1話 清掃おじさん
⋯⋯どうしてこうなったんだろう。
目の前には、今をときめく20代の女性エース探索者チーム。
A級探索者のリーダーを筆頭に、メンバー全員がB級以上。全員が若くて芸能人顔負けのルックスを持つ、探索者界のアイドル的存在だ。
一方俺は、福岡県にある中小のダンジョン清掃業者に勤める、どこにでもいる普通のおじさんだ。まさに月とスッポン。本来なら、一生交わることのない人種だろう。
⋯⋯その筈なのに、何故か俺の横には水野夏希——史上最年少でA級に到達した天才美少女探索者——が立っていて、俺を画角に収めるようにカメラを内カメラにして向けている。
「みんな、やっほー!今日も楽しくダンジョン攻略やっていくよー!」
『夏希ちゃんキター!』
『やっほー!』
『お?横のおじさんは』
『あ、あれは!』
「今日は、前の配信で話題になったバズり人⋯⋯!あの!清掃おじさんこと、田中さんに来てもらいましたー!」
「⋯⋯あ、あの。何かすみません⋯⋯」
『清掃おじキター!!』
『清掃おじさんよろしくー!』
『まだこんな化け物が隠れていたとは』
『今日もワンパン頼みます!』
『なんで作業着なんだよ!』
『博多ダンジョン環境サービスの看板背負いすぎワロタ』
『エグい広告効果あるだろ』
『流石に社長から特別ボーナス出るんだよね?』
俺の登場に、コメント欄は大盛り上がりのようだ。
⋯⋯言いたい放題言ってくれてるなぁ。会社は今、色々電話来て大変なんだからな。いや、まぁ俺のせいなんだけど⋯⋯。
「田中さん、今日はよろしくお願いしますね」
「黒川さん。はい、よろしくお願いします。むしろお邪魔しちゃってすみません⋯⋯」
「なっちゃんが田中さんを熱烈スカウトしたんだし、気にしなくていいって!」
「あはは⋯⋯そう言ってくれると助かります、小宮川さん」
「何か困った事があったら教えてくださいね、田中さん」
「了解です、橘さん」
俺に話しかけて来たのは、水野さんのチームメイトの方々だ。全員がB級であり、とびきり美人である。
男だらけの職場で仕事一筋だった俺としては、正直ちょっと緊張する。まあ、俺みたいなおじさんが変に意識する方が失礼だろうし、なるべく普通に接するようにはしているけど。
そんなこんなで準備が出来た俺たちは、5人でダンジョンを歩いていく。
ここは博多第三ダンジョン29階層。適正等級はBからA級の高難易度階層である。仕事で来る時はモンスターが居ない場合にしか来ないため、モンスターが居ると分かった状態で行くのは結構緊張する。
そうして歩くこと数分。索敵係の小宮川さんが俺たちを手で制した。
「みんな、気をつけて!オーガの群れだよ!ロードにマジシャンもいる!」
オーガはB級上位に位置する人型モンスターだ。
さらに最悪な事に、オーガ・ロードやオーガ・マジシャンといった派生型のオーガはA級のモンスターである。とてもでは無いが、ただの清掃員が相手できるわけないレベルのモンスターだ。
「じゃあ田中さん、お願い!ヤバくなったら助けに行くから!」
「え、えー⋯⋯本当に俺が戦うんですか⋯⋯?」
「私たち全員すぐ後ろにいるから!危ないと思った瞬間に助けるし、絶対ドラゴンよりは弱いから!」
水野さんから無責任な応援を受けた俺は、おっかなびっくり前に出る。装備らしき装備は無い。清掃業用の作業服に、清掃道具が幾つかあるだけだ。
一応会社から支給されている自衛用の銃や、モンスター避けの道具等はあるけれど、こんな上位のモンスター相手では役に立たないだろう。
「やるしか無いのか⋯⋯。もうこれ、晒し者の刑とかでしょ⋯⋯。ネットリンチ⋯⋯ネットのおもちゃ⋯⋯」
全世界に情けない自分の姿が拡散される光景を想像し、ぶるりと震えてしまう。いや、その前にそもそもオーガに嬲り殺されてしまう可能性の方が高いかも。水野さん、マジで助けてくださいよ⋯⋯!
一人でオーガの前に立つと、オーガが斧を振り上げた。
ええい、ままよ!どうにでもなれ!
