52話 清掃おじさん、作戦会議に出る
翌朝。俺は再び、探索者協会本部へやって来ていた。
昨日と違うのは、今日は有名ブランドの高い新品スーツに身を包んでいるところだ。オーダースーツも頼んでやった。今日はできないので、家に届くのを楽しみにしておこう。
そしてもう一つ。
「⋯⋯ほんまにすまんな、おっちゃん」
「俺じゃなくて運んでくれた人に謝ってください」
獅子堂さんが車椅子に乗っていた。
昨日、俺との模擬戦で『倍々』を限界まで使った結果、24時間行動不能になった。朝になっても当然のように動けず、部下の人にホテルから運んでもらったそうだ。
腕は綺麗さっぱり治っていて良かった。
「わははは!まぁ、会議は座っとるだけやし問題ないやろ!」
「自分で座ることすらできない人が言う台詞じゃないですよ」
「細かいこと気にすんなや!」
「白峰さん、この人いつもこんな感じなんですか?」
「大体こんな感じです」
「ジジイ、余計なこと言うなや!」
「誰がジジイですか」
⋯⋯朝から元気だな、この人たち。
空さんは呆れた顔で獅子堂さんを見ていて、海さんは興味がないのか、テーブルに置かれたペットボトルのお茶を飲んでいる。
昨日と同じ五人。
日本のS級探索者四人と、清掃員一人。
改めて考えると、とんでもない場違い感だ。
「皆さん、お揃いですね」
会議室へ数人の職員が入ってきた。
先頭の男性が俺たちへ一礼し、その後ろにいた職員が資料を配っていく。
「昨日は顔合わせということでお集まりいただきましたが、本日から正式に国内異常事態への対応を開始します。まずは、これまでに判明した内容をご説明します」
さっきまで騒いでいた獅子堂さんも黙った。
俺も渡された資料へ目を落とす。
一枚目には、日本地図が印刷されていた。
その中の七ヶ所に、赤い印がついている。
「現在、福岡県で確認されたものと酷似した異常魔素が検出されているダンジョンは、国内に七ヶ所あります。北海道、東京都、静岡県、愛知県、大阪府、広島県、沖縄県です」
どこも都心部ばかりだ。もしモンスターが出てくれば被害は計り知れない。
「福岡を含めれば八ヶ所ということね」
空さんが言った。
「はい。ただし、福岡については博多第三ダンジョンで発生していた異常魔素が現在ほぼ消失しています。そのため、現時点で対応が必要な地点からは除外しています」
「田中さんが消したものですね」
白峰さんが俺を見る。
「多分、ですけど⋯⋯」
あの時はベヒーモスを倒して、その後も増え続けていた異常な魔素を『清掃』した。
まさか、それがこんな全国規模の話につながるとは思っていなかった。
職員がモニターを操作する。
画面にいくつものグラフが表示された。
「こちらが七ヶ所で観測された異常魔素の推移です」
細かい数字はよく分からない。
だが、グラフの形は俺でも分かった。
どれも途中までは右肩上がり。
それが、ある地点を境にピタリと止まっている。
「この時間⋯⋯」
空さんが資料と画面を見比べる。
「はい。博多第三ダンジョンで田中さんが異常魔素を除去した時間と、ほぼ一致しています」
会議室が静かになった。
俺はもう一度グラフを見る。
「福岡の異常魔素を清掃したら、東京とか大阪まで止まったってことですか?」
「現時点では、その可能性が高いと考えています」
「いや、でも⋯⋯」
福岡から東京まで、一体何キロあると思ってるんだ。一番遠くは北海道までだ。
清掃スキルでそんな遠くまで何かできるはずがない。
「勘違いしないでください」
説明役の職員が続ける。
「田中さんの『清掃』が七ヶ所へ直接作用した、と考えているわけではありません。我々が重要視しているのは、八ヶ所の異常が何らかの形で連動している可能性です」
——連動。
その言葉が妙に引っかかった。
「つまり、各ダンジョンだけの問題やなかったっちゅうことか」
