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66話 清掃おじさん、沖縄を清掃する

 一方、左右から現れたモンスター——アイスウルフ——にはVIVIDが対応する。


「玲奈さん!」

「分かってる。夏希、そのまま行って」


 黒川さんの瞳が金色に輝いた。


 横の通路から飛び出してきたアイスウルフの身体が、その場で完全に止まる。


 以前より明らかに発動が安定している。


 それだけではない。

 二体、三体と続けて飛び出してきたアイスウルフまで、次々と『固定』されていった。


「ありがと!」


 水野さんがその間を駆け抜ける。

 

 正面から振るわれた爪が——勝手に水野さんの身体を通り抜ける。水野さんが、自分の体に『透過』を使ったからだ。


 そのまま相手の懐へ入り、不可視の剣でアイスウルフの首を刎ねた。


「うわ⋯⋯」


 現地の探索者から声が漏れる。


 水野さんは元々、身体能力だけならS級に届くほど高かった。それに加えて、異様なまでのスキル出力を誇る『透過』スキル、高い戦闘センス。可愛い顔をしているが、超実力派探索者なのだ。


「田中さーん!美月の活躍も見ててねー!とりゃ!」


 小宮川さんの『念力』で、床に転がっていた岩が持ち上がった。

 飛び出してきたモンスターへ横から直撃し、その巨体が大きく体勢を崩す。


 以前より力が増しているのか、かなりの威力だ。

 

