56話 清掃おじさん、写真を撮る
なんだかんだ酒が進む。汗を流した後のビールは美味い。あと、なんかツマミが高そうで美味い。
最初に感じていた緊張も、気付けばかなり薄れていた。
空さんは外で見るよりよく喋るし、海さんは家ではさらに自由だった。
俺の皿から勝手に唐揚げを取ったり、ソファへ移動した後はクッションを抱えて寝転がったりしている。
「海、自分の食べなさいよ!」
「えー。田中さんの方が美味しそうだったんだもん」
「同じものじゃないですか⋯⋯」
「人の皿の方が美味しい」
「子供ですか」
そう言うと、海さんがこちらを向いた。
「じゃあ田中さんも食べる?」
持っていた箸で、唐揚げをこちらへ差し出してくる。
「いや、自分で取りますよ」
「はい」
「⋯⋯」
引っ込めない。
「海」
空さんが低い声を出した。
「何?」
「何してるの」
「田中さんにあげてる」
「それくらい見れば分かるわよ!」
何で空さんが怒ってるんだ。
「田中さん、食べないの?」
「いや⋯⋯食べますけど」
仕方なく口を開ける。
海さんがそのまま唐揚げを入れてきた。
「美味しい?」
「美味しいですけど⋯⋯」
何だこれ。
41歳のおじさんが26歳の美人に、あーんで食べさせてもらっている。どういう状況なんだ⋯⋯。
「⋯⋯海。酔ってる?」
「ちょっと」
「やっぱり!」
空さんが頭を抱える。
「海、酔うと距離感おかしくなるのよ」
「普段から結構おかしくないですか?」
「それもそうね」
「姉さん酷い」
海さんが不満そうに俺の肩へ軽く寄りかかってくる。
「ちょ、海さん!?」
「何?」
「近いですって!」
「別にいいじゃん」
柔らかい髪が頬に触れそうな距離にある。
さっきから良い匂いするし、家着だから服装もラフだし、本当に勘弁してほしい。
「海、離れなさい」
空さんが海さんの腕を引っ張った。
「何で?」
「田中さん困ってるでしょ」
「姉さんも隣座れば?」
「は?」
「三人で座ればいい」
「何でそうなるのよ!」
いやほんと、何でそうなるんだ。
しかし空さんもかなり酔っ払っており、何故か「海には負けないわ!」とか言って、反対側の隣に座ってきた。
意味が分からない。
広いソファなのに、俺を真ん中にして三人並んでいる。
「⋯⋯狭くないですか?」
「海が詰めるからでしょ!」
「姉さんも近いよ」
「あなたが押すからでしょ!」
二人が俺を挟んで言い合う。
なんか、凄く良い匂いがする。それに、とても柔らかい。俺これお金払わなくて良いのかな?全国の天城姉妹ファンに殺されかねないよね?
「そうだ」
海さんが突然身を起こした。
「写真撮ろう」
「写真?」
「三人で」
空さんの顔が露骨に嫌そうになる。
「嫌よ」
「別にSNSには載せないよ」
「なら何のために撮るのよ」
「記念」
海さんはそう言うと、俺を見る。
「田中さん、スマホ貸して」
「俺のですか?」
「私のスマホに残すと姉さん嫌がるから。田中さんならSNSしないでしょ」
「まぁそれは、はい」
あまり状況が分からないままスマホを渡すと、海さんがカメラを起動した。
「もっと寄って」
「十分近いでしょう」
「入らない」
海さんが俺の腕に身体を寄せる。
反対側では、渋々付き合うことにした空さんも肩が触れるくらいまで近づいてきた。
近い⋯⋯。お酒のせいで二人とも頬が少し赤い。
しかも家着なので、探索者として外にいる時とは全然雰囲気が違う。
海さんはソファで寝転がっていたせいか、ゆったりした服の首元が少しずれている。空さんの大きめのTシャツも片方の肩が少し出ていて、本人は全く気にしていないようだった。
「海さん、ちょっと服——」
「撮るよ」
「え、ちょ——」
海さんがシャッターを押した。
「もう一枚」
「待ってくださいって!」
今度は海さんが俺の肩へ顎を乗せる。
「海!」
「姉さんももっと近づいて」
「何で私まで!」
「三人の写真だから」
「⋯⋯もう!」
文句を言いながらも、空さんがこちらへ寄ってくる。
俺の肩に空さんの肩が触れ、反対側からは海さんがほとんど身体を預けるようにくっついている。
この状態で写真に残るのはマズくないだろうか。
「はい」
また撮られた。
「最後」
「まだ撮るんですか!?」
海さんが笑い、今度は俺の腕を軽く掴んだままスマホを少し高く持ち上げる。
空さんも諦めたのか、俺の隣で小さく笑っていた。
三枚目の写真が撮られる。
「出来た。ふふふ、盛れてる盛れてる」
海さんが満足そうに俺へスマホを返してきた。
「⋯⋯これ、大丈夫です?」
写真を見る。
真ん中に俺。左右に天城姉妹。
家着姿で、二人とも少し酒が入っているせいか普段より表情が柔らかい。
特に最後の一枚は、海さんが俺の腕にくっつき、空さんもすぐ隣まで寄っている。服装もかなりラフなせいで、外で見る二人とは全く違う写真になっていた。
普通に考えれば、絶対に世間へ出してはいけないやつだと思う。
「絶対SNSに載せないでよ」
空さんが念を押す。
「載せませんよ!怖すぎます!」
「人にも見せないでよ!」
「分かってますって!」
「これが世に広まったら、私は何がなんでも田中さんを殺すわ」
「S級探索者が洒落にならないこと言わないでくださいよ!!」
◆
それからもしばらく三人で飲み、夜も遅くなる前に帰ることにした。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
玄関で靴を履きながら頭を下げる。
「こっちこそ。渋谷も助かったわ」
「また来てね」
海さんが普通に言った。
「え、また来ていいんですか?」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど⋯⋯」
「じゃあいいじゃん」
海さんらしい。
「田中さん」
空さんが俺を見る。
「次に東京来る時も連絡して」
「はい。仕事で来る可能性は高そうですしね」
「仕事じゃなくてもよ」
「え?」
空さんが一瞬黙った。
「⋯⋯何でもない。早く帰りなさい」
「えぇ⋯⋯」
何で怒られたんだ。
海さんが横で笑っている。
「姉さん、分かりやすい」
「海!」
「それじゃあ、お邪魔しました!」
これ以上巻き込まれる前に逃げるように玄関を出た。
エレベーターへ向かいながら、さっき撮った写真をもう一度思い出す。
VIVIDの四人と知り合った時も思ったが、最近どう考えても俺の女性関係がおかしい。
福岡には20代の美人探索者四人組。
東京ではS級の美人双子。
俺は41歳のダンジョン清掃員である。
「⋯⋯人生って分かんないなぁ」
とりあえず、今日撮った写真だけは絶対に他人に見せないようにしよう。
そんなことを考えながら、俺はホテルへ戻った。
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