74話 清掃おじさん、美女に囲まれてゲームする
小宮川さんを部屋へ押し込んでから、しばらく。
俺はベッドに横になりながら、天井を見つめていた。
「⋯⋯⋯⋯」
眠れない。
さっきから何度目か分からない寝返りを打つ。
目を閉じると、バスローブ姿の小宮川さんが出てくる。
『美月がこういうことするの、嫌?』
「⋯⋯嫌じゃないから困ってるんですよ」
自分で言った言葉を思い出し、枕に顔を埋めた。
何言ってんだ、俺。
41歳のおっさんが28歳の女性相手に何言ってんだ。
いや、でもあれは仕方ないだろう。
バスローブ姿であんなことされたら、誰だって——。
「やめよう⋯⋯」
声に出して思考を止める。
考えても仕方ない。
小宮川さんは酔っていた。いつもの悪戯が少し大胆になっただけ。そういうことにして寝よう。
しかし、スマートフォンが震える。
「⋯⋯今度は何だよ」
小宮川さんからだったら見ない。
明日の朝まで絶対に見ない。
そう決めて画面を確認すると、水野さんからメッセージが届いていた。
《田中さん助けて!》
「⋯⋯⋯⋯」
何だ?今度は水野さんが部屋から締め出されたのか?
《どうしたんですか?》
返信すると、すぐに既読がついた。
《とにかく来て!部屋番号送る!》
続けて部屋番号が送られてくる。
俺はしばらく画面を見つめた。
行きたくない。
ものすごく行きたくない。
今日はもう女性関係のイベントを受け付けられる精神状態ではない。
ただ、「助けて」と言われて無視するのも気になる。
⋯⋯俺は、仕方なくベッドから起き上がった。
指定された部屋の前まで来て、インターホンを押す。
すぐにドアが開いた。
「田中さん!待ってた!」
「どうしたんですか?何かあった——」
部屋の中を見て、言葉が止まった。
水野さんだけではなく、空さんと海さんもいた。
三人ともホテルで過ごすためのラフな格好をしており、テーブルの上には菓子や飲み物が並んでいる。
水野さんはオーバーサイズのビッグTシャツに短パンのシンプルなスタイル。
空さんはグレーのパーカー(前が全部開くやつ)に下はスウェットだ。
海さんは特徴的で、上下黒ジャージに太黒縁メガネを付けている。メガネかけるんだな、この人。
そして、テレビにはゲーム画面が映っていて、床にはコントローラーが転がっている。
「⋯⋯帰っていいですか?」
「何で!?」
「助けてって言うから来たんですよ!普通に遊んでるだけじゃないですか!」
「助けてほしいの!」
「何を!?」
水野さんが俺の腕を掴んで部屋へ引っ張り込む。
「審判!」
「⋯⋯はい?」
「審判して!」
意味が分からない。
「田中さん」
空さんが腕を組みながらこちらを見る。
「ちょうどいいところに来たわ。公平に判断してもらうから」
「俺、呼ばれたから来たんですけど⋯⋯」
「どちらでもいいわ」
良くない。俺は完全に巻き込まれている。
そんな俺の肩に手を置き、海さんが呟く。
「ゲームの審判して。田中さん」
「それは見れば分かりますよ⋯⋯」
テレビに映っているのは、四人対戦ができる格闘アクションゲームだった。
キャラクター同士がステージ上で殴り合い、相手を画面外へ吹き飛ばすタイプのゲームだ。大乱闘ってやつである。
「さっきから私と空さんが対戦してるんだけど、空さんが負けるたびにルール変えるの!」
「変えてないわ。ステージのギミックで勝敗が左右されるのは実力勝負とは言えないから、設定を調整しただけよ」
「それをルール変えたって言うんじゃん!」
「そもそも最初に細かい条件を決めていなかったでしょう」
「負けてから言うのずるくない!?」
「負けてないわ。条件が公平ではなかったと言っているの」
何をしょうもないことを⋯⋯。
俺は肩に置かれた海さんの手を軽く払い、ジロリと見る。
「海さん、止めなかったんですか?」
「見てた」
「止めてくださいよ⋯⋯」
「面白かったから」
海さんは悪びれる様子もない。
「それで田中さんを呼んだの!どっちが本当に強いか、公平に決めてもらおうと思って!」
「ゲームで?」
「ゲームで!」
この人達、ダンジョンでも同じことしてなかったか?
