2話 清掃おじさんビギニング
「はい、はい、はい。⋯⋯分かりました、はい。⋯⋯はいじゃあ博多第一ダンジョンで。はい。⋯⋯はい、向かいますー。はい、はい。失礼しまーす」
俺——田中和彦は、受話器を下ろした。
電話相手は福岡県探索者協会。福岡県に存在するダンジョンの管理を行っている公的機関だ。俺は福岡県福岡市博多区に居を構えるダンジョン清掃業者——博多ダンジョン環境サービスの従業員である。⋯⋯固定電話でやり取りする辺り、本当に2026年か?という感じの古めかしさだが⋯⋯。
「部長。探協から依頼あったので行ってきます。博多第一ダンジョンです」
「おう、気をつけて行ってこいよ」
「はい。田中班、行くぞー」
部長にすかさず報告をすると、俺は自分の班員を集める。
「よーし、今日も張り切って行きますか主任!」
山下浩二36歳。10年以上一緒に仕事をしているベテランの仲間だ。明るく社交的でよく喋る。田中班のムードメーカー的な人材である。妻と小学生の娘がいる。
「今日は博多第一ですか。事務所から近くて助かりますね」
佐々木蓮27歳。入社5年目にして若きエースだ。非常に手際が良く、人当たりも良い真面目な性格をしている。安全管理意識も高く、後進の育成にも力を入れていて、とても頼りがいのあるヤツだ。
「腕がなりますね!」
高橋悠斗20歳。ダンジョン関連の専門学校を卒業したばかりの新入社員だ。まだまだヒヨッコであるが、やる気とガッツは中々ある。特に素直なのが良いところだ。
この3人に、俺を加えた4人が博多ダンジョン清掃サービス株式会社、ダンジョン清掃部、第一現場課の田中班である。
◆
社用車を博多第一ダンジョン横の業者用駐車スペースに停め、荷物を持ってダンジョン入口へ向かう。
福岡県は地方だが、博多はコインパーキングも馬鹿にならない値段だ。デカいダンジョンは業者用駐車スペースがあってとても助かる。たまに田舎の小規模ダンジョンに駐車場が無く、周りにコインパーキングも無くて苦労するケースがあるが⋯⋯あれは勘弁してほしいものだ。
俺たちは大型バンから道具を手にする。
基本装備は、防刃機能を持つ作業着、護身用ハンドガン、護身用ナイフ、モンスター避けアイテム数点、スクレーパー、伸縮式ブラシ、安全センサー、簡易魔素計測器などなど⋯⋯。命懸けの仕事であるので、それなりに重装備だ。
荷物を背負った俺達は、博多第一ダンジョンの管理棟に向かう。全てのダンジョンには管理棟が併設されており、そこには各都道府県の探索者協会の職員と、管理棟専門の嘱託職員などが常駐している。
清掃業者の担当職員さんに声をかけると、スムーズに処理が進んでいく。
「今回はこちらのマップをお願いします」
「承知しました」
「では解錠しますね。よろしくお願いします」
清掃区域マップが記録されたタブレットを受け取り、業者用出入口からダンジョンへ侵入する。
◆
一般的にダンジョン清掃業者は、各都道府県庁が行う一般競争入札で仕事を請け負う。
無事契約が出来れば、各都道府県庁の配下組織である探索者協会から依頼を貰い、依頼を受けたダンジョンの清掃作業を行う。
清掃作業時は、探索者協会の公認探索者が護衛に付いてくれる。その為、清掃業者が戦闘には参加しない。先行隊が作業場のモンスターを殲滅し、護衛隊はその間と作業時にモンスターの襲撃から護衛してくれる。さらに、モンスターを倒すとそこには数時間モンスターが出現しなくなる。また、先行隊出動から清掃作業が終わるまで、一般探索者の探索を禁止している。余計な事故を起こさないためだ。
これらの運用により、この19年間一度もモンスターと会っていない。安全第一だ。
清掃作業はダンジョンの清掃と探索者の遺体回収が主な作業だ。
