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54話 清掃おじさん、渋谷を清掃する

「アラクネ⋯⋯」


 福岡でVIVIDの皆さんが連携し、なんとか倒した相手だ。

 そのアラクネが、こちらを認識した。


 蜘蛛の脚が床を蹴り、一気に距離を詰めてくる。


「空さん!」

「分かってる」


 空さんは慌てなかった。

 ガントレットの掌部分が開き、近くに転がっていた大きな岩へ素手で触れる。


「海」

「うん」


 たったそれだけ。

 空さんが岩から手を離した瞬間、海さんも動いた。


 海さんが岩の前に現れ——。


「ばいばい」

 

 次の瞬間には、岩がアラクネの真下にあった。

 アラクネが反応するより早く——爆発する。


 凄まじい衝撃が通路を走り抜け、俺は咄嗟に腕で顔を守った。


 爆煙が晴れる。


「⋯⋯え?」


 アラクネは倒れていた。

 ⋯⋯マジか。あんなにVIVIDが頑張って倒したアラクネを、ものの2秒程度で——瞬殺してしまうなんて。

 これがS級⋯⋯天城姉妹の実力。


「さ、行くわよ」


 空さんが何事もなかったように歩き出す。


「S級ってこんな感じなんですか⋯⋯」


 俺の言葉に空さんが反応した。


「相手によるわよ」

「アラクネは相性いいし」


 海さんが補足する。


「姉さんが爆弾作って、私が近くに送れば終わるから」

「簡単に言いますね⋯⋯」

「だって簡単だもの」


 空さんが言った。

 昨日、この二人に勝った自分が急に怖くなってきた。


「田中さん」

「はい?」

「今、失礼なこと考えたでしょ」

「考えてませんよ」

「嘘ね。昨日は相性が悪かっただけなんだから」


 本当にその通りだと思う。あれは奇跡的な勝ちだった。

 殺し有りなら、俺が海さんの交換を防げることに気がつく前に殺されていただろうし。

 俺は素直に空さんの言葉に頷く。


「分かってますよ」

「次は勝つから」

「またその話ですか?」

「勝つまでやるわよ」


 ⋯⋯嫌だ。もう二度とS級探索者と模擬戦なんかやらんぞ。力加減が難しいし、下手したらこっちも大怪我だ。

 俺が嫌そうな顔をしていると、海さんがボソッと呟く。


「姉さん、昨日から田中さんのことばっかり考えてる」

「海!?」


 空さんがものすごい勢いで振り返った。


「変な言い方しないで!」

「間違ってないけど」

「そういう意味じゃないでしょ!」

「あはは⋯⋯」


 どう反応すればいいんだ。


 空さんの顔が少し赤くなっている。

 俺まで意識してしまうからやめてほしい。


 相手は20代の美人S級探索者だぞ。

 41歳のおっさんを変に巻き込まないでほしい。


「田中さんも赤い」

「気のせいです」

「ふーん」


 海さんが俺の顔を覗き込んでくる。

 ⋯⋯ち、近い。なんか良い匂いもするし。⋯⋯近くで見ると、VIVIDの誰にも負けないくらいの美人さだ。凄いな⋯⋯天は何物をあげたんだ⋯⋯。


 俺は海さんを振り払い、先頭を歩く。


「海さん、行きますよ!」

「あ、逃げた」

「逃げてません!」


 昨日より明らかに喋るようになってないか、この人⋯⋯。

 

 その後も二人は、出現するモンスターをほとんど足止めにもならない速度で倒していった。

 俺は後ろをついていき、死体を清掃していくだけだ。


「止まって」


 スムーズに進んでいたが、空さんの声で足を止めた。


 それまでとは違う、重たい空気。

 肌にまとわりつくような嫌な感覚がある。


「ここかしらね」


 空さんも表情を引き締めていた。


 海さんも、さっきまでの緩い雰囲気が消えている。


 俺には見覚えがあった。

 博多第三ダンジョンに溜まっていた魔素の感覚と似ている。


「⋯⋯これだ」


 俺は壁へ近づいた。


 黒ずんだような魔素が、壁の亀裂から溢れ出している。


 量は福岡と同じくらいか。普通のダンジョンに存在する魔素とは明らかに違う雰囲気の、重苦しい魔素。


「田中さん、分かるの?」

「はい。福岡とほとんど同じだと思います」

「私たちは——」

「近づかない方がいいです」


 空さんが何か言い返そうとしたが、今回は素直に止まった。


「分かった。海、下がるわよ」

「うん」


 二人が距離を取る。

 俺は一人で奥へ進んだ。


 異常魔素が濃くなっていくが、怖さはなかった。

 昨日みたいに殴り合う必要もない。ベヒーモスみたいなヤバいモンスターも居ない。


 だったら問題無い。これは俺の仕事だ。


 俺は右手を前へ出した。


「『清掃』」


 空間を満たしていた黒い魔素が、一気に薄くなった。


 さらに範囲を広げる。

 ダンジョン内に滞留していた異常な魔素、そして亀裂の奥にある無尽蔵な量の魔素。


「ぐうっ!」


 福岡の時と同じように、亀裂から魔素が溢れていく。しかし、福岡の時よりはずっと勢いが小さい。これなら——。


「『清掃』!!」


 さらに強く、力を込めて清掃を行う。


 福岡の時と同じだ。俺の『清掃』が届くたびに、嫌な感覚が消えていく。


 やがて——何も感じなくなった。


「⋯⋯終わった?」


 後ろから空さんの声が聞こえた。


「恐らく終わりました。⋯⋯後は探協の人達に任せましょう」


 少し待つと、探協から持たされていた通信機に連絡が入った。


『田中さん、聞こえますか?』

「はい」

『こちらでも観測しています。渋谷第十ダンジョンの異常魔素反応が急速に低下——いえ、ほぼ消失しました』


 空さんと海さんを見る。

 二人も聞こえていたらしい。


『福岡と同じです。除去に成功したと判断します』

「良かった⋯⋯」


 思わず息を吐いた。


 一ヶ所目、東京都渋谷第十ダンジョン。清掃完了だ。


「凄いわね」


 空さんが呟いた。


「え?」

「私たちが何をやっても消せなかったものを、本当に消した」


 昨日とは違う目で見られている気がした。


「だから言ったでしょ」


 海さんが空さんの隣へ並ぶ。


「田中さん、強いよ」

「⋯⋯昨日まで疑ってたのは海もでしょ」

「姉さんほどじゃない」

「何よそれ!」


 また二人が言い合い始める。


 俺は少し笑った。

 昨日会った時は、もっと近寄り難い二人だと思っていた。


 実際に戦って、一緒にダンジョンへ入ってみると、思っていたよりずっと普通の姉妹だ。


「帰りますか」

「そうね」


 空さんが呆れたように笑った。


 こうして全国七ヶ所を回ることになった俺の最初の仕事は、無事に終了した。


 あと、S級探索者というのは、やっぱり化け物だ。

 俺はそのことを、昨日とは別の意味で思い知らされた。

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