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69話 清掃おじさん、修羅場に巻き込まれる

 沖縄で予定外の一泊をすることになった翌日。


 東京の天候も無事に回復し、俺達は予定より一日遅れて羽田空港へ到着した。


「ただいま東京ー!」


 到着ロビーへ出るなり、水野さんが両腕を伸ばす。


「根っからの福岡人が何言ってんですか」

「いいじゃん!なんか帰ってきた感あるし!」

「昨日まで沖縄だったからじゃないですか?」

「それだ!」


 随分と適当である。


 俺としては東京に戻ってきたというより、沖縄旅行が終わってしまったような感覚の方が強い。


 ⋯⋯もちろん旅行ではない。

 ちゃんと仕事もした。むしろ、仕事をしに沖縄へ行ったのだ。

 ただ、沖縄料理を食べて、海で遊んで、水着姿の女性四人に囲まれた挙げ句、天城姉妹との写真まで発見されたせいで、仕事の記憶が少し薄れているだけだ。


「田中さん、何か思い出してない?」


 隣を歩いていた小宮川さんが、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。


「何も思い出してませんよ」

「ほんとにー?昨日の写真とか?」

「忘れてください!」


 切実に忘れてほしい。


 あの後もホテルへ戻るまで散々質問されたのだ。


 何度説明しても、天城姉妹の家で食事をして酒を飲んだだけという事実は変わらない。それなのに、何故か俺が言い訳すればするほど水野さん達の疑いが深まっていった。


 何もしていない人間ほど潔白を証明するのが難しいとは、よく言ったものである。


「皆さん、移動しますよ」


 少し前を歩いていた神崎さんに声をかけられ、俺達も後を追った。


 今日の予定は、まず東京の探協本部へ向かうことになっている。


 俺達が沖縄にいる間も、各地では探索者によるモンスターの間引きと異常地点の調査が続けられていた。静岡と愛知へ向かっていた天城姉妹も既に東京へ戻っており、フォローへ入った獅子堂さんはそのまま現地に残っているらしい。


 東京で情報を整理した後、俺達は次の地域へ向かう。

 ————全国行脚はまだ終わらない。

 

 羽田から移動し、探協本部へ到着したのは昼前だった。


 会議室へ案内されると、既に二人の女性が待っていた。


「田中さん」


 先にこちらへ気づいた海さんが、小さく手を上げる。


「お久しぶりです、海さん。と言っても数日ですけど」

「うん。大阪、広島、沖縄はどうだった?」

「無事に終わりましたよ。仕事も、それ以外も色々ありましたけど」

「それ以外?」


 海さんが首を傾げる。

 俺の後ろで空気が変わった気がした。


 まずい。完全に口を滑らせてしまった。


「沖縄料理が美味しかったって話です!」

「⋯⋯そう」


 危ない。余計なことを言うところだった。


「何で田中さん焦ってるの?」


 水野さんが後ろから聞いてくる。


「焦ってません!」

「ふーん」


 やめてください。

 昨日の続きを東京まで持ってこないでください。


 そんな俺達を見ていた空さんが、僅かに眉を寄せた。


「相変わらず騒がしいわね」

「⋯⋯あ」


 水野さんの声から、さっきまでの軽さが消えた。


 そういえばこの二人、何やら因縁があるようだったような。


「久しぶり、水野夏希」

「久しぶり。空さん」


 挨拶だけなら普通だ。

 ——ただし、笑顔はない。


 空さんの隣にいる海さんは気にした様子もなく俺達を眺め、黒川さん達も何となく状況を察している。


「お久しぶりです」

「あら、神崎さん」


 空さんは神崎さんへ一度視線を向け、そのまま小さく頷いた。


「S級に上がったそうね。おめでとう」

「ありがとうございます」

「前に会った時より魔素も向上してる。元々、技術だけなら十分だったもの。妥当でしょうね」

「貴女にそう言ってもらえるなら光栄ですよ」


 神崎さんはいつも通り穏やかに返した。

 神崎さんに関しては、本当に何も言うことがないらしい。


 そして空さんの視線が、再び水野さんへ戻る。


「あなたも随分変わったわね」

「分かる?」

「分かるわよ。前とは比べものにならない」


 意外だった。

 もっと嫌味でも言うのかと思ったが、空さんは真面目な顔で水野さんを見ている。


「身体能力だけなら、もうS級の領域でしょうね。『透過』も以前より出力が上がっている。少なくとも、前に会った時のあなたとは別人だわ」

「へへっ。でしょ?」


 水野さんが得意そうに笑う。


 褒められてるじゃないか。

 もしかして俺が聞いていたほど仲は悪くないのでは?


 そう思ったのも束の間。


「だから、余計にがっかりだわ」


 水野さんの笑顔が消える。


「⋯⋯何で?」

「本当に才能の無駄遣い。モデルだの配信だの、軟派なことに勤しんで⋯⋯。その結果、未だにA級なのでしょう?

