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77話 清掃おじさん、北海道に行く

 東京へ戻った日の午後、俺は羽田空港にいた。


「じゃあ田中さん、北海道よろしくね!」

「はい。水野さん達も頑張ってください」

「見てて!次会う時にはもっと強くなってるから!」


 水野さんが自信満々に胸を張る。


 北海道へ向かうのは俺一人だった。


 神崎さんはS級昇格後の手続きやら何やらで東京に残るらしい。本人は「こういうのが一番苦手なんですけどね」と嫌そうな顔をしていたが、S級ともなれば逃げるわけにもいかないようだ。


 そしてVIVIDの四人も東京に残る。


 理由は、天城姉妹だ。


 静岡と愛知で一緒に戦ったことをきっかけに、空さんがVIVIDの実力を改めて評価したらしく、東京にいる間に稽古をつけることになったという。


 特に水野さんに対しては相変わらず厳しい。


「遊びじゃないんだから、途中で泣いても知らないわよ」

「泣かないし!空さんこそ、私に追いつかれて焦っても知らないから!」

「⋯⋯どうして稽古する前から喧嘩してるんですか」


 この二人、本当に大丈夫だろうか。


「田中さん、北海道のお土産よろしくね!」

「稽古しに残る人が真っ先に土産の話しないでくださいよ」

「美月、白い恋人がいいな〜」

「私も!」

「水野さんまで乗っからないでくださいよ⋯⋯」

「田中さん、気をつけて行ってきてくださいね。北海道の異常は東京ほど進行していないと聞いていますが、何が起きるか分かりませんから」


 橘さんだけがまともだった。


「ありがとうございます。橘さん達も怪我しないようにしてくださいね」

「はい」


 橘さんが笑う。

 すると、隣にいた黒川さんが俺を見る。


「田中さん」

「はい?」

「北海道では、誰か女性を部屋に泊めたりしないようにしてくださいね」

「まだ引っ張るんですか!?」

「ふふ。冗談です」


 今朝の一件を思い出してしまった。


 もう忘れたい。

 心から忘れたい。


「田中さんなら、白峰さんと仲良くなりそう」


 海さんがぽつりと言った。


「白峰さんと俺が、ですか?」

「うん。同い年だし、二人とも落ち着いてるから」

「それだけで仲良くなるとは限らないでしょ」

「でも、白峰さんは田中さんのこと気に入ってたよ」

「そうなんですか?」

「うん」


 そういえば、東京で顔を合わせた時も白峰さんは随分と親しげに話しかけてくれた。


 同い年というのもあるのだろう。

 ただ、向こうは日本に五人しかいないS級探索者で、世界唯一のS級魔法使いだ。


 一方、俺はダンジョン清掃員。

 同い年という以外に共通点があるのかは分からない。


「そろそろ行きますね。乗り遅れたら洒落にならないんで」

「行ってらっしゃーい!」


 水野さん達に見送られ、俺は保安検査場へ向かった。


 北海道。

 これで全国を巡る仕事も、ひとまず最後だ。


◆


 新千歳空港へ到着したのは夕方だった。


「田中さん、お疲れ様です」


 到着ロビーを出たところで、白峰さんが待っていてくれた。


 長身で、整った顔立ち。

 東京で会った時にも思ったが、とても俺と同い年には見えない。これがイケオジというやつか。


 片やS級探索者の白峰冬馬。

 片や長時間ソファで寝て首を痛めている清掃員、田中和彦。


 同じ41年間を生きていたはずなのに、どうしてこうなった。神は不平等である。


「すみません、わざわざ迎えに来てもらって」

「いえ。僕もちょうど札幌からこちらへ来る用事がありましたから。それに、田中さんとゆっくり話してみたかったんです」

「俺とですか?」

「ええ。同い年の人と一緒にダンジョンへ入る機会って、意外と少ないんですよ」

「ああ⋯⋯それは確かに」


 探索者は若い。

 特に第一線で活動する人間となれば、20代から30代が中心になる。


