70話 清掃おじさん、静岡と愛知を清掃する
俺達は新幹線に乗り、次の目的地である静岡へ向かっていた。
今回のメンバーは俺、神崎さん、VIVIDの四人、そして天城姉妹の8人だ。
全国のダンジョンで発生している異常を解決するための人員として考えれば、これ以上ないくらい豪華な顔ぶれだろう。
S級が三人。A級が四人(うち一人はほぼS級)。
⋯⋯そして清掃員が一人。
相変わらず俺だけ肩書きがおかしい。どう考えても不足している。
「田中さん、コーヒー飲む?」
「ありがとうございます」
隣に座っていた海さんからペットボトルのコーヒーを受け取る。
新幹線の座席は二人掛けだったので、何となく流れで海さんと隣同士になった。
それ自体は別に問題ない。
問題があるとすれば、通路を挟んだ反対側から水野さんが時々こちらを見てくることくらいだ。
「水野さん、どうしました?」
「別に?」
「じゃあ何でさっきからこっち見るんですか」
「見てないし」
絶対見てる。
天城姉妹の家で撮った写真の件が発覚してから、水野さん達は妙に二人と俺の距離を気にするようになってしまった。
だから何もないんだって。
俺はただ飯に誘われただけなんです。
「夏希、田中さんのこと気にしすぎじゃない?」
隣の黒川さんに指摘され、水野さんが慌てて否定する。
「違うって!海さんが田中さんに近いなって思っただけ!」
「それを気にしてるって言うんじゃないの?」
「玲奈さん!」
俺は聞かなかったことにしてコーヒーを飲む。
これ以上関わるとろくなことにならない。
ちなみに空さんは海さんの前の席に座っているが、こちらを一度も振り返らない。
昨日、写真の件が発覚した時は顔を真っ赤にしていたものの、一晩経って完全に立て直したらしい。
さすがS級だ。精神力が違う。水野さんはまずこの精神力を————。
「田中さん」
「はい?」
「昨日のことは忘れなさい」
振り返らないまま空さんが言った。
「⋯⋯はい」
全然立て直してなかった。
◆
静岡に到着した後、俺達はそのまま現地の探協職員と合流した。
対象となっているダンジョンは既に一般探索者の立ち入りが禁止されており、内部に残っていた探索者の退避も完了している。
異常が確認されている階層まで向かい、俺が原因となっている魔素を『清掃』する。
これまで何度も繰り返してきた流れだ。
ただ、今回は一つだけ大きく違うことがある。
「水野夏希。邪魔だけはしないでよ」
「そっちこそ!」
この二人が一緒なのだ。
嫌な予感しかしない⋯⋯。
静岡のダンジョン内部は、自然洞窟に近い構造になっていた。
岩肌が剥き出しになった通路を進みながら、俺は後ろから皆の戦闘を眺める。
いや、正確には戦闘と呼んでいいのか分からない。
「夏希ちゃん、右から三体来ます!」
橘さんの声に、水野さんがすぐさま反応する。
通路の奥から現れたのは、全身を硬い甲殻で覆われた大型の人型モンスターだった。
先頭の一体へ水野さんが一気に距離を詰める。
振り下ろされた太い腕を『透過』で受け流し、そのまま懐へ潜り込むと、不可視の剣が首を斬り落とした。——それとほとんど同時に、残る二体のうち一体が爆発する。
「えっ!?」
水野さんが振り返る。
少し離れたところで、空さんが悠然と立っていた。
「遅い」
「今の私がやろうとしてたのに!」
「先に倒した方の獲物でしょう」
「じゃあ残りは私!」
水野さんが最後の一体へ向かおうとした瞬間、そのモンスターの姿が消えた。
代わりに現れたのは海さんだった。
「終わったよ」
海さんの後方で爆発音が響く。
どうやら空さんが触れた物を爆弾に変え、海さんの『交換』でモンスターの近くへ送り込んだらしい。