 あなたが探索者業に集中していれば、今頃どうなっていたと思っていたか⋯⋯」


 空さんは嫌味を言っているようには見えなかった。


 本気でそう思っている顔だ。


「以前から何度も言っているけれど、あなたには才能がある。私や海よりも遥かにね。

 それなのに自分から余計なことへ時間を使っているのを見ていると腹が立つのよ。もっと探索者業に集中しなさい」


 それを聞いた水野さんがむっとする。


 なるほど。これは仲が悪くなるわ⋯⋯。


「それ、前から何回も言ってるけどさ。モデルも配信も、私が好きでやってることだから。探索者だけやって他を全部やめろって言われても、そんなの絶対嫌だからね」

「それを甘いと言っているの。何かを極めたいのなら、余計なものを捨てる覚悟くらい持ちなさい」

「何で空さんに私の人生決められなきゃいけないの!私は探索者もやるし、モデルも配信もやる!全部やりたいから全部やってんの!」


 水野さんも譲らない。

 俺は少し離れたところから二人を眺めていた。


 これは止めた方がいいんだろうか⋯⋯。


 隣の神崎さんを見る。

 神崎さんは僅かに首を横へ振った。


 ⋯⋯ですよね。俺もそう思います。


 俺は神崎さんのジェスチャーに倣い、引き続き二人を静観する。


「全部やって中途半端になるくらいなら、どれか一つに絞りなさいと言っているのよ」

「中途半端じゃないし!私、ちゃんと強くなってるじゃん!」

「ええ。だから腹が立つの」

「はぁ!?」

「それだけ余計なことをしながら、そこまで強くなれる才能があるということでしょう。尚更、探索者に集中していればと思うわ」


 ああ⋯⋯。これ、空さんなりに水野さんを滅茶苦茶評価しているんだ。

 言い方が壊滅的なだけで。


「夏希、落ち着きなさい」


 黒川さんが水野さんの肩へ手を置く。


「玲奈さん、だってこの人いっつもこうなの!会うたびにモデルやめろ、配信やめろって!」

「分かってるわ」


 そう言うと、黒川さんは空さんを見て口を開く。


「空さんが夏希を高く評価しているのは分かるけど、夏希が何をするかは夏希自身が決めることよ。私達も、夏希が探索者以外の活動をしているせいで困ったことは無いし」


 黒川さんは淡々とそう返した。

 空さんが今度は黒川さんを見る。


「あなたもA級になったそうね。黒川玲奈」

「ええ。美月と由香里もね」

「知っているわ。ベヒーモスの一件で随分伸びたようね」


 その視線が小宮川さん、橘さんへ順番に向く。

 水野さんへの態度ほど刺々しくはないが、空さんは相変わらず人を見る目が厳しい。


「VIVIDは前よりずっと強くなった。それは認めるわ」

「あら、意外。空さんに褒めてもらえるとは思わなかったわ」


 黒川さんが少し笑う。


「事実を言っただけよ。ただ、探索者としての実力より知名度が先行しているのは相変わらず好きじゃないけれど」

「玲奈さん、美月この人ちょっと嫌いかも」

「美月、聞こえてるわよ」

「聞こえるように言ったもん」


 小宮川さんが笑顔で返す。

 空さんの眉が僅かに動いた。


 まずい。今度はこっちで始まるのか?


