔素を纏わせて威力を上げている人までいる。
同じA級でも戦い方は全然違う。
それでも共通しているのは、全員が自分の役割を理解していることだった。
最近、俺の周りにはS級探索者ばかりいた。
空さんと海さんが二人だけでA級モンスターを瞬殺し、獅子堂さんが二十メートルを超えるS級ゴーレムを殴り倒し、白峰さんは水だけで何でもやってしまう。神崎さんも一人であらゆる者を瞬時に切り刻む。
そんな人達を見続けていたせいで、俺の感覚がおかしくなっていたらしい。
A級はトップクラスの探索者だ。
ましてや今日ここにいるのは、その中でもさらに選ばれた人達。
この人達も普通にとんでもないのだ。
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