57話 清掃おじさん、大阪に行く
天城姉妹と飲んだ翌朝。
俺は東京駅の新幹線ホームにいた。⋯⋯勿論、ホテルに帰ったぞ。
「それじゃあ、田中さん。またね」
「大阪で死なないでよ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ⋯⋯」
目の前には空さんと海さんがいる。
本来なら二人も一緒に大阪へ向かう予定だったのだが、今朝になって予定が変更された。
昨日、渋谷第十ダンジョンの異常魔素を清掃したことで東京の状況は落ち着いたものの、全国に残っている六ヶ所の異常魔素地帯は依然として危険な状態にある。
異常魔素そのものは増えていないが、濃い魔素に引き寄せられているのか、普段ならもっと深い階層にいるはずのモンスターが上層へ現れるケースが増えているらしい。博多第一ダンジョンでレッドドラゴンが出現した現象と似た現象だ。
特に静岡と愛知では、その数が少しずつ増えていた。
そのため、俺が大阪で異常魔素を清掃している間、天城姉妹は静岡と愛知へ向かい、危険なモンスターを間引いておくことになった。
「二人だけで大丈夫なんですか?」
昨日あれだけ二人の強さを見たにもかかわらず、つい聞いてしまった。
空さんの眉がピクリと動く。
「誰に言ってるの?」
「いや、分かってますよ。強いのは」
「だったら心配いらないわ。異常魔素の中心には近づかないし、出てきたモンスターを倒すだけなら何の問題もないもの」
「姉さん、昨日アラクネ一発で倒してから機嫌いいんだよ」
「海!余計なこと言わなくていい!」
昨日から思っているが、海さんがいると空さんの格好良さが長続きしない。
「海さんも気をつけてくださいね」
「うん。田中さんも」
「俺は獅子堂さんがいますから」
「そっちの方が心配」
「⋯⋯それはちょっと分かります」
「じゃあ、大阪終わったら連絡して」
海さんが言う。
「はい」
「ちゃんとしてね」
「何をです?」
「連絡」
「しますって」
何故か念を押された。
空さんが隣でこちらを見ている。
「⋯⋯私にもよ」
「え?」
「海だけじゃなくて、私にも連絡しなさいって言ってるの」
「ああ、もちろんですよ」
答えると、空さんは満足したように小さく頷いた。
昨日の夜、仕事じゃなくても東京へ来る時は連絡しろと言われたばかりだ。
知り合って三日目なのに、随分距離が縮まった気がする。
『まもなく——』
ホームに新幹線到着のアナウンスが流れる。
「それじゃあ、行ってきます」
「ええ」
「またね、田中さん」
二人と別れ、新幹線へ乗り込んだ。
東京から新大阪までは二時間半ほど。
昨日までS級探索者とダンジョンへ潜ったり、双子の家で酒を飲んだりしていたせいか、新幹線の座席に座っているだけで妙に安心する。
誰も殴ってこないし、爆弾も飛んでこない。
突然背後に瞬間移動してくる人もいない。
⋯⋯平和って素晴らしいな。
駅弁を食べ、スマホを触り、少しだけ眠る。
こんな普通の移動時間がありがたく感じるようになるとは思わなかった。
◆
新大阪駅に到着し、改札を抜けた。
探協の人が迎えに来てくれていると聞いていたので、それらしい人を探す。
「おっちゃーーーーん!!」
聞き覚えのある大声が響いた。
⋯⋯帰りたくなった。
「こっちやこっち!」
人混みの向こうで、獅子堂さんが大きく手を振っている。
もう普通に立っていた。
この間は床に転がったまま指一本まともに動かせなかったはずなのに、今では何事もなかったように元気だ。
「獅子堂さん⋯⋯もう大丈夫なんですか?」
「おう!完全復活や!」
獅子堂さんが俺の肩を叩く。
痛い痛い。
「白峰さんに治してもらった腕も?」
「バッチリや!ほれ!」
「いや、見せなくていいです」
目の前で腕をぐるぐる回し始めたので止めた。
「しっかし良かったわ!大阪来てくれて!」
「仕事ですからね」
「そない固いこと言わんでええやん。せっかく大阪来たんやから楽しんでいき!美味いもんも食わせたるわ!」
「ありがとうございます」
思っていたより普通の歓迎だ。
安心した、その直後だった。
「ほな行こか!」
「どこへです?」
「俺の会社や!」
「探協じゃないんですか?」
「その前にウチ寄ってこ!みんな、おっちゃん来るん楽しみにしとったんやから!」
「⋯⋯みんな?」
嫌な予感がした。
◆
獅子堂さんが経営する探索者会社は、俺が想像していたよりずっと大きかった。
