79話 清掃おじさん、北海道を清掃する
34階層へ到着した。
ここまで来ると、空気が明らかに違う。
濃い。
肌にまとわりつくような魔素が、階層全体に充満している。
「これは⋯⋯」
白峰さんの表情からも笑みが消えた。
「報告で聞いていたより濃くなっていますね」
「みたいですね」
俺には魔素を数値で測ることは出来ない。
それでも、全国の異常ダンジョンを回ってきた今なら分かる。
どこでも感じた、あの嫌な感覚と同じ感覚だ。
「奥ですね」
「分かります?」
「はい。多分」
何故分かるのか、自分でも上手く説明出来ない。
ただ、『清掃』を使い続けてきたからなのか、異常な魔素がどちらから来ているのかを以前より感じ取れるようになっていた。
俺達はさらに奥へ進む。
地下三十四階層は、既に通常のダンジョンとは呼べない状態になっていた。
壁には黒ずんだ魔素が染みつき、床には魔石のような結晶が至るところから突き出している。
モンスターも明らかに強くなっていた。
巨大な熊のようなモンスターが三体、通路の奥から姿を現す。
一体だけでもA級上位。
協会から聞いていた情報では、この階層にいるはずのないモンスターだ。
「白峰さん」
「大丈夫ですよ」
白峰さんが胸ポケットから杖を抜き、伸ばした。
巨大な三体が一斉に走り出す。
通路が揺れるが、白峰さんは避けなかった。
杖を床へ向けた瞬間、通路を埋め尽くすほどの水が一気に溢れ出した。
激流だった。
三体の巨体が正面から飲み込まれ、そのまま押し戻される。
さらに白峰さんが杖を持ち上げると、大量の水まで持ち上がった。
三体のモンスターが、水の中に閉じ込められたまま宙へ浮く。
「⋯⋯すげぇ」
数十トンはありそうな水の塊が、頭上に浮かんでいる。
白峰さんが杖を握る。
「田中さん」
「は、はい?」
「水って、圧縮し続けるとどうなると思います?」
そう言えば、水を圧縮ってなんだろう。
たとえば、さっきモンスターが潰れたのは白峰さん曰く、水中の水圧のみを弄ったという話だ。それはもう重力操作とかの話な気がするが置いておこう。
水そのものを圧縮する。⋯⋯なんか出来そうで出来なさそうな、よく分からない話をされている気がする。
「確かに、どうなるんでしょうか⋯⋯」
「僕も科学の事はよく分からないので、又聞きしただけなんですけどね。水って、限界を超えて超圧縮すると——」
次の瞬間、水が氷へと変貌する。
モンスターは、氷の中で息絶えていた。
「凍らせてないのに氷になるらしいんですよ。不思議ですよね」
「た、確かに⋯⋯」
「魔法はイメージなので、どうやらそうらしいと根拠付きで思えたら、こういう事も出来るんですよ。まぁ流石に、水で炎を出すとか、そこまでぶっ飛んだのは出来ないですけどね」
そう言うと、氷が弾けた。中にいたモンスターの死体が地面に転がる。
俺はしばらく何も言えなかった。
「田中さん?」
「⋯⋯白峰さん」
「はい?」
「昨日、俺と蟹食ってた人ですよね?」
「そうですよ」
「良かった。別人かと思いました」
白峰さんが笑った。
「まだ先がありますよ」
「そうですね。行きましょう」
そのまま奥へ進み、やがて俺達は階層の最深部へ辿り着いた。
そして見つけた。
「⋯⋯これですね」
壁に走る巨大な亀裂。
そこから大量の魔素が漏れ出している。
東京でも、大阪でも、他の地域でも見たものだ。
「白峰さん、少し離れていてください」
「分かりました。周囲は僕が見ておきます」
亀裂へ近づく。
これを消せば日本の異常は全て終わる。
今までと同じだ。
そう思って、亀裂へ手を伸ばした。
「『清掃』」
魔素が消えていく。
壁に染みついていた黒い汚れも、結晶も、亀裂から溢れ出していた魔素も。
次々と消えていく。
いつも通りだ。
いつも通りのはずだった。
「⋯⋯ん?」
手を止める。
「どうしました?」
白峰さんの声が聞こえたが、すぐには答えられなかった。
何だ、今の。
もう一度、亀裂へ手を当てる。
「『清掃』」
残った魔素を消していく。
その瞬間だった。
分かった。
魔素が、ここで生まれているんじゃない。これは、ただの——。
「⋯⋯違う」
