67話 清掃おじさん、沖縄にもう一泊する
沖縄での仕事を終えた俺達はその日の夜、那覇市内の居酒屋にいた。
「かんぱーい!」
水野さんの声に合わせて、六人でグラスを合わせる。明日は東京へ移動するだけなので、多少飲んでも問題ない。
あと、やっぱり仕事後のビールは格別なのだ。
「んー!美味しい!これ好き!ずっと食べられる!」
水野さんが海ぶどうを口に入れ、嬉しそうに頬を緩める。
「夏希、それ三皿目よ」
「玲奈さんも食べて食べて!」
「食べてるわよ。そんなに勧めなくても逃げないから」
「田中さんもこれ食べてみて!島らっきょう!」
水野さんがずいっと差し出してきた皿から一本取って口に運ぶ。シャキシャキとした食感に独特の辛味があって、酒のつまみにはちょうどいい。
「美味しいですね」
「でしょ!」
何故か水野さんが自慢げだった。
テーブルには他にも、ゴーヤーチャンプルー、ラフテー、もずくの天ぷら、ジーマーミ豆腐と沖縄らしい料理が並んでいる。
今は仕事で全国を回っているはずなのに、こうしてその土地の料理まで楽しんでいると、旅行と大して変わらない気がしてきた。
「田中さん、これ食べる?」
小宮川さんが自分の皿からラフテーを箸で摘まみ、そのまま俺の口元へ持ってくる。
「いや、自分で取りますよ」
「えー。美月が食べさせてあげようと思ったのにぃ」
「自分で食べられます!」
「照れなくてもいいじゃん。はい、あーん」
「しませんって!」
小宮川さんが楽しそうに笑い、黒川さんが呆れた顔を向ける。
「美月、朝からずっと田中さんで遊んでるでしょ。いい加減にしなさい」
「だって反応してくれるから面白いんだもん」
「俺を玩具にしないでくださいよ⋯⋯」
結局、小宮川さんは自分でラフテーを食べた。
俺の正面では、橘さんがメニューを眺めている。
「田中さん、ソーキそばも頼みます?私も少しだけ食べたいので、よかったら一つ頼んで分けませんか?」
「いいですね。俺も食べたいんですけど、さすがに一人前は厳しそうだったんですよ」
「じゃあ決まりですね」
橘さんが嬉しそうに店員を呼ぶ。
橘さんと話していると、とても楽だ。
水野さんと小宮川さんはどんどん距離を詰めてくるし、黒川さんも最近は時々妙なことを言うが、橘さんは普通に会話ができる。
いや、他の三人も普通に会話はできるんだけど。
「あー!由香里さんズルい!私も食べたい!」
「夏希ちゃんも食べるの?それなら一つじゃ足りないかも」
「じゃあ二つ頼もうよ!みんなで食べればいいじゃん!」
結局、二人で分けるはずだったソーキそばは、全員で食べることになった。
まあいいけど。
そんな俺達のやり取りを眺めながら、神崎さんは静かに泡盛を飲んでいる。さっきから料理を食べて酒も飲んでいるのだが、俺達五人が騒がしいせいで一人だけ妙に落ち着いて見えた。
「神崎さん、楽しんでます?」
「楽しんでますよ。俺は普段一人でいることが多いので、皆さんの話を聞いているだけでも十分です」
「神崎さんももっと喋ればいいのに!せっかく六人いるんだし!」
水野さんがそう言うと、神崎さんは困ったように笑った。
「こういう楽しみ方なんですよ。俺まで水野さんと同じ調子で騒ぎ始めたら大変でしょう」
「それはちょっと見てみたいかも!」
「やりませんよ」
想像してみたが、確かに怖い。
「そういう一人が好きなところが、孤高の王って呼ばれる理由なんじゃない?」
「水野さん、その呼び名だけは本当にやめてください⋯⋯」
さっきまで余裕のあった神崎さんが露骨に嫌そうな顔をしたので、水野さんが楽しそうに笑った。
神崎さん、本当に二つ名が嫌なんだな⋯⋯。
俺も気持ちは非常によく分かる。俺だって清掃王とか呼ばれ始めたら絶対に嫌だ。だからと言って、清掃おじさんと呼ばれるのを許した覚えもない。二つ名なんて、おっさんには恥ずかしいだけだ。
そうして沖縄料理と酒を楽しみ、ホテルへ戻ったのは22時を過ぎた頃だった。
明日は朝から東京へ向かう。東京で一度状況を整理して、その後は次の現場へ。
全国を回る生活にも、少しずつ慣れてきた気がする。
——そんな事を思っていたのだが。
「欠航?」
翌日。ホテルのロビーで、俺はスマートフォンの画面を見つめていた。
「はい。東京周辺の天候がかなり荒れているみたいです。別便も確認しましたけど、今日は東京方面への移動自体が難しそうですね」
黒川さんの説明を聞きながら、もう一度画面を見る。
俺達が乗る予定だった那覇発東京行きの便は欠航しており、探協からも無理に移動する必要はないと連絡が入っていた。
結果、沖縄でもう一泊することになった。
「マジ!?じゃあ今日遊べるじゃーん!海行こうよ!」
真っ先に喜んだのは水野さんだった。
「水野さん、喜ぶところじゃないでしょう」