「⋯⋯デカいですね」
ビルを見上げながら呟く。やはり、東京も大阪も大都会だ。この人達からすれば、博多は田舎だろうな⋯⋯。
「まあまあやな!」
「これでまあまあなんですか?」
一階には受付があり、奥には探索者用の装備品が並んでいる。上の階には事務所だけではなく、トレーニング設備や会議室もあるらしい。
所属している探索者もかなり多いようだ。
さすが日本最強の探索者が社長をしている会社である。
「ほな、入ろか!」
「はい」
自動ドアを抜ける。
その瞬間——。
「来たぞ!!」
誰かが叫んだ。
「え?」
受付前にいた人達が、一斉にこっちを見る。
探索者らしい格好をした男女が数十人。
事務員らしき人達までいる。
「清掃おじさんや!」
「マジで本人!?」
「うおおおお!」
「社長ぶっ飛ばした人や!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
一気に囲まれた。
「田中さんですよね!?」
「はい、そうですけど⋯⋯」
「社長倒したってマジですか!?」
「いや、あれは——」
「ほんまに社長ぶっ飛ばしたんですか!?」
「腕グチャグチャにしたって聞いたんですけど!」
「社長が人間相手に五重使ったって本当ですか!?」
「清掃員って何なんですか!?」
「俺が聞きたいですよ!」
質問が多すぎる。
しかもほぼ獅子堂さんとの模擬戦についてだった。
「ちょっと獅子堂さん!何話したんですか!?」
俺が振り返ると、獅子堂さんは腹を抱えて笑っていた。
「いやぁ、昨日会社戻ってから話しただけやで?」
「どこまで!?」
「そら最初から最後までや」
「全部じゃないですか!」
そりゃこうなるわ。
「社長、三重でも勝てなかったんですか!?」
一人の若い男性探索者が聞く。
「いや、それは違います」
俺は即座に訂正した。
「あの時は俺が完全に押されてました。普通に続けてたら俺が負けてますよ」
「え?」
社員達が獅子堂さんを見る。
「⋯⋯社長?」
「まあ、せやな」
「じゃあ何でクアッドまで上げたんです?」
「楽しかったからや!」
獅子堂さんが満面の笑みで答える。
社員達が揃って嫌そうな顔をした。
「またそれですか⋯⋯」
「社長、前からそういうとこありますよね」
「勝てる時に普通に勝てばいいのに」
「ほんで最後五重使って一日動けんようになったんですよね?」
「せや!」
「アホや⋯⋯」
「アホですね」
「アホやな」
「お前ら社長に向かって言い過ぎちゃう!?」
社員からの扱いが思ったより雑だ。
ただ、嫌われている感じは全くしない。
むしろみんな楽しそうに獅子堂さんを弄っている。
「でも田中さん、あの社長と殴り合えるだけでもヤバいですよ!」
別の男性が興奮した様子で近づいてきた。
「しかも天城姉妹にも勝ったんですよね!?」
「いや、それも相性が良かっただけで——」
「ベヒーモスも素手で倒したんですよね!?」
「それはまぁ⋯⋯」
「清掃員なんですよね!?」
「はい」
「意味分からん!」
「だから俺も分からないんですって!」
最近これを説明する機会が多すぎる。
俺は普通に働いていただけなのに、何故全国各地で職業を疑われているのだろう。
「社長!」
今度は女性探索者が獅子堂さんに声をかけた。
「田中さん、うちに引き抜きましょうよ!」
「おっ、ええな!おっちゃん、ウチ来る?」
「行きませんよ」
「即答!?」
「俺、清掃員辞める気無いですし」
「結構給料出すで?」
「今の会社からも貰ってます」
「年収なんぼ?」
「それ聞きます?」
「じゃあ倍出したる!」
「雑な引き抜き方やめてください!」
周囲から笑い声が上がる。
駄目だ。
大阪に来てまだ三十分も経っていないのに、もう疲れてきた。
東京では空さんがよく喋るようになっただけで驚いていたのに、こっちは会ったこともない人達が最初から全力で距離を詰めてくる。
県民性なのか、この会社がおかしいのか、それとも獅子堂さんの周囲だけこうなのか⋯⋯。
「はいはい、そこまでや!」
獅子堂さんが手を叩いた。
「おっちゃん困っとるやろ。今日は仕事で来てもろてんねんから、続きは帰ってきてからにせぇ!」
「帰ってきてからもあるんですか!?」
「当たり前やろ!」
「勘弁してください⋯⋯」
社員達が笑いながら散っていく。
ようやく解放された。
「人気者やな、おっちゃん」