 そこへ橘さんが声を飛ばす。


「夏希ちゃん、後ろから二体来ます!玲奈さん、左はまだ動けません!」

「オッケー!」


 橘さんの『共有』によって、離れた位置にいる仲間の状況まで正確に伝わっている。

 水野さんが振り返ることなく後方からの攻撃を避け、黒川さんが固定していた相手へ向かう。


「玲奈さん、それ離して!」

「はいはい。3、2、1⋯⋯!」


 黒川さんが『固定』を解除した瞬間、水野さんの蹴りが入った。

 アイスウルフが横へ吹き飛ぶ。


「なっちゃん、そっち邪魔!」

「えっ?」


 小宮川さんが指を動かすと、吹き飛んだモンスターの軌道が強引に変わった。


 そのまま別の一体へ激突する。


「美月さん、今の危ないって!」

「当ててないじゃん」

「私に当たりそうだった!」

「なっちゃんだったら透過できるでしょ?」

「そういう問題じゃないから!」

「二人とも、戦闘中ですよ!」


 橘さんに怒られている。

 強くなっても、そこは変わらないらしい。


 ただ、四人の動きは以前とは比べものにならないほど安定していた。


 ベヒーモスとの戦いを経験して、それぞれの力が伸びた。


 水野さんだけではない。

 黒川さん、小宮川さん、橘さんもA級へ上がったことで、VIVIDというパーティーそのものが一段階強くなっている。


 神崎さんも同じだ。

 1分も経たないうちに、周囲にいたモンスターは全て倒されていた。


「⋯⋯凄いですね」


 現地の探索者が呆然としている。


「これが福岡の探索者ですか⋯⋯」

「俺は違いますよ」

「田中さんも福岡ですよね?」

「俺は探索者じゃなくて清掃員なので」

「そこなんですか?」


 大事なところです。

 俺は倒れているモンスターの死体群へ近づいた。


「じゃあ、片付けますね。『清掃』」


 『清掃』を使い、死体と残留魔素を消していく。

 異常魔素の影響がある場所では、死体をそのまま残すわけにはいかないからな。


「田中さん」


 呼ばれて振り向く。

 小宮川さんが笑っていた。


「どうだった?」

「何がです?」

「美月たちの強さ!」

「ああ!凄かったですよ!皆さん、前よりかなり強くなってますね」

「でしょ?でしょでしょ〜?」


 小宮川さんが得意そうに胸を張る。


「これで美月たちも、田中さんの足は引っ張らないよ!」

「いや⋯⋯そもそも足を引っ張ってるのは俺ですけどね」

「何で!?」


 水野さんがすぐに反応した。


「だって皆さんが戦ってる間、俺ずっと後ろにいましたよ」

「それは田中さんが戦わなかっただけでしょ!」

「俺は清掃員ですから」

「またそれ!」


 水野さんが呆れたような声を出す。


「田中さん、もうそれ無理あるって!」

「無理ありませんよ。今だってちゃんと清掃してるでしょう」

「S級と殴り合える清掃員なんて田中さんくらいですよ」


 黒川さんまで真面目な顔で言う。


「田中さんが足を引っ張っているなら、私達はどうなるんですか⋯⋯」


 橘さんも困ったように笑っている。


「いや、皆さんは探索者じゃないですか。戦闘は皆さんの仕事で、清掃は俺の仕事です」

「そこは頑ななんだねー」


 小宮川さんが笑った。


「でも、美月たち強くなったでしょ?」

「はい。それは本当に」


 これは冗談ではない。


 以前のVIVIDも十分強かった。

 だが、今の四人は明らかに違う。


 そして、その横にはS級になった神崎さんまでいる。

 福岡の未来は明るいな。


 さらに奥へ進むにつれて、空気に混じる魔素が濃くなっていった。


 やがて現地の探索者達が足を止める。


「ここから先が異常事態の原因です」


 通路の向こうから、嫌な感覚が伝わってくる。

 東京、大阪、広島でも感じたものだ。


「かなり濃いですね」


 黒川さんが表情を変える。


「皆さん、ここからは無理しないでください」


 俺が言うと、水野さんが頷いた。


「分かった。田中さんも気をつけてね」

「はい」

「危険を感じたらすぐ戻ってください」


 黒川さんも真面目な顔で言う。


「田中さん、無茶しそうなので」

「俺、そんなに無茶します?」


 四人が揃って俺を見る。


「します」

「します」


 黒川さんと橘さんがほとんど同時に答えた。


「するよ」

「するねー」


 水野さんと小宮川さんまで続いた。


「⋯⋯神崎さん」

「俺に振らないでください。俺も同意見です」


 味方がいない⋯⋯。なぜだ⋯⋯。


「気をつけますよ⋯⋯」


 俺だけが異常魔素の濃い区域へ進む。


 奥には、これまでと同じような亀裂があった。

 黒ずんだ魔素が絶えず漏れ出している。


 量は広島より多い。大阪と同じくらいか。


 少し離れた場所から『清掃』を使う。

 周囲に漂っていた魔素が消えた。


 だが、すぐに亀裂から新しい魔素が流れ込んでくる。


 やっぱり同じだ。

 目の前に溜まっているものだけを消しても意味がない。


 亀裂の奥から流れてくるものごと消さなければならない。


 俺はさらに『清掃』を広げた。

 奥へ。流れてくる異常魔素を辿るように、少しずつ消していく。


「っ⋯⋯!」


 重い。

 これまで何度もやってきたが、やっぱり普通の清掃とは全然違う。


 奥から流れ込んでくる力に押し返されながら、それでも『清掃』を続ける。


「田中さん!」


 後ろから水野さんの声が聞こえた。


「大丈夫です!」


 返事をして、もう一度集中する。


 ここまで来たんだ。

 東京も、大阪も、広島も消せた。


 沖縄だけ残して帰るわけにはいかない。


「『清掃』!」


 亀裂から溢れていた黒い魔素が一気に薄くなった。

 さらに奥へ力を伸ばすと、何かが崩れるような感覚が伝わってくる。


 それと同時に、流れ込んでいた魔素が急激に弱まった。

 そのまま最後まで消していく。


 やがて、亀裂から何も出てこなくなった。


「⋯⋯終わったかな」


 しばらく待つが、再び増える気配はない。

 計測器を持った現地の探索者が慎重に近づき、周囲を調べる。


「数値、下がっています。異常な上昇もありません」


 その言葉を聞いて、肩の力が抜けた。


「良かった⋯⋯」


 これで沖縄も終わりだ。


「田中さん!」


 水野さん達がこちらへ来る。


「お疲れ!」

「お疲れ様でした」

「田中さん、また一人で全部持ってったねー」

「最後だけですよ。ここまで来られたのは皆さんのおかげです」

「ほら」


 小宮川さんが嬉しそうに俺を見る。


「やっぱり美月たち、もう足引っ張ってないじゃん」

「だから、最初から引っ張ってないですって」


 むしろ今日の戦闘では、俺は後ろから見ていただけだ。


 神崎さんも、VIVIDの四人も強くなった。


 今まで俺が危ない場所へ行くたびに助けてもらっていた人達が、さらに頼もしくなっている。


 それは素直に嬉しかった。


「じゃあ戻りましょうか」

「待って!」


 水野さんが俺の腕を掴んだ。


「何です?」

「せっかく沖縄まで来たんだよ?」

「仕事で来たんですよ」

「仕事終わったじゃん!」


 嫌な予感がする。


「明日まで帰らないんでしょ?」

「そう聞いてますけど」

「じゃあ沖縄楽しもうよ!」

「やっぱり⋯⋯」

「美月、賛成!」

「私も、少しくらいならいいと思います」

「せっかく来ましたしね」


 黒川さんまで反対しない。

 最後に神崎さんを見る。


「神崎さんは?」

「俺はどちらでも構いませんよ」


 駄目だ。

 止めてくれる人がいない。


「田中さん、沖縄詳しいんでしょ?」

「一回来ただけですよ!」

「元カノと!」

「それはもう忘れてください!」


 水野さん達の笑い声がダンジョンに響いた。

 結局、沖縄でも仕事だけでは終わらないらしい。

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