6話 清掃おじさん、詰められる
「それで、強さを調べるって⋯⋯」
「田中さん。あれから何か分かった?」
「何か?」
「なんであんなに強いのか!」
「あー⋯⋯」
水野さんの問に、俺は空返事しか返せなかった。分かっていたら俺も苦労していない。
「特には⋯⋯。ただ、昔よりかなり力が強くなってるのは間違いないかなぁ⋯⋯とは」
「かなりどころじゃないよ!?」
水野さんがすかさずツッコんでくる。
「田中さんが倒したの、レッドドラゴンだからね!?」
「それは⋯⋯知ってますよ」
「A級上位だよ!?」
「それも知ってます⋯⋯」
「ワンパンしたんだよ!?」
「⋯⋯それも知ってますよ。俺がやったんだから」
「じゃあもっと驚いてよ!」
どうしろと言うんだ。
俺だって十分驚いたよ。というか、俺が一番信じられなかったよ。
三日経って、ようやく少し現実を受け入れられるようになっただけだ。
「田中さん」
黒川さんが口を開く。
「夏希が興奮しすぎているので私から説明しますね」
「お願いします」
「玲奈さん!?」
黒川さんは水野さんを無視して話を続ける。
「先日のレッドドラゴンですが、私達四人でも勝てる相手ではありません」
「⋯⋯そうなんですか?」
「はい。相性もありますし、勝てる可能性は無くはないです。ただ、確実に勝てると言えるほど甘い相手ではありません。正面から挑めば⋯⋯間違いなく死者が出ていました」
A級の水野さんがいるパーティでも、レッドドラゴン相手はそんなに苦戦するのか⋯⋯。
確かにレッドドラゴンはA級モンスターの中でもS級に近いモンスターらしいし、一人だけA級で他はA寄りのB級であるチームVIVIDでは、少し荷が重い相手だったのだろう。
「それを田中さんは一撃で倒しました」
「⋯⋯はい」
「しかも武器もスキルも使わずに」
「⋯⋯パンチでしたね」
黒川さんがじっと俺を見る。
「正直、異常です」
「そんなハッキリ言わなくても⋯⋯」
地味に傷付くぞ。
「しかもブレスまで消したでしょ?」
今度は小宮川さんが会話へ入ってくる。
「あっちの方が私はヤバいと思うけどなー。あれ何だったの?」
「清掃スキルですよ」
「清掃スキルって、ドラゴンのブレス消せるんだっけ?」
「普通は消せません」
「じゃあやっぱり田中さんがおかしいんじゃん」
「⋯⋯否定できなくなってきましたね」
流石に俺も、自分が普通だとは思わなくなってきた。
少なくとも昔の俺とは明らかに違う。
問題は——どの程度違うのか、俺自身にも分からないことだ。
「だから!」
水野さんが再び身を乗り出した。
「一回、ちゃんと戦ってみようよ!」
「嫌です」
「即答!?」
いや、当たり前だろう。
「俺、清掃員ですよ?」
「知ってる!」
「モンスターと戦うのは探索者さん達の仕事です。俺達は皆さんが倒した後を綺麗にするのが仕事なんで」
「でもドラゴン倒したじゃん!」
「あれは⋯⋯向こうから襲ってきたから仕方なくですよ」
「仕方なくでドラゴンをワンパンする人、初めて見たよ!」
俺だって初めて見たよ。いねーよそんなヤツ。
⋯⋯居ました。ここに居ましたよ。
「田中さんって、探索者に戻りたいとか無いんですか?」
橘さんが聞いてくる。
「無いですね」
今度もすぐに答えた。
「もう20年近く前に諦めた事ですから。それに、今の仕事結構好きなんですよ」
「そうなんですね」
「はい。給料も悪くないですし、班員にも恵まれてますから」
探索者に未練が全く無いと言えば、嘘になるかもしれない。昔は本気で憧れていた仕事だ。
でも、それはもう19年も前の話だ。
今更——41歳にもなって、探索者として第二の人生を歩みたいとは思わない。
俺は今の仕事が好きだ。
「じゃあ探索者になれとは言わない!」
水野さんが言った。
「一回だけ!私達の探索に付き合って!」
「⋯⋯はい?」
「私達と一緒なら危なくなったら助けられるし!田中さんがどれくらい強いのか、ちゃんと確認出来るでしょ?」
「いやぁ⋯⋯」
俺は頭を掻く。
正直、気が進まない。
レッドドラゴンを倒したからといって、次も上手くいく保証なんて無い。
「それに田中さんも気にならない?」
「何がです?」
「自分がどれくらい強いのか!」
「⋯⋯⋯⋯」
それを言われると弱い。
気にならないと言えば、嘘になる。