どちらが先にモンスターを倒したとか、どちらが多く倒したとか。
今度はホテルでゲームか。⋯⋯競う内容が一気に平和になった。そっちの方が良いと思うけども。
「田中さん」
空さんが俺を見る。
「あなたなら変な贔屓はしないでしょう。審判を任せるわ」
「別にいいですけど⋯⋯俺、このゲームやったことないですよ?」
「ルールは単純だから大丈夫!」
水野さんがコントローラーを持つ。
空さんもソファへ座った。
「三本先取ね!」
「ええ。それで構わないわ」
「今度こそ負けても言い訳なしだから!」
「それはこちらの台詞よ」
俺は仕方なく二人の間から少し離れた位置に座る。
海さんはベッドの端へ腰掛け、お菓子を食べ始めた。
「⋯⋯海さんは参加しないんですか?」
「後でやる」
「やるんだ」
「うん。勝った方と」
この人も結局やるのか。しかも勝手にシードで。
「よし!いくよ!」
水野さんがゲームを開始する。
水野さんはスレンダーな女剣士キャラ。空さんは少年剣士のキャラクターだ。
正直、最初は大したことないと思っていた。
普段ダンジョンで命懸けの戦いをしている人達が、コントローラーを握って遊んでいるだけ。
そう思っていたのだが⋯⋯。
「空さん!今の絶対狙ってたでしょ!」
「対戦ゲームなんだから狙うに決まっているでしょう」
「復帰した瞬間に爆弾投げるの性格悪っ!」
「あなたこそ同じ技ばかり使っているじゃない」
「強い技使って何が悪いの!」
「だったら私の爆弾にも文句を言わないことね」
うるさい。とにかくうるさい。
水野さんは身体ごと動くタイプらしく、攻撃を避けるたびにコントローラーまで左右へ動かしている。
一方の空さんは姿勢こそ崩さないものの、口数がどんどん増えていく。
ダンジョンで戦っている時より熱くなってないか、この人たち。
「あっ!」
空さんのキャラクターが画面外へ飛ばされた。
「よっしゃあ!」
「⋯⋯まだ一戦目よ」
「まず一勝!」
水野さんが俺の方を見る。
「田中さん見た!?」
「見てましたよ」
「今の完璧だったよね!」
「俺に同意を求めないでください」
「田中さん」
今度は空さんが俺を見る。
「最後、ステージ端で水野夏希の攻撃を避けたのに当たったわ。判定がおかしくない?」
「俺、ゲーム会社の人じゃないんですよ」
審判って何なんだ。
俺に何を判定させたいんだ。ゲームそのものに文句を言われても、俺にはどうしようもない。
二戦目は空さんが勝った。
三戦目は水野さんが勝った。
そして四戦目⋯⋯空さんが勝った。
「二対二!」
「次で終わりね」
「絶対勝つ!」
まさに一進一退。二人とも完全に本気である。
横を見ると、海さんがポテトチップスを食べながらゲーム画面を眺めていた。
「海さん」
「ん?」
「空さん、普段からゲームするとあんな感じなんですか?」
「負けそうになると騒ぐ」
「へぇ⋯⋯」
「姉さん、負けず嫌いだから」
「海!聞こえてるわよ!」
空さんがゲーム画面から目を離さずに怒る。
そして最終戦。二人とも残機は一つのみ。
「空さん隙あり!」
「あっ!」
水野さんの攻撃が直撃する。
空さんのキャラクターが大きく吹き飛び、そのまま画面外へ消えた。
勝者は、水野さんだ。
「っしゃあああ!」
水野さんが両手を上げる。
「勝った!田中さん、私勝った!」
「おめでとうございます」
「見た!?最後の!」
「見てましたよ。素晴らしいフィニッシュでした」
「だよね!やったー!」
何故か水野さんは俺とハイタッチする。
その直後。
「⋯⋯海」
「うん」
空さんがコントローラーを海さんへ渡した。
「倒して」
「姉さんの仇?」
「違うわ。ただ、海もやると言っていたでしょう」
「絶対仇取って欲しいんじゃん!」
水野さんが笑っている。
海さんは何も言わず、コントローラーを受け取った。
「夏希ちゃん」
「何?」
「やろう」
「いいよ!海さんにも勝つ!」
◆
「⋯⋯強っ!」
水野さんの声が部屋に響いた。
海さん、滅茶苦茶強かった。
さっきまでお菓子を食べながら眺めていただけなのに、いざ始まると水野さんの攻撃をほとんど受けない。
「何で!?海さんいつもゲームやってるの!?」
「姉さんとたまに」
「たまにの動きじゃないって!」
「海は私よりゲームが上手いわ」
「先に言ってよ!」
結局、海さんが三連勝——完全勝利した。
「⋯⋯嘘でしょ」
水野さんがコントローラーを握ったまま固まっている。
「夏希ちゃん、弱くないよ」
「慰めないで!」
「ほんとほんと」
「それもっと悔しい!くそー!」
水野さんがベッドへ倒れ込む。
空さんは先ほどの敗北などなかったかのように満足そうだ。
