65話 清掃おじさん、沖縄に行く
福岡空港にて。
「田中さん、沖縄行ったことある?」
「ありますよ。旅行で一回だけですけど」
「えっ、誰と?」
「そこ気になります?」
「気になる!」
俺の発言に、水野さんが妙に食いついてくる。
「昔付き合ってた人とです」
「元カノ!?」
答えた瞬間、水野さんの声が大きくなった。
「ちょっと夏希、空港で騒がないの」
「だって玲奈さん、元カノだよ!? 田中さん、普通に彼女いたんだ!」
「俺を何だと思ってるんですか⋯⋯⋯⋯」
「41歳独身、彼女いない歴イコール年齢⋯⋯?」
「舐めんな!」
俺が言い返すと、小宮川さんが横から楽しそうに笑った。
「へぇー。田中さん、元カノと沖縄旅行したことあるんだ。美月、そういう話もっと聞きたい!」
「俺の昔話を掘り返さないでくださいよ!」
「別にいいじゃん。今度、美月と二人で来たら新しい思い出にできるし」
「小宮川さん!?」
「美月、朝から田中さんで遊ばないの」
「玲奈さんだって聞きたいくせにー」
「私は別に」
そう言いながら、黒川さんが俺をちらりと見てくる。なんだろう。
「田中さん、困ってますよ」
橘さんが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「ありがとうございます、橘さん」
「でも、私もちょっとだけ気になります」
「橘さんまで!?」
何で沖縄へ仕事に行くだけで、昔の——それもおっさんの恋愛事情を掘り返されるんだ⋯⋯。
「楽しそうですね」
少し離れたところから神崎さんがやって来た。
「神崎さん、助けてくださいよ⋯⋯」
「何があったんです?」
「俺の元カノの話を色々聞かれてきて⋯⋯」
「⋯⋯それは俺にはどうにもできませんね」
「そんなー⋯⋯」
神崎さんまで少し笑っていた。
今回、沖縄へ向かうのは俺と神崎さん、それからVIVIDの四人。
黒川さん、小宮川さん、橘さんがA級へ昇格し、水野さんも以前より明らかに強くなっている。そして神崎さんは、正式にS級探索者となった。
福岡から一気に戦力を連れていく形だ。
昨日まで一緒だった獅子堂さんはというと、俺達とは別行動になった。
静岡と愛知へ向かった天城姉妹の担当区域でモンスターの増加が確認され、そちらのフォローへ回ることになったらしい。
連絡を受けた獅子堂さんは、『空ちゃんと海ちゃんのとこか!ほな行ってくるわ!』と、妙に楽しそうに福岡を出ていった。
天城姉妹の二人が喜ぶかどうかは知らない。たぶん空さんは嫌がりそうだなぁ⋯⋯。
飛行機で那覇空港へ到着し、現地の探協職員と合流する。那覇空港はザ・沖縄!って感じの雰囲気で好きだ。
「暑っ!」
空港を出た瞬間、水野さんが顔をしかめる。
「福岡もまだ暑いですけど、こっちはまた違いますね」
「湿気すごーい。美月、髪終わるんだけど」
「ダンジョンに入れば少し涼しくなると思いますよ」
橘さんが言うと、小宮川さんが首を振った。
「ダンジョン入ったら今度は汗かくじゃーん」
「それはそうですけど⋯⋯」
「仕事しに来たんだから諦めなさい」
黒川さんが呆れたように言う。
「玲奈さんは平気なの?」
「平気じゃないけど、言っても涼しくならないでしょ」
「大人だねぇ」
「美月よりはね」
「ひどーい!」
いつも通りである。
そのまま用意されていた車へ乗り込み、今回の対象となるダンジョンへ向かった。
現地へ到着すると、既に数人の探索者が待っていた。
「神崎修司さんですね」
「はい。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。まさか孤高の王に来ていただけるとは思いませんでした」
「あはは⋯⋯その呼び名、二度と呼ばないでくださいね⋯⋯」
代表らしい男性探索者が神崎さんと握手する。
神崎さんがS級へ昇格したことは、既に全国へ伝わっている。
福岡で長年活動してきた有名探索者が、日本で五人目のS級になったのだ。現地の探索者達もかなり興味があるらしい。
そして、その視線が俺達にも向く。
「VIVIDの皆さんも、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
水野さんが明るく答える。
「それから⋯⋯田中和彦さん」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
握手する。
何故か一番強く握られた。
「東京と大阪の件、聞いています」
「ああ⋯⋯」
嫌な予感がする。
「天城姉妹と獅子堂さんを相手にしたって、本当なんですか?」
「その話、なんで知ってるんですか⋯⋯」
「探協の人間なら知ってますよ」
「できれば忘れてください⋯⋯」
「無理だと思います」
隣で神崎さんが言った。
「神崎さんまで言わないでくださいよ!」
「事実ですから」
どうしてこうなった⋯⋯。俺は清掃しに来ただけなのに⋯⋯。
◆
今回の異常は、那覇第一ダンジョン深部——28階で確認されていた。
既に現地の探索者が周辺の調査を済ませており、異常魔素の濃度が高い地点も絞り込まれている。
問題は、そこまでの道中だった。
「来ます」
先頭を歩いていた神崎さんが足を止めた。
まだ俺には何も見えない。
だが神崎さんは腰の片手剣へ手をかけている。
「前方から6体。これはオーガですね。左右の通路からも何体か来ています」
数秒後、本当に奥から複数の足音が聞こえてきた。
現地の探索者達が武器を構える。
「ここ最近、この辺りはずっとこんな状態です。普段ならここまで密集して出る階層じゃないんですが」
「異常魔素の影響でしょうね」
神崎さんが剣を抜く。
「俺が前へ出ます。皆さんは左右をお願いします」
「神崎さん、美月たちも行くよ」
小宮川さんが楽しそうに言った。
「お願いします」
俺は一歩下がった。
「じゃあ俺は後ろで待ってますね」
「田中さんも戦えるじゃん!」
「俺は清掃員ですよ、水野さん」
「東京でS級二人と戦った人が言っても説得力ないって!」
そう言われても、専門家がこれだけいるのに俺が前へ出る理由はない。
奥から現れたオーガへ、神崎さんが向かう。
ベヒーモスと戦う前よりも、明らかに身体の動きが鋭くなっている。
一体目の棍棒が振り下ろされるより早く懐へ入り、片手剣で首を斬る。その死体が倒れる前には二体目の攻撃範囲から外れ、背後から迫っていた三体目の位置まで把握した上で身体を入れ替えていた。
身体能力が上がったことで、『領域』で把握した情報を以前より速く行動へ移せるようになっている。
元々、技術だけなら日本でも有数の人だ。
そこにS級の身体能力が加わった。強いに決まっている。さすが師匠、さすが神崎さん、さすが孤高の王である。
「⋯⋯やっぱり強いなぁ」
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