4話 清掃おじさん、爆誕
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
誰も喋らない。そして、当事者の俺も喋れなかった。
全員が俺とドラゴンを交互に見ている。
最初に口を開いたのは高橋だった。
「⋯⋯主任?」
「⋯⋯なんだ?」
「今、ドラゴン⋯⋯殴り飛ばしました?」
「⋯⋯みたいだな」
「な、なんで?」
「俺が聞きたいよ⋯⋯」
『wwwwwwwww』
『は?????????』
『ワンパンwwwww』
『ドラゴンをワンパンした!?』
『清掃員とは』
『誰だよマジでwww』
『博多ダンジョン清掃サービス?って書いてる?』
『博多の清掃会社っぽい』
『ブレス消して殴り殺したwww』
『今年一番意味分からん配信きたー!』
撮影ドローンから聞こえてくるコメント読み上げが止まらない。
「⋯⋯おじさん」
「は、はい」
水野さんが近付いてきた。物凄い顔で俺を見ている。
「何者なんですか?」
「⋯⋯え?えっと⋯⋯ただの清掃員ですけど」
『草』
『知ってるわwww』
『そういう意味じゃねえwww』
『清掃員』
『清掃業界どうなってんだよ』
「いやいやいやいや!」
水野さんが俺の肩を掴む。
「清掃員がドラゴンを素手で倒すわけないでしょ!?」
「俺だってそう思いますよ!」
「じゃあなんで倒せたの!?」
「知りませんよ!」
本当に分からない。拳を見るが、全く痛くない。
むしろ、殴った感触すらほとんど残っていない。
⋯⋯なんだこれ。俺、こんなに力あったっけ?
「主任」
山下がドラゴンへ近付いて確認する。
そして俺を見る。
「⋯⋯死んでます」
「マジで?」
「マジです」
A級上位モンスターのレッドドラゴン。それを俺が⋯⋯一発で?
「⋯⋯いやいやいや」
思わず頭を抱える。こんなの絶対おかしい。
しかし、俺以外の全員がもっとおかしな物を見るような目で俺を見ている。
そんな中、佐々木だけが妙に冷静に口を開いた。
「主任」
「ん?」
「とりあえず、ドラゴンの残留魔素を処理した方が良くないですか?」
「⋯⋯あ」
そうだった。
ドラゴンの死体からは、凄まじい量の魔素が漏れ出している。
こんなのを放置すれば危険だ。
「そうだな。仕事しないとな」
「いやいやいやいやいや!」
再び水野さんが叫んだ。
「今そのテンションで仕事戻るんですか!?」
「いや、でも放置したら危ないですし⋯⋯」
「そうだけど!」
俺はドラゴンの死体へ近付き、手を翳す。
「『清掃』」
大量の残留魔素が一瞬で消えていく。
レッドドラゴンの死体は敢えて残しておいた。まだ魔石とか取ってないからな。
「⋯⋯⋯⋯」
また静かになった。
『もうやだこのおっさんwww』
『何でも清掃するじゃん』
『ドラゴン処理早すぎ』
『討伐から後処理まで一人で完結してて草』
『探索者いらなくね?』
『新職業:清掃員』
⋯⋯何だか、凄いことになってきた。⋯⋯俺は地面に倒れたレッドドラゴンを見下ろしていた。
動かない。何度見ても、動かない。⋯⋯あ、ヤバい。つい現実逃避の一句を詠んでしまった。いかんいかん、現実を見るのだ、田中和彦。
護衛隊の探索者さんが確認してくれたが、間違いなく死んでいるそうだ。
A級上位モンスター、レッドドラゴン。⋯⋯それを俺が、一発殴っただけで倒した。
⋯⋯まったく意味が分からない。
「あ、あの!」
「はい?」
声をかけられて振り返る。
そこにいたのは、先程助けに入ってくれた女性探索者——水野夏希さんだった。
テレビやネットで何度も見たことがある有名人が目の前にいる。
改めて見ると、本当に若いな⋯⋯。確か24歳だったか。俺とは干支1周どころか、ほぼ1.5周差だ。なんか悲しくなってきた⋯⋯。
そんな事を考えていると、水野さんがおずおずと聞いてくる。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「え?名前?⋯⋯俺の名前ですか?」
「はい!」
え、えー⋯⋯。俺の名前なんか聞いてどうするんだろう。いや、まぁ良いか別に。
「田中です。田中和彦」
「田中さんですね!」
水野さんが俺の名前を繰り返す。
すると、彼女の周りを飛んでいた撮影用ドローンから、コメントを読み上げる音声が聞こえてきた。
『田中さんwww』
『名前判明』
『田中和彦、覚えた』
『清掃員の田中さん強すぎるだろ』
『清掃おじ爆誕』
『清掃おじは草』
『田中さん本人が一番困惑してるの好き』
ヤバい、そうだった。この光景は世界中にネット配信されてるんだった!!
終わった⋯⋯俺の個人情報、さようなら⋯⋯。
⋯⋯てか、なんだよ『清掃おじ』って。嫌な呼び名が誕生した気がする。せめて『さん』を付けなさいよ、デコスケ野郎。
俺の嘆きを知る由もない水野さんは、グイッと俺に近付いて喋りかけてくる。
「田中さん!さっきの何!?」
「さっきの?」
「ドラゴンのブレス消したやつ!」
「ああ⋯⋯『清掃』ですけど」
「清掃!?」
「はい」
「清掃スキルでドラゴンのブレスって消せるの!?」
「いや、普通は無理だと思います」
「じゃあなんで消えたの!?」
「俺も聞きたいです」
いやホント、俺が一番聞きたいんだよ。実は誰か凄い人が隠れてて、たまたま同タイミングでブレスを消すスキルとか使ってくれたんじゃないの?