「これで分かったでしょう」
「空さんは負けてるからね!?」
「海が勝ったわ」
「空さん、は!負けてるから!」
「天城姉妹としては勝ちよ」
「急にチーム戦にしないで!」
しょうもない。本当にしょうもない。
S級モンスターだの、異常ダンジョンだので命懸けだった人達とは思えない。
ただ、こういう姿を見ると少し安心する。
S級探索者だろうが、人気探索者だろうが、同じ人間であることに変わりはないらしい。
「田中さん」
海さんがコントローラーを俺へ差し出した。
「やる?」
「俺ですか?」
「うん」
「いや、俺は別に⋯⋯」
「でも田中さん。審判、何もしてない」
「俺もそう思ってましたよ!」
何のために呼ばれたんだ。
「田中さんもやろうよ!」
復活した水野さんが起き上がる。
「四人でできるから、全員でやろ!」
「俺、操作分からないんですけど⋯⋯」
「教える!」
「私も教える」
海さんまで乗ってきた。
「待ちなさい」
空さんが口を挟む。
「田中さんに教えるなら、三人とも余計な助言は禁止よ。誰か一人が教えた方がいいわ」
「じゃあ私が教える!」
「何故あなたなのよ」
「私が呼んだんだから!」
「ゲームが一番上手いのは海でしょう」
「私が教える」
「ほら。海、田中さんに教えてあげなさい」
「何で空さんが得意そうなの!?」
まだ俺はやると言っていない。なのに、俺を挟んで喧嘩しないでほしい。
「もう説明書見ますから⋯⋯」
「田中さん、こっち座って!私が教えるから!」
水野さんが自分の隣を叩く。
「田中さん、ここ」
海さんも反対側を指差す。
「田中さん」
空さんまでこちらを見る。
「何です?」
「間違いないわ。海にしなさい」
「三人とも一回落ち着いてもらえます?」
ゲームを教えてもらうだけなのに、妙な圧を感じる。
結局、水野さんと海さんの間に座らされ、後ろから空さんにもやいのやいの言われる、という訳の分からない形になった。
「田中さん、そこジャンプ!」
「え、これ!?」
「違う、それ攻撃!」
「海さん、もうちょっと早く言ってください!」
「田中さん、今のところで回避よ。何故わざわざ受けるの」
「空さん、初めてなんだから無茶言わないでください!」
「田中さん!こっち来て!二人で空さんも海さんも倒すよ!」
「何で俺まで参加させるんですか!」
画面の中では四人のキャラクターが入り乱れている。
隣では水野さんが騒ぎ、海さんが淡々と俺に指示を出し、背後では空さんが俺の操作へ文句を言ってくる。
若い女性三人に囲まれてゲーム。
文字だけなら、随分楽しそうな状況だ。羨ましい感じもするだろう。
実際は何故か修羅場に巻き込まれているような気分だった。
「田中さん!今、海さん助けたでしょ!」
「偶然ですよ!」
「田中さん、夏希ちゃん攻撃した」
「それも偶然です!」
「私だけ二回攻撃されたんだけど?」
「それは狙いました」
「何でよ!」
だって空さんが一番文句言うんだもん。
俺の攻撃が偶然空さんへ直撃し、水野さんが笑い、海さんも少しだけ口元を緩める。
空さんだけが納得いかない顔をしている。
何だかんだ、楽しい。
仕事で全国を回っている最中だということを、少しだけ忘れられる。
ただ⋯⋯水野さんが身体を寄せて画面を指差した時、ふとさっきのことを思い出した。
『からかってるだけだと思ってるんだ』
「⋯⋯⋯⋯」
「田中さん?」
「はい!?」
「何で急に固まったの?」
「何でもないです!」
「隙あり!」
「あっ!」
空さんの攻撃で、俺のキャラクターが画面外へ吹き飛ばされた。
「ちょっと!初心者狙うのやめてくださいよ!」
「戦場で余計なことを考えている方が悪いのよ」
「ここは戦場じゃなくてゲームでしょ!」
水野さんが笑い、海さんも続けて空さんを攻撃する。
また部屋が騒がしくなる。
少し前まで眠れないと悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
結局その後も、俺達は何度も対戦した。
水野さんと空さんは最後まで勝敗を気にしていたし、海さんは淡々と勝ち続けた。
俺はほとんど負けた。まあ、当然だ。
ただ、こんな夜が一日くらいあってもいいのかもしれない。とは、少しだけ思った。
「もう一回!」
「まだやるんですか!?」
「次は田中さんと私がチームね!」
「何故勝手に決めるの」
「じゃあ姉さんと私で田中さんと夏希ちゃんをぶっ飛ばす」
「海さんまで!?」
どうやら、まだ終わらないらしい。
⋯⋯明日、ちゃんと起きられるんだろうな。
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