「美月さん、喧嘩を売らないでください⋯⋯」


 橘さんが困ったように小宮川さんの腕を引く。


「だって!⋯⋯ゆかりんは何とも思わないの?」

「思うところはありますけど、初対面で喧嘩する必要はないでしょう」

「——でもさ」


 水野さんが再び空さんへ向き直った。


「空さんが何言っても、私は変えないからね。私は私のやりたいことをしながら、自由に強くなるの!」

「そう」

「すぐS級になって、空さん達の最年少S級記録も越してやる!」


 水野さんが真っ直ぐ空さんを見る。


 空さんも目を逸らさなかった。


「ふん。やれるものならやってみなさい」

「絶対やるから!」

「口だけで終わらないことを祈っているわ」

「絶対その顔変えさせる!」

「楽しみにしているわ」


 バチバチしている。

 ものすごくバチバチしている。


 ただ、不思議と険悪という感じはしなかった。


 水野さんは本気で腹を立てているし、空さんも言い方がキツい。

 それでも空さんが水野さんを弱いと思っているわけではないことくらい、俺にも分かる。


 むしろ逆だ。

 期待しているからこそ、腹が立つのだろう。


 ⋯⋯まあ、本人に伝わっているかは知らないけど。


「夏希ちゃん」


 それまで黙っていた海さんが口を開いた。


「何?」

「頑張って」

「⋯⋯海さんは普通に応援してくれるんだ」

「うん。夏希ちゃんならできると思う」

「海!」


 空さんが振り向く。


「姉さんもそう思ってるでしょ?」

「私はそんなこと言ってないわ」

「思ってる」

「海⋯⋯!」

「昔から夏希ちゃんのこと褒めてる」

「海!」


 空さんの声が大きくなった。

 水野さんの表情が変わる。


「⋯⋯へぇー」

「⋯⋯何よ」

「私のいないところでは褒めてるんだ?」

「褒めてないわ。客観的に能力を評価しているだけよ」

「それ褒めてるじゃん!」

「違うわ!」


 さっきまでとは別の意味で空さんの機嫌が悪くなってきた。


 海さんは相変わらず無表情だ。

 この人、姉に対してだけ妙に容赦がないな。


「そういえば」


 海さんが俺を見る。


「田中さん」

「はい?」

「写真、誰にも見せてない?」


 時間が止まった。


 何故。何故今その話をする。


「⋯⋯写真?」


 水野さんの声が聞こえた。


 俺は海さんを見た。

 海さんも俺を見る。

 その後ろで空さんの表情が固まっている。


 ⋯⋯⋯⋯嫌な汗が出てきた。


「田中さん」


 黒川さんが静かに口を開く。


「昨日の件、せっかくですしご本人達にも確認してみましょうか」

「確認しなくていいです!」

「昨日?」


 空さんの眉がぴくりと動いた。


 ——あ、終わった。

 清掃おじさんの物語はここで終了です。これまで応援、ありがとうございました。


 俺が現実逃避するのを許さないとばかりに、空さんが凄い勢いで俺の肩を掴んでくる。


「田中さん、まさか見せたの!?」

「違います!見せたんじゃなくて見つかったんです!」

「同じでしょう!」

「全然違いますよ!」

「だ、誰に!?」

「⋯⋯VIVIDの全員です」

「全員!?」


 空さんの顔が一気に赤くなった。


 あの写真を撮った時より赤い。


「だから不可抗力だったんですって!水野さんが俺のスマホを触った時に、たまたま表示されただけで——」

「田中さん」


 水野さんが俺の説明を遮る。


「そこじゃないから」

「え?」

「私達が聞きたいのは、写真のことじゃなくて、その前」


 何の話だ。


「二人の家で、ご飯食べて、お酒飲んだんだよね?」

「ちょっと待ちなさい!」


 空さんが水野さんを睨む。


「それがあなたに何の関係があるのよ」

「別にー?田中さんが東京で何してたのかなって思っただけ」

「あなたには関係ないでしょ!」

「空さんにも関係なくない?田中さんが誰に話すかなんて自由じゃん」

「私達の家での話でしょう!」

「やっぱり気にしてるじゃん!」

「水野夏希!」

「何!」


 始まった⋯⋯。また始まってしまった。

 しかも今度は俺が原因だ。申し訳なさすぎる。


「夏希、落ち着きなさい。ここ探協本部よ」


 黒川さんが止めに入る。


「玲奈さんだって昨日気にしてたじゃん!」

「私は田中さんが何も言わなかったことが少し気になっただけよ」

「黒川さん!?」

「美月も気になったー!天城姉妹の家に一人で呼ばれて、あんな距離で写真撮ってたら気になるでしょ」

「小宮川さんまで余計なこと言わないでください!」

「田中さん」


 橘さんが俺を見る。

 おお、女神タチバナよ。助けてくれるのか⋯⋯!


「私も気になりました」

「橘さん!?」


 駄目だった。味方がいない。

 俺は膝から崩れ落ちた。


「⋯⋯姉さん」


 海さんが空さんを見る。


「何よ」

「人気だね、田中さん」

「知らないわよ!」


 空さんが怒鳴った。

 ⋯⋯何で俺が怒られてるんだ。


 さっきまで水野さんと空さんが探索者としてバチバチしていたはずなのに、いつの間にか全く別の戦いになっている。


 俺は神崎さんを見る。

 この状況をどうにかできる唯一の男性。


 神崎さんは少し離れた席に座り、配られていた資料を読んでいた。


「⋯⋯神崎さん」

「何です?」

「助けてもらえません?」


 神崎さんは一度だけ女性陣へ視線を向けた。


 空さんと水野さんが言い合い、小宮川さんが面白がり、黒川さんと橘さんまで話に加わっている。


 海さんだけはいつも通りだった。

 

 神崎さんは静かに資料へ視線を戻した。


「無理ですね」

「神崎さん!」


 S級になっても、こういう時は何の役にも立たない。


 いや、たぶん俺が悪い。

 天城姉妹との写真を見つかった時点で、東京へ戻る前に覚悟しておくべきだったのだ。


 全国のダンジョンで起きている異常。

 各地に現れる強力なモンスター。

 S級探索者達との戦い。

 最近は危険な目に遭うことにも少し慣れてきたと思っていた。


 でも、今だけは⋯⋯。

 モンスターを相手にしている方が、まだ気が楽かもしれない。

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― 新着の感想 ―
 いやぁ、田中さんモテモテっすねぇ(含笑)  まぁ大抵の場合、神崎氏以外の誰が居ても、当事者たち以外がその場を収めるのは無理でしょうねぇ(^^;a  あえて誰かを突っ込ませるなら、獅子堂氏でしょうか…
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