 白峰さんも41歳ではあるが、現役のS級探索者というだけで相当珍しい部類だろう。


「僕の場合、普段は学校で若い子を教えていることが多いですからね。獅子堂さんも年下ですし、神崎くんも三つ下です」

「獅子堂さんとは10歳近く離れてますもんね」

「本人は僕のことをジジイ扱いしますけど」

「ははは⋯⋯」


 確かに、たまに獅子堂さんは神崎さんに「ジジイ」と言う時がある。おっさんはまだしも、ジジイは言い過ぎだろう。


「この前も『ジジイは後ろで魔法撃っとき』って言われました」

「白峰さんがジジイなら、俺もジジイじゃないですか」

「そう言ったら、『おっちゃんはおっちゃんや』と」

「謎の区別があるんですね」

「彼の中では重要みたいですよ」


 そんな話をしながら歩いていると、不思議なくらい会話が続いた。


 東京で会った時にも話しやすい人だとは思っていたが、二人きりになると余計にそう感じる。


 白峰さんはS級探索者だからと偉ぶることもなく、かといって妙に謙遜するわけでもない。

 俺の仕事についても自然に質問してくる。


「19年も同じ仕事を続けるって、僕は凄いことだと思いますよ」

「気づいたら続いてただけですよ。白峰さんだって長いでしょう?」

「そうですね。僕も結局、魔法ばかりです」

「好きなんですか?魔法」

「好きですよ。今でも新しい使い方を思いつくと試したくなります」

「ああ⋯⋯。それはちょっと分かるかもしれません」

「ですよね?」

「新しい洗剤とか道具とか見つけると、使ってみたくなるんですよ」

「僕もそういう感じなんですよ」


 好きなことを長く続けて、もっと上手くなりたいと思う。

 そういう意味では、俺たちは少し似ているのかもしれない。


 俺が十九年間掃除をしてきたように、白峰さんも長い時間をかけて魔法を磨いてきた。


 何となく、この人とは話が合いそうだ。


「ところで田中さん、お腹空いてませんか?」

「空いてますね。飛行機で何も食べてないんで」

「良かった。札幌へ行く前に食事にしましょう」

「いいですね。何食べます?」

「もう予約してあります」

「え?」

「北海道まで来てもらったんですから、案内くらいさせてください」


 白峰さんが穏やかに笑った。


 何だろう。

 格好いいな、この人。


◆


「⋯⋯白峰さん」

「はい?」

「これ、本当に俺が食べていいんですか?」

「もちろん。そのために来たんですから」


 目の前に並ぶ料理を見ながら、俺はしばらく動けなかった。


 刺し盛り、蟹、雲丹、いくら。

 その他、俺では名前の分からない海産物まで大量に並んでいる。


 北海道海の幸フルコースじゃないか。


「いや、俺もっと普通の店を想像してたんですけど⋯⋯」

「せっかく北海道まで来たのに、それはもったいないでしょ。北海道の海鮮は美味いですよ」

「でも、これ結構するんじゃ⋯⋯」

「僕が誘ったんですから気にしないでください」


 そう言われても気になる。

 メニューを見ようとしたら、白峰さんに静かに閉じられた。


「今日は僕にご馳走させてください」

「⋯⋯じゃあ、お言葉に甘えます」

「ええ。そうしてください」


 そこまで言われたら仕方がない。


 まず刺身を一切れ食べる。


「⋯⋯うまっ」


 思わず声が出た。


 何だこれ。普段食べているのと同じ魚なのか?口に入れた瞬間、魚の脂が口の中で溶ける。濃厚な旨みが爆発していた。


「美味しいでしょう?」

「めっっっちゃくちゃ美味いです!」

「良かった」


 次に雲丹を食べる。


「⋯⋯⋯⋯」

「どうです?」

「白峰さん」

「はい」

「俺、雲丹ってそんなに好きじゃなかったんですよ」

「そうなんですか?」

「今まで食べてたの、雲丹じゃなかったかもしれません」


 白峰さんが声を上げて笑った。


 全然違う。臭みなんてほとんどなく、甘い。

 雲丹好きからは「美味い雲丹を食え」と言われ続けていて、何を言ってんだと思っていたが⋯⋯。これは本当に美味い。


