5話 清掃おじさん、バズる
レッドドラゴン事件の後、探索者協会の職員が到着し、俺達は事情聴取を受けることになった。
レッドドラゴンが何故14階層に出現したのか。何処から侵入したのか。他にも同様のモンスターが存在する可能性はあるのか。
調査が終わるまで、博多第一ダンジョンの14階層以降は封鎖。
当然、俺達の仕事も中止となった。
会社へ戻った頃には、既に夕方になっていた。
「戻りましたー」
「田中!!」
「うおっ!?」
事務所へ入った瞬間、部長が飛んできた。
「お前!何やった!?」
「いや、何って⋯⋯仕事して⋯⋯」
「その後だよ!!」
「⋯⋯ド、ドラゴン倒しちゃいましたね⋯⋯」
「それだよ!!」
「⋯⋯ですよね」
「電話鳴りっぱなしだぞ!」
そう言われて事務所を見る。
確かに電話が鳴りまくっている。こんなに電話が鳴る光景は、この19年間で見た事が無い。
「はい、博多ダンジョン環境サービスです。⋯⋯はい、田中は弊社の社員ですが⋯⋯」
「申し訳ございません、取材については現在お答えできませんので⋯⋯」
「はい⋯⋯はい。ですから、田中主任を探索者として派遣するサービスは行っておりません」
事務員さん達が忙しそうに電話対応していた。
「⋯⋯何これ」
「水野夏希の配信だよ!」
「あー⋯⋯」
俺は現実を受け入れられず、天を仰いだ。
「同時接続10万人超えてたらしいぞ!」
「10万!?」
流石に驚いた。そんな人数に見られていたのか。
驚いている間も、部長の勢いは止まらない。
「それだけじゃない!切り抜きがもうSNSで回りまくってる!」
部長がスマートフォンを突きつけてきた。一言言ってスマホを手に取ると、そこには俺がドラゴンのブレスを消す場面と、ドラゴンを殴り飛ばす場面がしっかり映っていた。チラッと再生回数を見ると⋯⋯。
「⋯⋯230万、再生⋯⋯?」
「まだ上がってるんだよ⋯⋯」
「今日の話ですよね?」
「今日の話だよ!」
恐ろしい時代だ。
俺が仕事をして会社へ帰ってくる間に、200万回以上俺のパンチが見られている。
コメントも凄い数だった。
『清掃おじさん何者?』
『A級ドラゴンをワンパンする清掃員』
『ブレス消したのもヤバいだろwww』
『会社の作業着でドラゴン倒してるの面白すぎる』
『博多ダンジョン環境サービス、最強の清掃会社』
『清掃依頼したらドラゴンまで掃除してくれそう』
『探索者協会は今すぐこの人囲い込めよ』
勘弁してくれ⋯⋯。
俺は有名になりたいなんて思ったことはない。
それなりに給料を貰って、毎日仕事をして、家に帰って飯を食べる。
休みの日は家事をして、たまに酒を飲む。
それで十分だったのに。
「主任!」
高橋がスマートフォンを見ながら声を上げる。
「今、トレンド一位ですよ!」
「何が?」
「『清掃おじさん』!」
「⋯⋯⋯⋯」
最悪だ。
せめて田中和彦であってくれ。
なんでよりによって清掃おじさんなんだ。⋯⋯清掃おじ、よりはマシか⋯⋯。うん⋯⋯。
「⋯⋯帰っていいですか?」
「今日はもう帰れ。というか裏から帰れ。表に記者いるぞ」
「もう来てるんですか!?」
「お前を待ってる」
「⋯⋯マジかよ」
41年間生きてきて、そのうち19年間はずっとダンジョンを掃除してきた。
それなりに危険な仕事ではあるけれど、俺自身は平凡な人生を送ってきたつもりだ。
それが今日一日で——。
ドラゴンを殴り倒して、配信で何万人にも見られて、SNSで200万回以上再生されて、会社に取材が殺到して⋯⋯結果はトレンド一位。
しかも名前は——『清掃おじさん』。
「⋯⋯どうしてこうなったんだろう」
俺はまだ知らない。この騒動が、ただの一日限りのバズでは終わらないことを。
そして数日後。
俺の平穏な清掃員生活をさらにぶち壊す女——水野夏希が、再び俺の前へ現れることになる。
◆
「田中ー!お客さん来てるぞ」
「俺にですか?」
レッドドラゴン事件から三日後。
俺はいつも通り朝から出勤し、いつも通り仕事の準備をしていた。
事件翌日は流石に大変だった。
会社にはテレビ局や新聞社、ネットメディアから取材依頼が殺到。俺の個人SNSを探し出そうとする人間まで現れたらしいが、残念ながら俺はSNSをやっていない。
41歳のオジサンが毎日「今日の晩飯」とか呟いても仕方ないだろう。
まあ、結果的にはそれが良かったらしい。
会社からも「田中は一般社員なので過度な取材は控えてください」と声明を出してもらい、少しずつ騒ぎは落ち着いてきていた。