「海さんまで!」
「姉さんがやれって言ったから」
「海、余計なこと言わなくていいわ」
恐ろしい姉妹だ。
そして、そんな二人を相手にしても水野さんは全く引かない。
「次は絶対私が先に倒すから!」
「好きにしなさい」
俺は少し離れたところで、倒されたモンスターの死骸を『清掃』する。
仕事が早いのはありがたい。
ありがたいんだけど⋯⋯。
「競争するなら俺の見えないところでやってほしいなぁ⋯⋯」
「諦めた方がいいですよ、田中さん」
隣にいた神崎さんが苦笑する。
「止めなくていいんですかね?」
「周囲への注意は切らしていませんし、連携にも問題はありません。むしろ水野さんは、天城姉さんを意識して普段より動きが良くなっているように見えます」
「そんな効果あるんですか⋯⋯」
俺には喧嘩しているようにしか見えない。
ただ、神崎さんの言う通りだった。
水野さんと空さんは競い合っているものの、戦闘そのものは驚くほど安定している。
水野さんが敵へ突っ込めば、空さんはその進路を邪魔しない位置を爆破する。空さんが大きな敵を狙っている時には、水野さんが周囲の小型モンスターを片付ける。
口では張り合っているくせに、互いの動きをちゃんと見ているのだ。
黒川さん、小宮川さん、橘さんも、必要なところへ自然に入り、神崎さんは『領域』で全体を把握しながら、誰かの死角から接近するモンスターだけを確実に仕留めている。
俺?俺は死体を片付けてます。
大事な仕事です。
そんな調子で進んだ結果、俺達は大きな問題もなく異常地点へ到着した。
亀裂の周辺には黒い魔素が滞留していたが、これまで見てきた福岡や大阪ほど酷くはない。
俺以外の全員に距離を取ってもらい、亀裂の前へ立つ。
「じゃあ、やります」
いつものように手を伸ばし、『清掃』を使う。
亀裂から溢れていた魔素が消えていく。
奥から押し返してくるような抵抗はあったものの、これまでの現場と比べれば軽い。
少し時間をかけて全てを消し去ると、亀裂から新たな魔素が漏れ出すこともなくなった。
「終わりました」
「お疲れ様です、田中さん」
橘さんからタオルを受け取り、額の汗を拭く。
これで静岡も解決。次は愛知だ。
「ちなみに!」
後ろから水野さんの声が聞こえた。
「私、14体!」
「私は15体よ」
「嘘!?」
空さんが勝ち誇ったように腕を組んでいる。
「最後のやつ2体同時だったから、あれは1でしょう!」
「数えるなら2体に決まっているでしょう」
「海さん使ったやつは!?あれ空さん一人じゃないじゃん!」
「私の『爆破』で倒したのだから私でしょう」
「ずるっ!」
「何がずるいのよ。水野夏希だって、橘由香里の共有スキル使ってるじゃない」
まだやってたのか⋯⋯。
「強者同士、平和にやりましょうよ⋯⋯」
俺の言葉は二人には届かなかった。
静岡を出発した俺達は、その日のうちに愛知へ移動した。
そして翌朝。
愛知のダンジョンでも、ほとんど同じことが起きた。
「田中さん見た!?今の私の方が速かったよね!?」
「俺に判定させないでください!」
水野さんが大型モンスターを倒した直後、わざわざ俺のところまで確認に来る。
少し遅れて空さんも戻ってきた。
「私の方が先だったでしょう」
「いや絶対私!」
「田中さん、見ていたわよね?」
「何で俺を審判にするんですか!?」
勘弁してほしい。俺がどちらかを選んだ瞬間、もう片方から恨まれる未来しか見えない。
俺は敢えて沈黙を選んだ。
「じゃあ次で決着ね!」
「望むところよ」
水野さんと空さんが次のモンスターを探し始める。
何なんだろう。
昨日までは会うだけでバチバチしていたのに、今日はもう別の意味で仲良くなっているように見える。