 そのまま蟹を食べ、牡蠣を食べ、いくらを食べる。

 何を食べても美味い。


「北海道、凄いですね⋯⋯」

「気に入ってもらえました?」

「ちょっと移住考えてます」

「早いですね」

「だって毎日これ食えるんでしょう?」

「毎日こんなもの食べてたら僕でも破産しますよ」

「⋯⋯あはは、ですよね」


 そりゃそうだ。

 S級探索者でも毎日この食事は無理らしい。


 酒も入り、食事が進むにつれて、仕事以外の話も増えていった。


「白峰さんって、普段は学校で教えてるんですよね?」

「ええ。魔法系のスキルを持っている子達が中心です。僕自身が探索者として潜るより、教えている時間の方が長いくらいですね」

「教えるの好きなんですか?」

「好きですね。昔は自分が強くなることばかり考えていましたけど、今は若い子が昨日できなかったことを出来るようになる方が嬉しかったりします」

「へぇ⋯⋯」


 俺には子供もいないし、教師でもない。

 それでも少しだけ分かる気がした。


「俺も最近、新人が入ったんですよ。高橋っていう20歳の奴なんですけど」

「20歳ですか。若いですね」

「若いですよ。最初なんて何するにも危なっかしくて。でも、最近はちょっとずつ仕事覚えてきてるんですよね」

「嬉しいでしょう?」

「⋯⋯まあ、そうですね」


 言われて気づいた。

 確かに嬉しい。


 佐々木が一人前になっていった時もそうだったし、高橋が出来ることを増やしているのを見るのも悪くない。


「やっぱり似てますね、僕達」

「白峰さんはS級探索者を育てる人で、俺は清掃員育ててるんですけどね」

「職業は関係ないですよ。教える側としては同じです」


 白峰さんがグラスを少し持ち上げる。


「同い年同士、これからも若い人達に負けないよう頑張りましょう」

「ははっ。そうですね」


 俺もグラスを合わせた。

 この歳になって、こんな出会いがあるとは思わなかった。


 仕事関係の知り合いはいる。

 会社にも仲の良い人間はいる。

 ただ、こうして仕事の立場も関係なく話せる同年代の男と知り合う機会は、いつの間にかほとんどなくなっていた。


 しかも白峰さんとは、妙に話が合う。


「田中さん」

「はい?」

「明日の仕事が終わったら、また食事でもどうです?」

「いいですね。今度は俺が出しますよ」

「それなら安い店にしましょう。田中さんに今日と同じことをされたら申し訳ないので」

「最初から俺に同じことさせる気ないでしょう」

「バレました?」


 白峰さんが笑う。俺も笑った。


 東京では女性陣に囲まれ、朝から散々な目に遭った。

 北海道へ来て、ようやく穏やかな時間を過ごせている気がする。


「⋯⋯北海道いいなぁ」

「本当に移住します?」

「ちょっとだけ考えてます」

「歓迎しますよ。僕も同い年の友人が近くにいたら嬉しいですし」


 友人。

 その言葉が妙に嬉しかった。


「じゃあ移住したら、酒付き合ってくださいね」

「もちろん。今度はもっと美味しい店を紹介しますよ」

「まだ上があるんですか?」

「ありますよ」

「⋯⋯北海道、恐ろしいな」


 明日は札幌第一ダンジョンへ入る。

 全国で発生している異常事態を解決するために来たのだから、当然そちらが本番だ。


 それでも今日は、北海道まで来て良かったと思った。


 海の幸が美味かったから、というのも間違いなくある。


 でも、それだけじゃない。


 41歳になってから新しく友人ができるなんて、少し前の俺には想像もできなかった。


 白峰冬馬。

 日本に五人しかいないS級探索者で、世界で唯一のS級魔法使い。

 そんな肩書きより、今の俺にとっては同い年で話の合う男、という方がしっくりきていた。


 まあ、まだ知り合って間もないんだけど。


 でも多分。この人とは、これから長い付き合いになる気がする。

 そんな予感を覚えていた。

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