日本人はかなり安全マージンを取って挑むため、探索者の死亡率は0.1%程度だ。それでも年に数人は遺体を回収している。特に若い子が多い傾向があり、おじさんとしては何とも居た堪れない気持ちだ。
「HDCSさん、先行処理完了しました。よろしくお願いします」
「承知しました。護衛隊の皆さん、よろしくお願いします」
「はい!お願いします!」
各種点検、準備を終えた俺たちはダンジョン内専用の装甲車を走らせる。
各階層に数台、清掃業用の装甲車が置かれており、コイツを使ってダンジョンを駆け巡り作業を行う。
既に1〜13階層の作業は終わっており、今は14階層の作業だ。
拠点から車を1分ほど走らせ、清掃エリアに到着するとすぐに車を降りる。パパッと作業を済ませるとしよう。
「『清掃』」
ダンジョン清掃業者が絶対に持っているスキル『清掃』。これは清掃を行うシンプルなスキルである。
スキルの出力は人によって異なるが、概ねゴミを消したり綺麗にするような力だ。
俺は清掃スキルを発動し、エリア一体の魔物の死体や贓物などを消し去った。
「相変わらず田中さんの『清掃』スキル、ぶっ飛んでますよね⋯⋯」
「ははは⋯⋯まぁ、この道19年ですからね。これくらいは」
護衛隊の公認探索者さんに褒められ、少し照れてしまう。
清掃スキルなんて大したことないスキルだ。掃除には便利だけど、戦闘では全く役に立たない。まぁこのスキルがあればダンジョン清掃業の仕事には困らないけど⋯⋯。
このスキルはダンジョン清掃業者には必須のスキルだ。勿論、田中班の全員が清掃スキル持ちである。
山下は広範囲清掃が得意だ。俺ほどの出力は無いため、死体をそのまま消し去ることなどは難しいが、血痕や小さなゴミを消すのが上手い。
佐々木は範囲こそ狭いが出力が高く、俺と同じようにモンスターの死体を消し去ることができる。ただ、大きなモンスターとなると効果範囲の狭さで消し去ることが出来ない。
高橋はまだ小さな清掃しかできないため、普通に道具を使った清掃をしている。
俺がザックリ全体を綺麗にし、他の班員が清掃スキルと道具を使って仕上げをしていくのが田中班の作業方法だ。
「主任!これ重すぎて動かせないです!」
「ん?落し物か?」
作業をしていると、落し物やモンスターのドロップ品、何かしらの事故で発生した物が落ちていたりする。
呼びかけてきた高橋の元へ行くと、1メートルサイズの大きな剣が転がっていた。これは良く見る、オーク——大型の人型モンスター——が持ってる大剣だ。高橋は両手で持ち上げようとしているが、ビクともしないようだ。
「全く⋯⋯。高橋はもっと鍛えろ。こんな41のオジサンに重たい物を持たせないでくれよ」
そう言って俺は剣を片手で持ち上げる。
⋯⋯そんなに重くないじゃないか。高橋は相変わらず非力だな⋯⋯。
「主任の馬鹿力が異常なんですよ⋯⋯」
「そんな事無いだろ。高橋が特別非力なんだよ。ほら、佐々木とかは色々簡単に運んでるだろ」
「佐々木さんはゴリラっすからね⋯⋯」
「高橋。俺のことゴリラって言ったか?」
「言ってない!言ってないっす!」
佐々木が高橋を詰めている光景を尻目に、剣の落し物を装甲車に積む。ズシンと装甲車が揺れた。
仕事の続きをする為、装甲車を後にした。その時————。
「!?総員、退避!退避!!!」
護衛隊リーダーの公認探索者さんが声を張り上げる。
なんだ?こんな事、今まで無かったのに——。
顔を上げると、清掃担当マップの向こう側から——ドラゴンがやって来た。
⋯⋯ドラゴン?え?ドラゴン⋯⋯?
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