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55話 清掃おじさん、双子の家に招かれる

 渋谷第十ダンジョンを出た頃には、すっかり夕方になっていた。

 探協の職員さん達に出迎えられ、異常魔素が完全に消えたことを改めて確認してから簡単な報告を済ませる。これで今日の仕事は終了らしい。


 明日からどうするのかは、他の地域の状況を確認してから決めるという。


「それじゃあ、俺はホテルに戻りますね」


 借りていた装備を返し終え、二人にそう告げた。


「何言ってるの?」


 空さんが不思議そうな顔をする。


「え?」

「今からうちに来るわよ」

「⋯⋯はい?」


 聞き間違いかと思った。


「渋谷の異常を片付けたんだから、お祝いするに決まってるでしょ」

「いや、決まってはないと思いますけど⋯⋯」

「姉さん、朝からそのつもりだったよ」


 海さんが横から補足する。


「冷蔵庫にお酒いっぱい入れてた」

「それは別に今日のためじゃ——」

「昨日買ってた」

「海!」


 どうやら本当に予定されていたらしい。


「いや⋯⋯⋯⋯でも、いいんですか?俺が家に行って」


 天城姉妹は有名人だ。

 S級探索者というだけでも当然有名なのだが、この二人の場合、それ以上に徹底してプライベートを表に出さないことで知られている。


 取材も必要最低限しか受けない。テレビ番組への出演もほぼ断る。SNSも探協やスポンサー絡みの告知くらいしかせず、私生活の写真なんてほとんど出さないらしい。


 特に空さんは、探索者以外の仕事そのものをあまり好んでいない。

 そんな二人の家に、知り合って二日目の俺が入っていいものなのだろうか。


「別に、田中さんならいいよ」


 海さんがあっさりと言った。


「⋯⋯そういうものですか?」

「嫌なら誘ってないわよ」


 空さんも当然のように言う。


「それに、あなた今日働いたでしょ。私たちも働いた。だったら打ち上げくらいしてもいいじゃない」

「まぁ、それはそうですけど⋯⋯」

「じゃあ決まりね」

「決まるの早いなぁ⋯⋯」


 こうして俺は、東京に来て二日目にしてS級探索者の自宅へお邪魔することになった。



◆



「お、お邪魔します⋯⋯」

「何でそんな緊張してるの?」

「しますよ!」


 案内されたのは港区のタワーマンションだった。

 さすが日本に四人しか居ないS級探索者だ。探索者業一本で、港区のタワーマンションに住める稼ぎがあるのは凄まじい。


 詳しい場所は絶対に誰にも言わないでと言われた。

 当然である。こんな有名人二人の住所なんて漏らしたら、俺の人生まで終わりかねない。


 エントランスからして俺が普段住んでいる世界とは違った。

 何重にもセキュリティを通り、エレベーターで上へ向かう間も、俺はずっと落ち着かなかった。


「田中さん、顔固い」


 海さんが笑う。


「いや⋯⋯なんか、生まれて初めてタワマンってやつに入るので⋯⋯」

「福岡には無いの?割と都会なんでしょ?」

「いや、福岡は——」


 福岡は空港が都心部近くにあるため、建物の高さ制限が厳しく、博多や天神に高層ビルやマンションが無い。福岡市東区には高層マンションがあるにはあるが、やはり東京の本物は威厳が違う⋯⋯ような気がする。