それでも、ネット上では未だに俺がドラゴンを殴り飛ばした動画が拡散されているらしい。
そんな中、俺は普通に仕事を続けていた。
博多第一ダンジョンは現在も14階層以降が封鎖されているが、別にうちの会社が担当しているダンジョンは一つだけではない。
今日もこれから別の現場へ向かう予定だったのだが——。
「誰ですか?」
「会議室にいる。行けば分かる」
「はぁ⋯⋯」
なんだろう。記者とかだったら嫌だなぁ⋯⋯。
そんな事を考えながら会議室へ向かい、扉を開ける。
「失礼しま——」
「あっ!田中さん!」
扉を閉めようとした。
「待って待って待って!!」
「⋯⋯お疲れ様です」
「なんで閉めようとしたの!?」
中にいたのは、水野夏希さんだった。
いや、それだけではない。——先日のダンジョンで一緒にいた三人の女性探索者もいる。
「お久しぶりです、田中さん」
「あ、どうも」
確か、玲奈さんだったか。レッドドラゴンを『固定』というスキルで止めていた人だ。
——どう考えても下の名前なので、苗字が判明するまでは特定の呼称を使わないようにしよう。
改めて見ると、背が高くて随分格好良い女性だ。赤紫色のような黒髪を短く切り揃えている。⋯⋯この人もどう見ても20代である。⋯⋯うーん、このむさ苦しい会社に清涼剤のような爽やかさだ⋯⋯。
「改めて⋯⋯。私は黒川玲奈。VIVIDパーティのリーダーです。等級はB級です。よろしくお願いします」
「あ⋯⋯よろしくお願いします。田中和彦です」
どうやら、黒川さんと言うようだ。
スッと握手を求められたので、軽くズボンで手を拭ってから握手を返す。⋯⋯うーん、今のおじさんっぽかったかなぁ⋯⋯。分からん⋯⋯。
そんな事を考えていると、金髪をボブカットにまとめた、露出の高い服を着た女性が前に出てくる。
「オジサンどもー!」
「⋯⋯どうも」
「小宮川美月って言います!等級はB!みーちゃんとか、美月って呼んでね!」
「⋯⋯よろしくお願いします、小宮川さん」
小宮川さんはニコニコしながら手を握り、ぶんぶんと振ってくる。その度に、ブラ紐やズボンからはみ出たパンツのようなものがチラチラと目に入る。⋯⋯いかん、目のやり場に困る。こっちは見えてしまえば罪になりかねないのだ。勘弁してくれ⋯⋯。
俺がほとほと困っていると、子宮川さんの横に座っていた女性が立ち上がった。
「美月さんがすみません。もう、美月さんやめてください。田中さん困ってますよ」
「えー?ただ握手してるだけなのになぁ⋯⋯」
「⋯⋯た、助かりました⋯⋯」
「いえいえ!美月さんも悪い人じゃないんですよ!夏希ちゃんと美月さんは距離感おかしいだけなんです!」
「あはは⋯⋯それはそうかもですね⋯⋯」
「ふふふ。あ、申し遅れました。私、橘由香里と申します。B級です。よろしくお願いしますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
橘さんはなんだか話しかけやすい、柔和で落ち着いた雰囲気の女性だ。
暗めの茶髪を腰まで伸ばし、ふんわりとカールさせている優しい印象を受ける。清楚系とか、癒し系とか、そうい感じの人だ。
水野さんがA級で、他の三人はB級。しかも水野さんは史上最年少A級探索者になった天才で、他の女性たちもA級間近と噂されているらしい。
俺からすれば、とんでもないエリート集団だ。
「それで⋯⋯皆さん揃って、今日はどうしたんですか?」
そう聞くと、水野さんが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「田中さんの強さを調べに来ました!」
「帰ってもらっていいですか?」
「なんで!?」
いや、なんでと言われても。⋯⋯嫌な予感しかしないんだよなぁ。
「とりあえず座ってくださいませんか?」
橘さんに促され、仕方なく席に着く。
俺の正面に水野さん。その両隣に黒川さんと小宮川さん。橘さんは小宮川さんの隣に座っている。
なんだこの状況⋯⋯。
美人四人と会議室で向かい合っている。
俺、何かの面接でも受けるのか?あー、あれか?ドッキリ番組の収録とかか?
はぁ、いかんな。気を緩めると、目の前の非日常さに思わず現実逃避してしまう。俺は気を取り直して、彼女たちに向かい合った。
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