「田中さん?」
「白峰さん。これ、北海道の魔素じゃないです」
自分で言ってから、おかしな言葉だと思った。
「どういう意味です?」
「上手く説明出来ないんですけど⋯⋯どこかから来てるんです」
亀裂の向こう。
もっと深い、遥か地下。
そこから何かが繋がっている。
札幌第一ダンジョンだけじゃない。
今まで俺が『清掃』してきた場所を思い出す。
場所も違う。ダンジョンも違う。異常が発生した階層も違う。
それなのに、俺が『清掃』した時に感じる魔素の感触は、どこも妙に似ていた。
今まで引っ掛かっていたものが、ようやく一本に繋がった。
「北海道も東京も、静岡も愛知も、大阪も広島も沖縄も⋯⋯福岡も」
白峰さんが黙って俺の言葉を待っている。
「別々に異常が起きてるんじゃない。全部、どこかに繋がってます」
「⋯⋯繋がっている?」
「はい。多分、ずっと地下深くです。そこから魔素が流れてきてる。この亀裂は、異常魔素の発生源ではなくて——ただの小さな穴なんだ」
俺自身、どうしてそこまで分かるのかは説明出来ない。
目に見えているわけじゃない。
ただ、『清掃』で魔素を消していると分かる。
汚れを拭いている時、どこから汚れが広がっているのか分かるような感覚に近い。
今まで俺が消していたのは、各地へ流れ込んできた魔素だった。
元を断っていたわけじゃない。
溢れてきた先を、その都度掃除していただけだ。
「⋯⋯つまり、原因が別にあるということですか」
「そうだと思います」
「場所は?」
「そこまでは分かりません。でも、かなり深いところにある気がします」
白峰さんが亀裂を見る。
俺も同じ場所を見た。
既に魔素は消えている。
札幌第一ダンジョンで起きていた異常は、これで収まるはずだ。
だが。終わっていない。
むしろ今まで、何一つ根本的には解決していなかったのかもしれない。
「協会に報告した方が良さそうですね」
「はい。俺の感覚だけなんで、どこまで信じてもらえるか分からないですけど」
「田中さんが全国の異常を実際に『清掃』してきたから気づいたことです。十分、報告する価値がありますよ」
白峰さんの言葉に頷いた。
俺達は札幌第一ダンジョンを出た。
◆
地上へ戻る頃には、札幌第一ダンジョンの魔素濃度が低下し始めたことが確認されていた。
ひとまず北海道の異常事態は解決。
これで全国で確認されていた異常ダンジョンは、全て『清掃』したことになる。
「田中さん、約束通り今夜も食べに行きます?」
「行きたいですね。今日は俺が出しますよ」
「じゃあ、安い店にしましょう」
「だから何で俺の時だけ安い店なんですか」
「気楽な店の方がゆっくり飲めますよ」
「それは確かに」
「美味い札幌ラーメンの店があるんですよ。そこに——」
そんな話をしながら協会の施設を歩いていると、白峰さんのスマートフォンが鳴った。
「すみません」
「どうぞ」
白峰さんが画面を見る。
さっきまでの穏やかな表情が消えた。
「⋯⋯どうしました?」
「探索者協会本部からです」
電話に出た白峰さんは、しばらく黙って相手の話を聞いていた。
その表情が、次第に険しくなっていく。
「分かりました。すぐに向かいます」
通話が切れる。
「何かあったんですか?」
白峰さんはスマートフォンを下ろし、俺を見た。
「緊急招集です」
「緊急招集?」
「日本国内の全S級探索者に、本部へ直ちに集合するよう連絡が出ました」
全S級。
その言葉だけで、ただ事ではないと分かる。
「田中さんにも来てほしいそうです」
「俺も?」
「ええ」
嫌な予感がした。
さっき地下で感じた、全てが繋がっているという感覚。
それに気づいた直後の緊急招集。
偶然だとは思えなかった。
「⋯⋯札幌ラーメン、無理そうですね」
「残念ですが」
「楽しみにしてたんだけどなぁ⋯⋯」
白峰さんが少し笑う。
「また来ればいいですよ」
「そうですね」
そのためにも、まずは目の前の仕事を片付けないといけない。
俺達は予定を変更し、探索者協会本部へ向かう準備を始めた。
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