力いっぱい地面を蹴り、そのまま俺は斧を振り上げるオーガへ最接近する。ぶつかる寸前、技術も何も無いただの右ストレートを振り抜くと、オーガの肉体はくの字に曲がり、はるか後方へと凄まじい速度で吹っ飛んでいった。
『うおおおお!出たー!!』
『清掃おじのワンパンチきたー!!』
『何あれ人間業じゃねえだろwww』
『地面ひび割れてるのヤバい』
『ダンジョンの地面に傷付けれるのおかしいだろwww』
「ふぅ⋯⋯ふぅ⋯⋯ま、マジか⋯⋯」
あの日と同じだ。まさか、俺がB級上位のオーガを一撃で殴り飛ばせるなんて。
吹っ飛んだオーガは、数体のオーガを巻き込んで死んでいる。勢いが強すぎて、巻き込まれたオーガは体がめちゃくちゃに潰れて死んでいた。⋯⋯本当に俺がやったとは思えない光景だ。
精神的な疲れで切れた息を整えていると、後方で何か光が見える。目を凝らすと、そこには魔法の杖を掲げるオーガ——A級モンスター、オーガ・マジシャンが魔法を唱えていた。
オーガ・マジシャンの杖の先には、青い炎の塊が形成されている。大きさは人間の倍はあるオーガよりも遥かに大きい。あんな魔法を喰らえば、只では済まないに違いない。
俺は咄嗟に手をかざす。先日、ドラゴン相手に行ったように——俺の相棒、『清掃』スキルを行使した。
「『清掃』!」
「!?」
清掃スキルを発動すると、オーガ・マジシャンが練り上げていた魔力が霧散し、炎の魔法が塵になって消えた。あの日、ドラゴンのブレスを『清掃』したのと同じように。
『キタキタキター!!』
『清掃じゃねえだろwwwww』
『清掃おじのチート清掃スキル!!!』
『清掃スキル持ちワイ、探索者としての希望に満ち溢れる』
『やめとけ。清掃おじの清掃スキルが異常なだけで、普通の清掃スキルはマジで清掃しかできないから』
『清掃って文字がゲシュタルト崩壊してきた』
俺は近くのオーガに駆け寄って、筋骨隆々の腕目掛けて蹴りあげる。オーガの腕はそのまま蹴りで千切れ、たちまち斧を地面に落とした。
俺よりも大きなその斧を拾うと、再度魔法の行使を始めようとしていたオーガ・マジシャンに向けて投げる。斧自体は軽かったが、その大きさ故か、見当違いの方向に飛んで行った斧は、意図せずふんぞり返っていたオーガ・ロードの首を撥ねた。
『やっっっば!!』
『あの斧って、確か250キロくらいあったよな?』
『あんな、ヒョイって摘んでヒョイって投げるみたいな⋯⋯』
『冷静に人間業じゃなさすぎるwww』
『オーガ・ロードも斧投げてワンパンじゃん』
「やっぱり、身体能力は高くても技術がてんでダメなんだな⋯⋯。シンプルに近付いて殴る、蹴るとかしか無理そうだ⋯⋯」
コメント欄は盛り上がっているようだが、俺は見当違いの方向に飛んで行った斧を見て軽く嘆いていた。
結局俺はオーガ・マジシャンの魔法を清掃スキルでかき消し、一気にオーガ・マジシャンの元へ接近して一撃殴って沈めた。
ほっと一息つく暇もなく、残りのオーガ達が一斉に攻めてくる。
「ああもう!まとめて来るなって!」
数の暴力に怒りを覚えながら、オーガたちの側面へ駆ける。そのまま、一番右にいたオーガへ、助走のついたドロップキックをお見舞いしてやる。
オーガはそのまま横へ吹き飛び、横一列で攻撃しようとしてきたオーガをまとめて肉塊へと変えた。
結果として、オーガの群れ——派生型含む——24体は見るも無惨な死体になったのである。
⋯⋯なんか、倒せちゃったな。
放心していると、カメラを構えたままの水野さんが駆け寄ってきた。
「田中さん!ヤバすぎだよ!!なんでそんな強いの!?」
「あ、水野さん。お疲れ様です。意外となんとかなりましたね⋯⋯」
「なんとかなったレベルの話じゃないよ!?」
「あはは⋯⋯。あ、掃除しないと」
俺は地面に転がる死体の山を見て、すかさず仕事のスイッチが入る。
そうだ。俺の本業はこっち————ダンジョンの清掃である。オーガ達の死体や、血や臓器をこの世界から消し去ることをイメージして————スキルを発動。
「『清掃』」
これは、探索者をとっくの昔に諦めたただの清掃員のおっさんが、何故か世界最強と呼ばれ、ついでに世界まで救ってしまう物語である。
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