もちろん本人達に言ったら、二人とも全力で否定するだろうけど⋯⋯。
その後も二人の競争は続いた。
水野さんが『透過』で攻撃を無視しながら敵陣へ飛び込めば、空さんは触れた瓦礫を次々と爆弾へ変えて敵を吹き飛ばす。
水野さんが大型モンスターを一体倒せば、空さんは複数をまとめて倒そうとする。空さんが派手な爆発を起こせば、水野さんは自分の方が速かったと張り合う。
その横では海さんが姉を手伝い、黒川さん達も普段通りモンスターを処理していく。
神崎さんに至っては二人の競争に参加する気が一切ないらしく、必要な敵だけを淡々と斬っていた。
結果として、攻略速度は異常に速かった。
現地の探索者達が途中から完全に見学者になっていたくらいだ。
そして俺も、戦闘に関しては見学者である。
ただし、皆が通り過ぎた後にはモンスターの死骸が大量に残る。
「ちょっと待ってください!清掃が追いついてないです!」
「田中さん遅いよー!」
「俺は一人なんですよ!」
先を行く水野さんへ声を張る。
いくら『清掃』が広範囲に使えるようになったとはいえ、倒した端から次へ行かれては困る。
ここはダンジョン清掃の現場ではないので、当然ながら山下達もいない。
「夏希、少し待ちなさい。田中さんを置いていったら意味がないでしょう」
黒川さんが止めてくれた。
ありがたい。
やっぱり黒川さんは大人だ。
「そうね。水野夏希、少し休憩にしましょう」
「空さんに言われたくないんだけど!?」
「それとこれは別よ」
「同じだから!」
⋯⋯この二人、本当に似てるんじゃないか?
本人達には絶対言わないけど。
休憩を挟みながら先へ進み、愛知の異常地点にも無事到着した。
こちらも静岡と同じように亀裂から魔素が溢れていたが、俺が『清掃』を使うと徐々に勢いを失っていった。
最後に亀裂周辺へ残っていた魔素まで消し終え、現地の計測機器でも数値が正常に戻ったことを確認する。
愛知も解決。
これで、最初に異常が確認されていた七ヶ所のうち、東京、大阪、広島、沖縄、静岡、愛知の六ヶ所が片付いた。
残るは北海道。
ようやく終わりが見えてきた。
「田中さん!」
振り返ると、水野さんが満面の笑みで走ってきた。
「聞いて!最後に出てきたあの強いやつ、私の方が速く倒した!」
「私の方が先よ!」
後ろから空さんまでやって来る。
「絶対私だった!私が斬った時、空さんまだ爆弾投げてたじゃん!」
「爆発したのはあなたが斬り終わる前よ。私の勝ちでしょう!」
「じゃあ神崎さんに聞こう!」
「神崎さんなら公平に判断するでしょうね」
二人が同時に神崎さんを見る。
神崎さんは少し考えた後、俺を見た。
⋯⋯⋯⋯何でこっちを見るんですか。
「田中さんは、どちらが先に見えました?」
「俺に押し付けないでくださいよ!」
S級探索者三人に囲まれながら、俺は頭を抱えた。
とはいえ⋯⋯昨日まで顔を合わせるだけで険悪な空気になっていた二人が、今日はどちらが多く倒しただの、どちらが速かっただので競い合っている。
水野さんは楽しそうだし、空さんも文句を言いながら付き合っている。
案外、この二人はこういう関係の方が上手くいくのかもしれない。
そう思っていると、海さんが俺の隣へ来た。
「田中さん」
「はい?」
「姉さん、楽しそう」
やっぱりそう見えるのか。
「本人に言わない方がいいですよ」
「うん。怒るから」
「ですよね」
俺達は二人で顔を見合わせる。
少し離れたところでは、水野さんと空さんがまだどちらが先だったか言い争っていた。
残る異常地点は北海道。
次はいよいよ、最後の一ヶ所だ。
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