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53話 清掃おじさん、渋谷に行く

 渋谷第十ダンジョン。

 名前の通り渋谷区に存在するこのダンジョンは、普段なら多くの探索者が出入りする東京都内でも有数の人気ダンジョンらしい。


 しかし、今日に限っては入口付近に探索者の姿は一人もいない。


 異常魔素が確認されてから完全閉鎖され、今も周辺には探協の職員と警備員しかいなかった。東京都は思えない静けさだ。


「本当に三人だけなんですね⋯⋯」


 俺はダンジョンの入口を見上げながら呟いた。


 現在発生している異常魔素地帯は、残留魔素が多すぎてB級以下——具体的には魔素量100以下の人間は、福岡の時に職員さんがつけていた専用のマスクを付けないとヤバい状態らしく、魔素量150以下の人たちもあまり長くは活動できないという。

 故に、ほとんどのA級以下が動けない状況となってしまっていた。


 その為、基本的にはS級探索者のみで攻略を行うようだ。

 本来は白峰さんと獅子堂さんも来る予定だったが、天城さん達が「要らないから地元のダンジョンで間引きでもしておいて」と言い放ったため、ここには居ない。

 ⋯⋯俺としては、一人でも味方が居る方が安心できるんだけどなぁ。


 そんな俺の不安を笑い飛ばすように、隣に立つ空さんが答える。


「十分でしょ。私と海がいるんだから」

「凄い自信ですね」

「事実よ」


 昨日負けたばかりなのに全く自信を失っていない。

 むしろ自信満々と言って良いだろう。


「私たち、昨日負けたけどね」

「海!」


 俺が言えなかったことを海さんが普通に言った。


「田中さんが特殊すぎるのよ!普通のモンスター相手なら問題ないわ!」

「俺も普通のつもりなんですけど⋯⋯」

「ベヒーモスを素手で倒す清掃員のどこが普通なのよ」


 言い返せなかった。


 今日は探索者用の装備を借りている。

 昨日着て気に入った高級品とは違い、探協が用意してくれた一般的な防護服だ。⋯⋯昨日、あの試供品めちゃくちゃにして怒られたんだよなぁ⋯⋯空さんと獅子堂さんが。


 その上で、背負っているのは見慣れた清掃道具。

 ブラシにスクレーパー、回収用の袋など、普段の仕事で使っている物とほとんど変わらない。


 やっぱりこっちの方が落ち着く。


「田中さん」


 海さんが俺の背中を見ていた。


「はい?」

「本当にそれ持っていくの?」

「仕事道具ですから」

「モップも?」

「使いますよ」

「戦う時は?」

「置きます」

「邪魔なんだ」

「そうとも言いますね」


 海さんが少しだけ笑った。昨日まではほとんど喋らなかったが、少し距離が縮まった気がする。


「さてと。行くわよ」


 空さんが先に入口へ向かう。


「今日中に終わらせるから」

「無茶しないでくださいね」

「それ、あなたにだけは言われたくないんだけど」


 そんな会話をしながら、俺たちは渋谷第十ダンジョンへ入った。


 内部に人の気配はなかった。


 営業中のダンジョンなら探索者とすれ違うことも珍しくないが、今日は完全に俺たちだけだ。


 照明設備は生きているものの、静かすぎて妙な感じがする。


「異常魔素が確認されているのは10階より下よ。8階までは探協の調査が済んでる」

「モンスターは?」

「いるわ。閉鎖してから誰も狩ってないもの」

「ですよね⋯⋯」


 今回は探索者の先行部隊もいない。

 つまりモンスターが普通にいる場所へ、清掃員の俺が自分で入っている。


 仕事として考えると、とんでもない話だ。


「心配しなくていいよ」


 海さんが言った。


「姉さん、張り切ってるから」

「別に張り切ってないわよ」

「昨日負けたから、田中さんに格好いいところ見せたいんだと思う」

「海!」

「なるほど」

「田中さんも納得しないで!」


 意外とこの姉妹、普段はこんな感じなのかもしれない。

 空さんはもっと近寄り難い人かと思っていたが、海さんが一緒にいると結構崩れる。


 しばらく進むと、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。


 俺が足を止めるより先に、空さんと海さんの雰囲気が変わる。


 現れたのは数体のモンスター——オーガだった。


「下がってて」


 空さんが右手を上げる。

 ガントレットから小さな物体が撃ち出され、先頭のオーガへ向かって飛んでいく。


 着弾と同時に爆発が起きた。


 一体の頭部が吹き飛ぶ。

 残ったオーガが二人へ向かって走り出したが、海さんの姿が消えた。


 次に見えた時には、モンスターの背後。

 蹴りで体勢を崩した直後にはもう別の位置へ移動していて、そこへ空さんの爆弾が飛び込み——全てのオーガが命を落とした。


「⋯⋯速いな」


 昨日は俺自身が戦っていたから、二人の動きを観察する余裕なんてほとんどなかった。


 こうして後ろから見ているとよく分かる。


 強い。何より、連携に迷いがない。

 空さんが何をしようとしているのか、海さんは確認すらしない。

 海さんがどこへ移動するのかも、空さんは最初から分かっているように攻撃を合わせている。


 俺は感心しながら、オーガの死体に手を翳す。


「『清掃』」


 その一言で、オーガの死体は消え去った。

 魔石等は勿体ないが、この異常魔素が満ちている状況で死体をそのままにしておけば、いつアンデッドになるか分からない。そのため、多少勿体ないのも覚悟で清掃することになっていた。


 オーガの死体が消えたことを確認した空さんが言う。


「本当に死体ごと消えるのね」

「そうですね。手っ取り早くて楽ですよ」

「⋯⋯⋯⋯これが規格外ってやつなのかしら」

「え?何か言いました?」

「別に。次行くわよ」

「あ、はい!」


 そこから先も、俺が戦う必要はなかった。


 下の階へ進むにつれてモンスターも強くなっていったが、二人の進行速度はほとんど落ちなかった。

 海さんが瞬間的に距離を詰めて敵を翻弄し、空さんが確実に仕留める。


 複数現れても関係ない。

 空さんが作った爆弾を海さんが『交換』で敵の群れへ送り込めば、それだけでまとめて吹き飛ぶ。


 逆に爆発させにくい場所では、海さん自身が前へ出る。

 位置を次々と入れ替えながら敵の死角へ潜り込み、格闘だけで仕留めていく。


 スキルだけじゃない。

 二人とも、単純に探索者としてめちゃくちゃ強い。

 そして10階へ下りて少し進んだところで、空さんが突然足を止めた。


「来る————」


 直後、通路の奥から巨大な影が姿を現した。

 

 人間の女性に似た上半身と、巨大な蜘蛛の下半身。


「アラクネ⋯⋯」


 福岡でVIVIDの皆さんが連携し、なんとか倒した相手だ。

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@MokaSufure

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