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61話 清掃おじさん、大阪を清掃する

「⋯⋯倒した」


 S級モンスターを、一人で。


 ギガント・ゴーレムは決して弱くなかった。

 壊しても再構築し、魔核を体内で移動させ、地形まで操って攻撃してくる。A級探索者三人が迂闊に参戦できないほどの化け物だった。


 それを獅子堂さんは、真正面から攻略して倒した。


「⋯⋯つ、強すぎる」


 思わず呟く。


 俺がベヒーモスと戦った時は、VIVIDの皆さんや神崎さん達が先に戦ってくれていたし、最後も必死だった。


 それをこの人は、S級モンスターを一人で倒した。


「よっしゃー!!」


 獅子堂さんが拳を突き上げる。


「これが大阪のS級やぁ!」


 部下の三人から歓声が上がった。


「社長!やっぱすげぇ!」

「さすがです!」

「見たか、おっちゃん!」

「見てましたよ!めちゃくちゃ格好良かったです!」

「せやろ!」


 獅子堂さんが嬉しそうに笑った。

 その直後だった。


「ほな、あとは頼むわ」

「え?」


 獅子堂さんがその場に倒れた。


「社長!」

「獅子堂さん!?」


 慌てて駆け寄る。

 仰向けに倒れた獅子堂さんは、普通に目を開けていた。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫や。四重(クアッド)使ったから一時間動けへんだけや」

「⋯⋯あ」


 そうだった⋯⋯。この人の『倍々』には、使用後の反動がある。


「ちなみに、四重(クアッド)の場合は⋯⋯」

「1時間やな!」

「⋯⋯何で使ったんですか」

「いや、三重(トリプル)やと活動限界時間間に合わなそうやったし」


 詳しく聞くと、獅子堂さんのチートスキル『倍々』は、倍率によって活動限界時間と行動不能時間が設定されているらしい。

 2倍なら活動限界が10分、行動不能が5秒。基本的には2倍である一重(ソロ)を使うようだ。

 次の4倍は5分動けて1分動けなくなる。8倍——三重(トリプル)は3分動けて30分動けなくなる。今回の四重(クアッド)は1分動けて1時間動けなくなるらしい。そして五重(フルバースト)が10秒動けて24時間動けなくなると。


 ⋯⋯おいおい。


「この後、17階行くんですよね?」

「せやな」

「誰があなた運ぶんですか?」

「⋯⋯」


 獅子堂さんが俺を見る。

 俺も獅子堂さんを見る。


「おっちゃん——」

「嫌ですよ!」

「まだ何も言うてへんやん!」

「絶対嫌です!」

「しゃあないやん!動かれへんねん!」

「部下の人に頼んでくださいよ!」


 俺が三人を見る。しかし、三人とも目を逸らした。


「何で目逸らすんですか!?」

「いやぁ⋯⋯」

「社長重いんですよ」

「装備込みだとかなりありますし⋯⋯」

「俺も嫌ですよ!」

「おっちゃん力あるやん!」

「そういう問題じゃないでしょう!」


 そんな話をして⋯⋯結果。


「ほんま助かるわ、おっちゃん!」

「⋯⋯重くはないですけど、なんかめちゃくちゃ嫌です⋯⋯」


 俺は獅子堂さんを背負って17階へ向かっていた。

 なんで30代の筋骨隆々男をおんぶせにゃならんのだ⋯⋯。装備がガチャガチャ当たって痛いし。⋯⋯まぁ、戦闘要員の部下さん達の手が塞がるよりは良いに決まってるんだけどさ⋯⋯。


 そう思っていると、耳元で獅子堂さんのニヤついた声が聞こえる。


「なんや、男おんぶするん嫌なんか?」

「嫌ですよ!逆におんぶされるの、獅子堂さんは平気なんですか!?」

「俺は楽やからええで!」

「腹立つなぁ⋯⋯!」


 後ろから部下達の笑い声が聞こえる。


 さっきまでS級モンスターを一人で倒していた日本最強の探索者が、今は俺の背中で完全に荷物になっている。


「しかし、おっちゃん」

「何ですか?」

「さっき俺のこと格好ええ言うたよな?」

「⋯⋯言いましたね」

「もう一回言うてくれへん?」

「もう全部台無しですよ⋯⋯格好良くないです⋯⋯」

「なんでや!」


 こんなS級探索者、他にいないと思う。


 17階へ下りると、異常魔素の気配は一気に強くなった。


「これは⋯⋯」


 福岡、東京と同じだ。


 重苦しい魔素が階層全体に漂い、その奥から濃い魔素が流れてきている。


 A級探索者の三人も足を止めた。


「ここから先は⋯⋯かなりキツいです」

「俺達は残った方が良さそうですね」

「そうしてください」


 昨日と同じように、異常魔素へ近づくのは俺だけでいい。

 問題があるとすれば——。


「獅子堂さん、降りてもらえません?」

「無理や」

「ですよね⋯⋯」


 まだ身体は動かないらしい。


「俺は平気やで。魔素量240はあるからな!」

「残留魔素が大丈夫かどうかじゃなくて⋯⋯」

「おっちゃんの背中から応援したるわ!」

「要らないです」


 仕方なく、そのまま進む。


 獅子堂さんを背負ったまま異常魔素の中心へ向かうという、よく分からない状況になってしまった。


 やがて、壁に大きな亀裂が見えた。

 そこから黒ずんだ魔素が溢れ出している。


 これまで見たものとほとんど同じだ。


「これやな」

「ですね」

「頼むで、おっちゃん」

「はい」


 俺は獅子堂さんを背負い直し、右手を前へ出した。


「『清掃』」


 異常魔素が消えていく。

 空間を満たしていた重苦しい感覚が薄くなり、亀裂から新たな魔素が流れ込んでくる。


 亀裂の奥へ意識を向けながら、『清掃』の範囲を広げていく。


「おお⋯⋯」


 背中から獅子堂さんの声がした。


「ほんまに消えてくんやな」

「集中したいので静かにしてもらえます?」

「すんません」


 珍しく素直だ。


 俺はさらに力を込める。

 奥から溢れてくる異常魔素を、流れ込んでくる端から消していく。渋谷と比べても量は多いが、福岡で経験した時ほどの勢いではない。


 これならいける——!


「『清掃』!!」


 嫌な感覚が一気に薄れていった。


 亀裂から流れ込んでいた魔素も弱まり、やがてほとんど感じなくなる。


 少し待つ。——しかし、再び増えてくる様子はない。


「⋯⋯終わったと思います」

「おお!」


 獅子堂さんが背中で騒ぐ。


「やったな、おっちゃん!」

「耳元で叫ばないでくださいよ!」


 後方で待っていた三人にも声をかけ、探協へ連絡を入れる。


 しばらくして、異常魔素反応が急速に低下し、ほぼ消失したことが確認された。


 大阪、梅田第二ダンジョン。

 これで二ヶ所目も清掃完了だ。


「よっしゃ!祝勝会や!」

「その前に自分で歩けるようになってください」

「あと40分くらいやな!」

「長いなぁ⋯⋯」


 俺は溜息を吐きながら、背中の日本最強を背負い直した。


 S級モンスターを一人で殴り倒した直後に、一時間おんぶされる男。


 強いのか格好悪いのか、もうよく分からない。


 ただ一つだけ分かった。

 獅子堂剛毅が日本最強の探索者と呼ばれているのは、決して大袈裟な話ではなかった。

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