19年前、俺は何度モンスターと戦っても強くなれなかった。F級から一度も上がれないまま、探索者を辞めた。
——そんな俺が今、A級上位のドラゴンを一撃で倒した。
何故なのか。いつからなのか。今の俺は、どれくらい強いのか。
⋯⋯気になっていない訳がない。
「でもなぁ⋯⋯」
「行ってこい」
「うわっ!?」
突然後ろから声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか部長が会議室の入口に立っている。
「部長、聞いてたんですか?」
「途中からな」
部長が俺達の元へやって来る。
「会社としても、お前がどういう状態なのかは把握しておきたい」
「どういう状態って⋯⋯」
「ドラゴンを素手で殴り殺せる社員が、普通に現場出てるんだぞ」
「言い方怖いなぁ⋯⋯」
俺、危険人物みたいじゃないか。
「それに、お前自身が自分の力を把握してない方が危ないだろ」
「⋯⋯まあ、それは」
確かにそうかもしれない。
この前だって、俺はドラゴンを殴るまで自分にあんな力があるなんて知らなかった。
今後仕事中に何か起きた時、自分が何を出来るのか把握しておくことは悪くない。
「⋯⋯分かりました」
「本当!?」
水野さんの顔がパッと明るくなる。
「ただし!」
「はい!」
「仕事に支障が出ない日だけです」
「もちろん!」
「それと、俺は探索者じゃありませんからね。危なくなったらちゃんと助けてくださいよ?」
「任せて!私、一応A級だから!」
一応って⋯⋯。史上最年少A級が何言ってるんだ。
「それじゃあ——」
水野さんがスマートフォンを取り出す。
「博多第三ダンジョンにしよっか」
「第三ですか?」
「うん!第一はまだ封鎖されてるし。第三なら私達もよく行くから」
「まあ、それなら⋯⋯」
博多第三ダンジョン。俺も仕事では何度も入ったことがある。
博多第一ダンジョンは博多駅の近くにあるが、第三は少し離れた場所にある。今は第一ダンジョン含め博多駅の周りは人が多そうだし、悪くない提案だと思う。
「29階層とかどう?」
「⋯⋯29階層?」
思わず聞き返した。
「29階層って、確か適正B級以上ですよね?なんなら、ほぼA級の⋯⋯」
「そうだよ!」
「もっと浅いところからにしません?」
「大丈夫!私達がいるから!」
⋯⋯不安だ。
この子、俺を殺そうとしてない?もしかして、何らかのミッションを国から受けた暗殺者とかか?⋯⋯一応、警戒はしておこう⋯⋯。
「じゃあ配信の予定も——」
「待ってください」
あまりにも自然に、聞き捨てならない言葉が差し込まれた。俺はそれを聞き逃さない。
「⋯⋯配信?」
「うん!」
水野さんが、とびきりの笑顔で答えた。
「しないですよ」
「えっ」
「しません」
「なんで!?」
「なんで配信する前提なんですか!?」
ただでさえ先日の動画が拡散されて大変だったんだぞ。
これ以上目立ってどうする。
「絶対盛り上がるよ!」
「盛り上がらなくていいんです」
「みんな田中さん見たがってるって!」
「見せなくていいです」
「田中さん!」
「嫌です」
しばらく押し問答が続いた。
しかし——。
「じゃあ、田中さんが嫌だと思ったらすぐ配信切る!」
「⋯⋯本当に?」
「本当!」
「変な編集とかもしない?」
「しない!」
「俺、作業着で行きますよ?」
「それはむしろ絶対作業着で来て!」
なんでだよ。
結局、俺が嫌だと言えばすぐに配信を止めることを条件に、探索の様子を配信することになった。
「じゃあ決まり!楽しみだなー!」
水野さんは物凄く嬉しそうだ。
一方の俺は、嫌な予感しかしなかった。
ただ一度、自分がどれくらい強くなったのか確認するだけ。
それが終われば、またいつもの清掃員生活に戻る。
この時の俺は、本気でそう思っていた。
そして数日後。博多第三ダンジョン、29階層。
俺は今をときめく女性エース探索者四人に囲まれながら、撮影用ドローンを眺めていた。
そこには、配信開始前だというのに凄まじい数の視聴者が待機している。
「田中さん!そろそろ始めるよ!」
「⋯⋯はい」
水野さんが笑顔で配信開始ボタンを押す。
⋯⋯どうしてこうなったんだろう。
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