3話 清掃おじさん、ドラゴンに遭遇する
⋯⋯ドラゴン?え?ドラゴン⋯⋯?
清掃担当マップの向こう側から姿を現したのは、どう見ても巨大なドラゴンだった。
四本の太い脚に、全身を覆う赤黒い鱗。背中には折り畳まれた巨大な翼があり、頭には俺の腕より太そうな二本の角が生えている。
全長は十メートルを軽く超えているだろう。
いやいや。いやいやいやいや!!おかしいだろ!!ここ14階層だぞ!?
「レ、レッドドラゴン!?なんでこんな所に!?」
護衛隊の探索者さんが叫ぶ。
レッドドラゴン⋯⋯。その名前には聞き覚えがあった。
A級上位に分類される、ドラゴン系のモンスターだ。
本来なら40階層より下の深層で目撃されるような魔物であり、間違えても14階層なんかに出てくるようなモンスターではない。
「全員車へ!清掃員さん達を先に逃がせ!」
「田中さん!早く!」
「わ、分かりました!山下!佐々木!高橋!走れ!」
「はい!」
俺達は作業を中断して装甲車へ向かう。
戦闘は探索者の仕事。清掃員がやるべき事は一つ。——邪魔にならないように逃げることだ。初めて仕事中にモンスターと遭遇したが、こうした事態の訓練は毎月行われているため、判断に迷うことは無かった。
「主任!」
「どうした!?」
「高橋が!」
振り返ると、高橋が転んでいた。
背負っていた清掃道具が床へ散乱している。
「す、すみません!」
「いいから立て!」
慌てて引き返し、高橋の腕を掴んで引っ張り起こす。
その瞬間だった。
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
腹の底まで震えるような咆哮が響いた。
「うわっ⋯⋯!」
思わず耳を塞ぐ。
レッドドラゴンが巨大な翼を広げ、護衛隊へ突進していた。
「散開!」
「『障壁』!」
護衛隊の一人が前へ出て、半透明の壁を作る。
ドラゴンの前脚が障壁へ激突した。
凄まじい衝撃音と共に、障壁へ大量の亀裂が走る。
「ぐっ⋯⋯!」
「持たないぞ!」
やばい。明らかに、護衛隊の人達では荷が重い。
そもそも彼らは清掃業者を護衛するために配置された探索者だ。今日の仕事は18階層までだった。そこまでで出現するモンスターを想定した編成であり、A級上位のドラゴンなんて完全に想定外だろう。
「田中さん達は早く逃げてください!」
「はい!」
俺は高橋の背中を押す。
「行け!先に車へ!」
「でも主任は!?」
「俺もすぐ行く!」
高橋が山下達の元へ走っていく。
俺もその後を追おうとした時、遠くから女性の声が響いた。
「レッドドラゴン!?」
聞き覚えのない声だった。
横の通路から四人の女性探索者が走ってくる。————先頭にいるのは、明るい茶髪の若い女性。
「あっ!?」
護衛隊の一人が驚く。
「水野夏希!?」
——水野夏希。俺でも知っている名前だ。
史上最年少でA級探索者へ到達した天才。芸能人顔負けのビジュアル。若い女の子を中心に人気のカリスマスター。
テレビやネットでもよく見る、福岡を代表する超有名人だ。まさかそんな有名人に出会うとは。
彼女の少し前には小型の撮影ドローンが浮いており、何かを撮影している。
「みんな!一旦配信どころじゃない!救助優先!」
配信?⋯⋯あー、確かこの子、探索配信者でもあったな。——探索配信者というのは、探索活動をネット配信する人の事だ。
『ドラゴン!?』
『14階層だよな!?』
『どういうこと!?』
『何か作業着の人たちいるぞ!』
『逃げろ逃げろ!』
ドローンから小さく読み上げ音声が聞こえてくる。
どうやらコメントが凄い勢いで流れているらしい。
「玲奈さん!ドラゴン止めて!」
「分かってる!」
黒髪の女性がドラゴンを見る。女性の瞳が、怪しく金色に輝いた。
「『固定』!」