あと、シレッとタメ口⋯⋯。いや、良いんだけどね。そんなに厳しいおじさんじゃないから良いんだけど。距離感の詰め方、すげーなー⋯⋯。
それからも水野さんは質問攻めを続ける。
「じゃあ、ドラゴンを殴り飛ばしたのは!?」
「⋯⋯パンチ?」
「それは見たら分かります!」
怒られてしまった。
いや、でも本当に分からないんだから仕方ない。
俺は19年間、ダンジョン清掃員として働いてきた。
探索者だったのは、それより前の話だ。
博多にある営業会社で会社員として働きながら、探索者資格を取ったのが22歳。
子供の頃から探索者という仕事に憧れていて、自分もモンスターと戦って活躍してみたいと思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
同期の探索者達がどんどん強くなっていく中、俺はいつまで経ってもF級のまま。
モンスター相手にまともに戦えず、何度挑戦しても全然強くならなかった。清掃スキルは戦闘において何の役にも立たなかった。
そんな時、自分よりずっと若い探索者が、俺では歯が立たなかったモンスターを簡単に倒している姿を見た。
ああ⋯⋯。俺には才能がないんだな。
その時、ようやく理解した。
ちょうど本業だった営業の方も上手くいっていなかったので、探索者を諦めるついでに会社も辞めた。
それから縁あって博多ダンジョン環境サービスに入社。
気付けば19年。
今では主任なんて役職まで貰って、三人の部下を持つ立場になった。
だから、今更ドラゴンを倒せるほど強くなっているなんて言われても困る。
「⋯⋯田中さん?」
「あ、すみません。ちょっと考え事してました」
「もしかして、昔からあんなに強かったとか?」
「いやいや。全然ですよ。昔、探索者やってましたけど、F級から上がれないまま辞めましたから」
「え?」
水野さんが固まった。
「F級?」
「はい」
「田中さんが?」
「はい」
「⋯⋯S級の間違いじゃなくて、F級?」
「何回聞くんですか⋯⋯。はい、そうです」
『嘘つけwww』
『ドラゴンワンパンするF級なんていねーよwwww』
『どういうことだよ』
『探索者協会見る目なさすぎて草』
『これ絶対なんかあるだろ』
『19年間清掃員やってただけってこと?』
『逸材埋もれすぎだろwww』
コメント欄は相変わらず好き勝手言っている。
しかし、いつまでも話している場合ではない。
異常事態が起きた以上、作業は当然中止だ。探索者協会へ報告して、原因が分かるまでは14階層も封鎖されるだろう。
「主任ー!」
「おう」
山下達がこちらへやって来る。
「いやぁ、主任。流石に今回は俺も引きましたよ」
「何が?」
「ドラゴンですよ。なんで殴って倒してるんですか」
「俺だって好きで殴ったんじゃないよ。向かってきたから仕方なく⋯⋯」
「向かってきたドラゴンを殴ろうと思う人間が、まずいないんですよ」
「じゃあどうすれば良かったんだよ」
「⋯⋯まぁ、普通は何も出来ないまま死にますよね」
「⋯⋯それは嫌だな」
「だから異常なんですって」
何故か山下まで俺がおかしいみたいな扱いをしてくる。
お前⋯⋯10年以上一緒に仕事してきたじゃないか⋯⋯。俺だけなのか?相棒って思ってるの⋯⋯。
「主任!俺、動画撮りました!」
高橋が興奮した様子でスマートフォンを見せてくる。
「お前、あの状況で動画撮ってたの?」
「途中からですけど!主任がドラゴン殴ったところバッチリです!」
「⋯⋯消してくれない?」
「嫌です!一生保存します!」
「何に使うんだよ⋯⋯」
「娘とか出来た時に見せます!」
「なんでお前の娘に俺がドラゴン殴ってる動画見せるんだよ」
「自慢の上司として!」
「もっと他に自慢できる上司探してくれよ⋯⋯」
高橋は何故か嬉しそうだ。
横では佐々木が倒れたドラゴンを見ながら腕を組んでいる。
「でも主任」
「ん?」
「さっきの剣もそうですけど、前から主任って異常に力強かったですよね」
「そうか?」
「そうですよ」
「⋯⋯そう言われてもなぁ。俺、昔は普通だったぞ」
「いつから今みたいになったんです?」
「⋯⋯さあ?」
言われてみれば分からない。
清掃員になってから、重い物を持つ機会は多かった。
モンスターの死体、清掃道具、資材、大型の魔物が使っていた武器など。
最初の頃は重かったはずなのに、いつからか大抵の物は普通に持てるようになっていた。
仕事を続けて身体が鍛えられたのだと思っていたが⋯⋯。
「田中さん!」
「はい?」
また水野さんだ。
「今度、ちょっとお話させて、ください!」
「俺とですか?」
「はい!絶対、何かあるよ!⋯⋯ます!」
「何かって言われてもなぁ⋯⋯」
「お願い!お願いします!」
ぐっと距離を詰められる。
近い近い!
20代の若い女性にこんな近くから見つめられる経験なんて、俺にはほとんどない。
少し後ろへ下がった。
「まあ⋯⋯仕事に支障が出ない範囲なら」
「本当!?ですか!?」
「はい」
「やった!」
水野さんが嬉しそうに笑う。
⋯⋯そんなに俺の何が気になるんだろう。
俺はまだ知らなかった。
この配信が、この日の夜には数百万回再生され、翌朝には会社へ問い合わせが殺到し⋯⋯。
俺の平穏だった19年間の清掃員生活を、大きく変えることになるなんて。
この時の俺は、そんなことを知る由もなかった。
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