「だって仕事終わってるし、沖縄まで来たんだよ!?海行かないでどうすんの!」
確かに沖縄まで来て、ダンジョンと居酒屋だけで帰るのも勿体ない。
ただ、俺は昨日から移動続きだし、急に予定が空いたのならホテルでゆっくりするのも悪くない。
「俺は部屋で休んで——」
「駄目!田中さんも行くの!」
「⋯⋯おっさんが若い女性四人と海って、俺の立場考えてくださいよ。神崎さんも一緒ならまだ——」
「俺は部屋にいます」
頼みの綱だった神崎さんに、最後まで言う前に切り捨てられた。
「⋯⋯せっかくの沖縄ですよ?海くらい行きません?」
「昨日十分楽しみましたし、今日は一人でゆっくりします。皆さんで行ってきてください」
何の迷いもない。
水野さんも何度か誘ったものの、神崎さんは穏やかな笑顔のまま一歩も譲らなかった。
強い。S級になる人間は意思も強い。
「じゃあ田中さんは行こう!」
「何で神崎さんは許されて、俺は許されないんですか!」
「だって神崎さんは何言っても来なさそうだけど、田中さんは押せば来るじゃん!」
「本人の前で言うことじゃないでしょう!」
否定できないのが悔しい。
結局、俺は押し切られた。
◆
昼前、ホテルから少し離れたビーチへやって来た。
九月も半ばを過ぎているというのに、沖縄はまだ暖かい。福岡の糸島辺りにも綺麗なビーチはあるが、目の前に広がる海を見た瞬間、思わず声が漏れた。
「おお⋯⋯」
前に来た時も思ったが、沖縄の海は福岡で見る海とは色が違う。
透明度が高く、浅瀬では海底まで見える。
同じ日本、同じ九州だというのに、もはや別の国みたいだ。
「田中さーん!」
声がして振り向くと、今度は海とは別の意味で固まった。
「どう?」
水野さんが笑顔で立っている。
健康的に焼けた肌に、明るい色のビキニ。普段から露出の多い服を着ている人ではあるが、水着となると話が違う。
モデルをしているのもあって、引き締まった腹筋が眩しい。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。まさに完璧なプロポーションだ。
「似合ってますよ。可愛いと思います」
「へへっ。ありがと!」
水野さんは嬉しそうに笑っている。
若いなぁ⋯⋯。眩しいなぁ⋯⋯。
こんな可愛くてスタイル抜群な子と沖縄の海を泳ぐ。そんな事が若い頃叶っていれば、また違った人生を歩んでいたに違いない⋯⋯。
「田中さん、美月は?」
しょうもない妄想をしていると、小宮川さんが現れる。
小宮川さんは黒いビキニだ。腰辺りには何の意味があるのか分からない紐まで生えている。
元々服装からして攻めている人なので覚悟はしていた。していたはずなのだが、実際に目の前へ来られると、どこに視線を置けばいいのか分からない。
とりあえず首から下を見ないよう、小宮川さんの顔を見て話す。
「小宮川さんも似合ってますよ」
「ふーん。顔ばっかり見てるけど、美月の水着ちゃんと見た?」
「見ました!あ、いや、見てません!」
「えー、どっち?もっとちゃんと見たら〜?」
「それを本人から言われる俺の身にもなってください!」
小宮川さんは俺が困っているのを見て楽しそうに笑っている。この人は海でも通常運転だった。
「美月、田中さんを困らせないの」
黒川さんもやって来る。
シンプルな濃色の水着で、派手さはない。それでも四人の中では一番年上だからなのか、雰囲気が完全に大人の女性だ。
⋯⋯いやいや。
見ない。俺は海を見る。
「田中さん、さっきから姿勢が妙に良くないですか?」
「気のせいです!」
「ふふっ、そういうことにしておきます」
駄目だ⋯⋯。俺、今日一日耐えられるのか?
何やら妖艶な笑い声の黒川さんに慄いていると——。
「田中さん、お待たせしました」
最後に橘さんがやって来た。
白を基調にした水着に薄い羽織を着ていて、他の三人に比べると露出も控えめだ。柔らかい雰囲気にも合っている。
「橘さんも似合ってますね。なんというか、すごく橘さんらしいです」
「本当ですか?ありがとうございます」
橘さんが嬉しそうに笑う。
なんだろう、この安心感。
「⋯⋯田中さん、由香里さんだけ妙に自然体じゃない?」
水野さんが不満そうな顔を向けてきた。
「そんなことないですよ」
「美月の時なんて、どこ見ればいいか分からないって顔してたのに」
「小宮川さんの水着が攻めすぎなんですよ!」
「美月のせいにされた!」
これ以上この話を続けると墓穴しか掘らない気がする。
「もう海入りましょう!」
強引に話を切り上げて海へ向かいながら、自分に言い聞かせる。
浮かれるな、思い上がるな、調子に乗るな、田中和彦。あんまりジロジロ見ないように気をつけるんだぞ、田中和彦!
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