獅子堂さんが言う。
「はい。そして、それが今回皆さんに集まっていただいた最大の理由です」
モニターの画面が切り替わる。
今度は各ダンジョンの内部写真と、現在の状況が表示された。
「七ヶ所では異常魔素の増加こそ停止していますが、既に発生した異常魔素そのものが消えたわけではありません」
「今も残ってるんですか?」
「はい。濃度にも大きな変化はありません」
なるほど。
蛇口から出ていた水が止まっただけで、溜まった水はそのまま、みたいな状態か。
「そのため、七ヶ所のダンジョンは現在も全て閉鎖しています。一般探索者の立ち入りはもちろん、通常の調査隊も入れていません」
「再度異常魔素が増加する可能性は?」
白峰さんが尋ねた。
「否定できません。むしろ我々は、再び異常魔素の増加が始まることを前提に対応すべきだと考えています」
職員が東京の資料を表示する。
「中でも、最も警戒しているのが東京都内のダンジョンです」
空さんと海さんの視線が同時にモニターへ向いた。
「異常が停止する直前の魔素濃度、上昇速度、周辺階層への影響。その全てにおいて、東京が七ヶ所で最も進行しています」
「場所は?」
空さんの声から、昨日までの刺々しさが消えていた。
完全に探索者の顔になっている。
「渋谷第十ダンジョンです」
渋谷⋯⋯東京のど真ん中だ。
「現在は周辺を含めて規制を実施しています。ただ、仮に博多第三ダンジョンと同規模、あるいはそれ以上の事態が発生した場合——」
その先は言われなくても分かった。
博多第三で出てきたのは、ベヒーモスだ。
あんなものが渋谷に出たらどうなるか。⋯⋯考えたくもない。
「ほな、最初は東京やな」
獅子堂さんが言った。
「俺も異論はないわ」
空さんが頷き、海さんも小さく頷く。
「私も賛成です」
白峰さんも同意する。
自然と、全員の視線が俺へ集まった。
「⋯⋯俺もです」
——というか。
「最終的に、俺が清掃するんですよね?」
「はい」
即答された。
「今回の目的は二つです。まずS級探索者の皆さんによる内部の安全確保と、異常発生地点までの経路確認。そして——田中さんによる異常魔素の除去です」
随分と責任重大な仕事になってしまった。
「東京については天城さんお二人が内部構造を熟知しています。まずはお二人と田中さんを中心に、渋谷第十ダンジョンへ入っていただきたいと考えています」
「俺らは?」
獅子堂さんが尋ねる。
「獅子堂さんは、まず動けるようになってください」
「⋯⋯はい」
今日初めて、この人が素直になった。
空さんが鼻で笑う。
「足手まといね」
「昨日おっちゃんに負けた空ちゃんに言われたないわ!」
「二十四時間動けなくなった馬鹿よりマシよ!」
「なんやと、このガキンチョ!」
「誰がガキンチョよ!」
「二人とも、会議中ですよ」
白峰さんが止める。
海さんは相変わらずお茶を飲んでいた。
⋯⋯本当にこのメンバーで大丈夫なんだろうか。
説明役の職員が小さく咳払いをした。
「ともかく、渋谷第十ダンジョンについては準備が整い次第、調査を開始します。田中さんには清掃用の装備についても、必要なものをこちらで準備させていただきます」
「あ、それなんですけど」
「はい」
「いつもの仕事道具、福岡に置いてきちゃってるんですよね」
「同等品はこちらで用意します。普段お使いの装備について、後ほど担当者にお伝えください」
「分かりました」
「それでは、渋谷第十ダンジョンへの突入を、本作戦の第一段階とします」
こうして俺の全国清掃出張、その一ヶ所目が決まった。
東京。しかも、一緒に潜るのは昨日戦ったばかりのS級双子。
⋯⋯このスーツは絶対に触らせないようにしよう。
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