「誰のせいですか⋯⋯」
「ええ会社やろ?」
獅子堂さんが嬉しそうに社員達を見る。
その表情を見て、少しだけ納得した。
この人が自分で会社を作って、後輩を育てながら探索者を続けていると聞いた時は、もっと厳しい組織を想像していた。
実際は随分賑やかだ。
獅子堂さん自身がこの性格なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
「今日一緒に潜る奴らも紹介したるわ」
「お願いします」
獅子堂さんについていき、奥のトレーニングスペースへ向かった。
◆
「この三人が今日連れてくA級や」
紹介されたのは、全員獅子堂さんの会社に所属する探索者だった。
30代くらいの大柄な男性、20代後半くらいの女性、そして俺と同じくらいの年齢に見える男性。
装備を見るだけでも、かなり経験を積んでいることが分かる。
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、三人もそれぞれ挨拶を返してくれた。
さっきまでの社員達よりは落ち着いている。
良かった。
「田中さん」
大柄な男性が俺を見る。
「はい?」
「一個だけ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「社長ぶっ飛ばしたって本当ですか?」
「あなたもですか!?」
三人とも笑った。
全然落ち着いてなかった。
「いやぁ、気になるじゃないですか」
「社長、昨日戻ってきてからずっと田中さんの話してたんですよ」
「『あのおっちゃん最高や!』って」
「やめぇ!本人おる前で言うなや!」
獅子堂さんが珍しく慌てた。
「⋯⋯そんなに話してたんですか?」
「五回くらい同じ話聞きました」
「五重で壁に突っ込んだところまで自慢してましたよ」
「そこ自慢するところです?」
「ええねん!楽しかったんやから!」
楽しければ何でもいいらしい。
ただ、これだけ社員に慕われている理由は少し分かった気がする。
「それより、そろそろ行きましょうよ」
女性探索者が笑いながら言った。
「探協の人達、待ってるんじゃないですか?」
「せやったな。ほな行こか!」
ようやく仕事が始まる。
◆
大阪で異常魔素が確認されているのは、梅田第二ダンジョン。
大阪駅周辺の地下に広がる大型ダンジョンで、普段は関西でも有数の探索者数を誇る場所らしい。
現在は渋谷と同じく完全閉鎖されている。
入口周辺には探協の職員と警備員が配置され、一般の探索者は一人もいない。
「東京と似てますね」
俺は準備をしながら周囲を見る。
「まあ状況はほとんど一緒やからな」
獅子堂さんが装備を確認しながら答える。
「異常魔素が出とるんは17階や。そこまでの道中におるモンスターは俺らで全部片付ける。おっちゃんは後ろから付いてきて、死体の清掃と最後の異常魔素頼むわ」
「分かりました」
今回は天城姉妹の代わりに、獅子堂さんとA級探索者三人が護衛についてくれる。
昨日と比べれば人数も多い。
獅子堂さん自身の強さも嫌というほど知っている。
なのに、何故だろう。
「獅子堂さん」
「ん?」
「今日は絶対、変なことしないでくださいね」
「変なことって何や?」
「必要ないのに倍率上げたりとか」
「大丈夫やって!今日は仕事やからな!」
ものすごく信用できない。
「社員さん達も止めてくださいよ」
「いつも止めてます」
「止まらないんですよ、この人」
「社長、強いモンスター見るとテンション上がるんで」
「お前ら俺を何やと思っとんねん!」
三人から即座に返され、獅子堂さんが叫ぶ。
俺は溜息を吐いた。
東京ではS級の美人双子に振り回され、大阪では暑苦しい社長とその社員達に振り回されている。
全国出張というのは、思っていたより体力を使うらしい。
「ほな、行くで!」
獅子堂さんが先頭に立つ。
「梅田第二ダンジョン、攻略開始や!」
「お願いします」
俺はいつもの清掃道具を背負い直し、四人の探索者の後に続いた。
大阪に到着してから既に少し疲れているが、本番はここからだ。
そしてこの時の俺は、獅子堂さんが会社の社長としてだけではなく、探索者として何故ここまで社員達に慕われているのかを、まだちゃんとは知らなかった。
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