ドラゴンの身体が、不自然な形で止まった。
「す、すげえ⋯⋯」
思わず声が漏れる。
なんと、A級上位のドラゴンの動きを止めているのだ。自分より遥かに大きい化け物の動きを止めるなんて、凄いスキルだ⋯⋯。
「長くは無理!夏希!」
「分かってる!」
水野さんが地面を強く蹴る。
速い——!目で追うのが難しいほどの速度でドラゴンへ接近すると、そのまま大きく跳躍した。
しかし。
「玲奈さん!」
「ダメ!固定が解ける!」
ドラゴンの身体が動いた。
「グオオオオッ!」
「くっ!」
巨大な尻尾が振り回され、水野さんが空中で身体を捻って回避する。
⋯⋯凄い。
俺が探索者をしていた頃——19年前——とは、何もかもレベルが違う。
あんな化け物を相手に、怖がるどころか普通に戦っている。
やっぱり探索者っていうのは、こういう人達がなるものなんだろう。
俺には到底——。
「そこのおじさん!!」
「え?」
お、おじさん?と、そんな疑問を持つ暇もなかった。
「後ろ!!」
振り返る。
「⋯⋯は?」
レッドドラゴンと目が合った。
巨大な口が開く。
その奥に、赤い光が集まっていた。
「ブレス来る!」
「避けて!!」
⋯⋯いや、無理だ。距離が近すぎる。
ドラゴンの口の中で炎が膨れ上がっていく。
「玲奈さん!」
「やってる!」
玲奈さんと呼ばれていた女性が必死に手を伸ばしている。
「『固定』!」
一瞬だけ、ドラゴンの頭が停止した。
しかし。
「ダメ!止められない!」
すぐに固定が外れる。
——次の瞬間、巨大な炎が放たれた。
「おじさーん!!」
⋯⋯死ぬ。
頭の中に、それだけが浮かんだ。
まだ炎が届いていないのに、肌が焼けるような熱を感じる。逃げられない。防げない。銃なんて当然役に立たない。
⋯⋯何か。何か無いのか!?俺に出来ることは、何か!?⋯⋯間違いなくこのままじゃ死ぬ!!
手元には何もない。あるのは——。
「⋯⋯『清掃』!」
咄嗟だった。
普段、床についた血や死体を消しているだけのスキル。ただ掃除するだけのハズレスキル。
そんなものを、迫ってくる炎へ向けて使った。
当然、意味なんて無いと思っていた。しかし——。
「⋯⋯え?」
俺の目の前まで迫っていた炎が——消えた。
まるで最初から何も無かったように。
「⋯⋯⋯⋯」
場が静まり返った。
「⋯⋯⋯⋯は?」
思わず自分の手を見る。
——何だ、今の?
「お、おじさん⋯⋯?」
水野さんも呆然としていた。他の人達も全員固まっている。それはレッドドラゴンも同じだ。
『は?』
『今何した?』
『ブレス消えたぞ』
『え?』
『清掃って言った?』
『清掃????』
『誰あのおっさん』
『いや清掃員だろ。作業着に会社名書いてあるぞ』
『清掃員がドラゴンブレス消したんだけど!?』
「グオオオオオオオッ!!」
「うわっ!」
呆けていたところ、ドラゴンが吠えた。
そうだ⋯⋯驚いている場合じゃない!
ブレスを消されて怒ったのか、ドラゴンが俺へ突進してくる。
「おじさん逃げて!」
「無理ですよこれ!」
逃げようとはした。本当に逃げようとはした。
でも、ドラゴンの速度の方が遥かに速い。
巨大な顔が目前まで迫る。
「くっ⋯⋯!」
怖い。死にたくない。
だから俺は、本当にただ反射的に——向かってきたドラゴンの顔面へ、右拳を振った。
「⋯⋯⋯⋯」
何か、とんでもない音がした。
拳に衝撃を感じた直後、俺より何十倍も大きなドラゴンの身体が、凄まじい勢いで横へ吹き飛んだ。
「え?」
ドラゴンが壁へ激突する。
ダンジョン全体が揺れた。壁へ巨大な亀裂が走り、破片がパラパラと床へ落ちていく。
ドラゴンはそのまま地面へ倒れ、動かなくなった。
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