 といった説明を空さんと海さんに話す。


「へぇー、興味深いわね」

「福岡来たこと無いんですか?」

「無いわね。東京生まれ東京育ちで、探索者も東京でしか活動してないから」

「イベントとかで呼ばれたりとか無いんですか?」

「あっても断ってるわよ。私たちは客寄せパンダになるつもりは無いわ」


 サラッと黒髪を払って、空さんが答える。

 ⋯⋯うーん、格好いい。なんだか仕事人って感じだ。


「⋯⋯何よ」

「あ、いえ!なんか真っ直ぐで格好いいなと!」

「!」


 空さんが顔を逸らす。すかさず海さんがニヤリと笑った。


「あ、姉さん照れてる」

「照れてない!!」

「あはは⋯⋯」


 反応に困り、苦笑いを浮かべてしまう。


「でも、私は福岡行ってみたい」

「お、海さん福岡に興味アリですか?」

「ある。ラーメン、明太子、もつ鍋、水炊き⋯⋯」


 海さんがじゅるりと涎を啜る。

 確かに福岡は美味いものが多い。楽しんでくれる気がするな。


「その時は田中さんが案内してくれる?」

「えっ、お、俺ですか⋯⋯?」

「うん」

「いやー⋯⋯⋯⋯あ、VIVIDの水野夏希さんはどうですか?なんかお知り合いなんですよね?」


 俺がそう言うと、空気に緊張が走る。発生源は⋯⋯空さんだ。


「え、あの⋯⋯」


 そう発したと同時に、エレベーターが目的の階層に着く。空さんは鼻息を一つ鳴らしたあと、廊下をずんずん歩いていった。

 慌てて後をついていく。


 玄関を抜けてリビングへ入ると、意外にも家の中はかなり落ち着いていた。


 広いし、家具も明らかに高そうだが、派手な装飾品が並んでいるわけでもない。物も少なく、全体的にすっきりしている。


「⋯⋯綺麗ですね」

「普通でしょ」

「いやいや、かなり綺麗ですよ」

「田中さんに言われると、なんか嬉しい」


 そんな話をしている間に、空さんが廊下の奥へ消えていった。


「適当に座ってて。着替えてくるから」

「あ、はい」

「私も」


 海さんまでいなくなる。

 そして一人残された。


「⋯⋯落ち着かねぇ」


 思わず呟く。


 VIVIDの家に行った時は四人いたし、既にそれなりに付き合いも長くなっていた。


 今回は違う。

 知り合ってまだ二日目の女性二人の家。それも二人ともS級探索者で、めちゃくちゃ美人で、有名人。


 何だこの状況⋯⋯。

 ソファに座りながら部屋を見回す。


 壁際には探索者関係のトロフィーらしきものが少し置かれているが、写真の類はほとんどない。テレビも大きいが、生活感そのものは思っていたより普通だ。


 少しして、足音が聞こえてきた。


「待たせたわね」


 振り返る。


「⋯⋯⋯⋯」

「何?」

「いや⋯⋯」


 二人とも着替えていた。


 空さんは大きめのTシャツに短いパンツ。海さんも似たようなラフな格好だが、こちらは首元の広い薄手のトップスを着ている。


 探索者用の装備しか見ていなかったせいか、家着になっただけで急に距離感がおかしく感じる。

 特に海さんは服がゆったりしているせいで、少し動くたびに首元がずれそうになる。


 見ちゃ駄目だ。

 絶対に見ちゃ駄目だぞ田中和彦。死にたくないならな。


「田中さん?」

「はい!」

「わ。声大きい」

「すみません⋯⋯」


 海さんが不思議そうに俺を見る。

 一方、空さんは何となく察したようで、自分と妹の格好を見比べた。


「⋯⋯何か変なこと考えてないでしょうね?」

「考えてないです!」

「怪しい」

「本当に!」


 海さんが俺の隣へ座る。


 近い⋯⋯。ソファは十分広いのに、何でそんな近くに座るんだ。おっさんの心臓がはち切れて死ぬぞ。


「田中さん、ビール飲む?」

「いただきます」

「逃げた」

「何からですか!」


 海さんが笑いながら立ち上がる。


 この人、昨日より今日、今日より今と、どんどん俺に遠慮がなくなっている気がする。

 空さんもキッチンへ向かい、冷蔵庫から料理を取り出していく。


「何か手伝いましょうか?」

「座ってなさい。今日の主役みたいなものでしょ」

「いやいや、二人がいなかったらダンジョン進めませんでしたよ」

「私たちはいつもの仕事しただけよ。異常魔素を消したのはあなたでしょう」

「俺もいつもの仕事しただけですよ」

「⋯⋯本当にそういうところ変よね、あなた」


 何故か呆れられた。


 テーブルに料理と酒が並び、三人で座る。

 全部手料理というわけではなく、買ってきた惣菜や寿司なんかも混ざっていた。


「それじゃあ」


 空さんがグラスを持つ。


「渋谷第十ダンジョンの異常解決に」

「乾杯!」

「お疲れさまでした!」


 三人でグラスを合わせる。

 ビールを一気に飲んだ。


「ぷはっ!美味い⋯⋯!」

「田中さん、本当におじさんみたい」

「本当におじさんなんですよ⋯⋯」


 海さんは楽しそうに笑った。

 空さんも酒を飲みながら、少しだけ口元を緩めている。


「でも、今日は助かったわ」

「俺の方こそ。天城さん達がいなかったら、アラクネとか普通に怖かったですよ」

「田中さんなら倒せるでしょ」

「倒せるかどうかと、戦いたいかどうかは別です」


 俺は探索者じゃない。

 モンスターを見つけて喜ぶ人種ではないのだ。


「というか、あれ本当に一瞬でしたね。福岡でVIVIDの皆さんが戦った時は、かなり苦戦してたんですけど」

「へぇー⋯⋯」


 空さんがまた強ばる。


「アラクネに⋯⋯苦戦ね⋯⋯」

「?どうしたんですか?」


 俺がそう聞くと、空さんはビールを呷る。空になったグラスを机に置き、勢いよく顔を上げた。


「甘い!!!!」

「うわっ!?」


 急に聞いたことない大声を発した空さんに、こちらも思わず大きな声が出てしまう。


「水野夏希⋯⋯!私たちの最年少A級昇進記録を塗り替えておいて、モデルだの配信だの、くだらない事に現を抜かして⋯⋯!結果、アラクネ如きに苦戦するなんて!」

「え、えぇ⋯⋯?」

「姉さんは夏希ちゃんと因縁みたいなのがあるの」


 ハイボールを啜りながら海さんが答える。

 そういえば、水野さんも天城姉妹に会うという話をした時————。


**************************

「⋯⋯東京行くの?」

「みたいですね」

「S級も集まるんだよね?」

「そう言ってましたね」

「⋯⋯って事は、天城姉妹もいるのかな?」

「多分そうじゃないですか?S級全員集めるらしいですし」

「うわぁ⋯⋯」

「知り合いなんですか?」

「知り合いっていうか⋯⋯何回か会ったことある」

「夏希ちゃん、空さんにめちゃくちゃ言われてたもんね」

「美月さん!」

**************************


 こんな会話があったな⋯⋯。


「姉さんは夏希ちゃんの才能を誰よりも認めてる。だからこそ、探索者に集中しないで色々やってるのが気に食わないみたいで、会ったら絶対喧嘩になるんだよね」

「ま、マジですか⋯⋯」

「一時期はVIVIDと私たち——GEMINIでセット売りしようと探協が色々してたから、その辺の仕事で会うことが多かったんだけど⋯⋯その度にこんな感じ」


 なるほど⋯⋯。やりたい事はなんでもやりたい水野さんと、その才能を無駄遣いしないで探索者に全リソースを注いで欲しい空さんの意見がぶつかっているわけだ。


「田中さん!あなたも、水野夏希にガツンと言ってあげてよ!」

「いやぁ⋯⋯職業選択の自由は憲法で保証されてますから⋯⋯」


 これが保証されてくれないと、俺は清掃業者を続けてられなくなりそうだからな⋯⋯。

 しかし、俺の意見が気に食わなかったのか、空さんはとても近くに顔を寄せてきて怒る。


「田中さんも甘いわ!!あの子の才能は本物なの!!悔しいけど、私たちよりも伸びると確信している!いつか、世界一のダンテさえも越えられると思っているわ!!」

「は、はい」

「だからこそ!寄り道なんてしないでほしいの!!私の言う通りに行動していたら、水野夏希は既にS級だった筈よ!!」

「そ、そうなんですね⋯⋯」


 稀代の天才、天城空。その人にここまで言わせるとは⋯⋯水野さん、実はとんでもない実力者なんだな。


「ぷはぁっ!ああもう!飲むわよ、海!田中さん!」

「こうなった姉さんは誰にも止められない。覚悟して」

「え、えぇ⋯⋯」

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