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51話 清掃おじさん、最強の関西人と戦う②

「うわああああああ!!『清掃』ぉぉぉ!!」


 咄嗟に清掃スキルを発動した。

 

 もちろん、清掃スキルは獅子堂さんの身体能力に対して何の効果も持たない。

 訓練場に漂うわずかな魔素を消すだけだ。


 ⋯⋯だが、その時は違った。

 俺の生存本能的なものが何かを呼び起こしたのか、きっかけは分からない。だが、確実に今までの清掃とは一線を画す力だった。


 さっきまで俺を殴っていた獅子堂さんが、後方に10メートルほど瞬間移動したのだ。


「⋯⋯⋯⋯はっ?」

「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯え?」


 何が起きたのか分からず、思わず海さんを見る。同じ考えだったのか獅子堂さんも海さんを見たが、海さんは首を激しく横に振った。


 な、なんだ?清掃スキルを発動したら、獅子堂さんが後ろに瞬間移動?なんだそれ。そんなの、清掃スキルに無い効果だ。


 しかし、数秒時間が空いたことで思考がクリアになっていく。⋯⋯二度とあんな攻撃は受けたくない。

 守ってたら負ける。攻めろ!!


「どりゃあああああっ!!」


 獅子堂さんの見よう見まねで近付き、軽くフェイントを入れながら——ベヒーモスを倒した時のように殴る。

 混乱していたのか、判断が少し遅れた獅子堂さんは俺の拳を両腕で受けるが——中国の李なんとかさんのナントカ勁が炸裂する。


「ぐ、ぐおおおおおおっ!?」

「お返しじゃこのクソガキがぁぁぁぁぁ!!」


 獅子堂さんは見たところ30代前半。

 クソガキと言うような年齢ではないのは分かっている。分かっているが⋯⋯。

 あれだけ痛めつけられた俺は、生まれて初めて——キレていた。


 獅子堂さんが呻き声を上げながら、自分の拳同士を強く打ち合う。

 とても痛そうな音が訓練場に響いた。


「危ねぇ危ねぇ!」

「!?う、腕を!?」


 なんと、獅子堂さんは自分の拳同士を打ち付けあった結果、腕がぐちゃぐちゃになっていた。

 ぐちゃぐちゃになった腕がプラリと垂れる。


「おっちゃん、殺す気かいな!あのままだったらワイの全身が爆散しとったわ!」

「ま、マジすか⋯⋯」

「わははは!まぁ気にすんなや!」


 危うく殺人犯になるとこだったらしい。なんとか勁は人間に向けちゃいけない技だったようだ。

 恐らく、体の内部に送り込んだ魔素を腕までで止めたのだろう。その代わり、獅子堂さんの両腕が破壊されてしまった⋯⋯。


 ⋯⋯チラッと職員さんを見ると、頭を抱えている。それはそうだ。まさかS級探索者の腕をダメにするとは思ってなかっただろうからな⋯⋯。マジでどうしよう。


「ラストや。ワイの本気⋯⋯ぶつけさせてもらうで、おっちゃん!」

「もう降参でいいんじゃないですか!?」

「まだ倒れとらんやろ!」

「獅子堂さん」


 白峰さんが声を上げた。


「もう十分でしょう」

「あぁ⋯⋯⋯⋯?」


 獅子堂さんがギロリと白峰さんを睨む。


「ジジイ⋯⋯俺の遊びに口出しすんなや⋯⋯!」

「誰がジジイですか?」


 獅子堂さんと白峰さんの間に火花が散る。⋯⋯ように錯覚した。


 獅子堂さんは白峰さんから視線を外すと、今までで一番楽しそうにこちらを向いて笑った。


「こんなん初めてや!ここまで上げてもまだ立っとる奴、日本にはおらんかった!」

「ちょ、ちょっと待っ————!」

「10秒間だけ付き合えやァ!!『倍々』——五重(フルバースト)ォォォ!」

「待ってって言ったでしょ!?」


 凄まじい魔素が訓練場を満たした。


 床が軋む。

 空気そのものが震えているように感じる。


 さっきまでとは比較にならない。


 俺の身体が、本能的に警告している。

 これはまともに受けたら駄目だ。


「獅子堂さん!それは——」


 全員が止めるより早く、獅子堂さんが踏み込んだ。


 消えた。

 そう見えた次の瞬間——。


「うおおおおおおっ!」


 俺の横を通り過ぎて、そのまま壁へ突っ込んだ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」


 轟音とともに、特殊素材の壁が大きくへこんだ。


 獅子堂さんが振り返る。


「わっはっはっは!!アカンわ!!速すぎるわこれ!!」

「自分のスキルですよね!?」


 ⋯⋯どうやら本人も、32倍の身体能力は扱えていないらしい。


 獅子堂さんが再び踏み込む。

 俺は軽く横に動く。それだけで、また獅子堂さんが一瞬で通り過ぎていく。


「うおっ!?」


 急停止しようとしてバランスを崩し、そのまま床を滑っていった。


「獅子堂さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫や!ちょっと待ってな!今慣れる!」

「今!?」


 白峰さんが深いため息を吐いた。


「獅子堂さんは、五重(フルバースト)を普段使わないんです」

「そうなんですか?」

「身体能力が上がりすぎて、自分の動きを制御できなくなるので」


 ⋯⋯なんて本末転倒な技なんだ。

 多分、魔素量や身体能力は俺とほぼ同じレベルまで上がっている。ただ、それを制御できないのだ。俺は常時これだからある程度すぐ制御できたが、獅子堂さんはそうは行かないらしい。


「おっちゃん!次こそ当てるでぇ!」

「来ないでください!」

「ちょこまか逃げんなや!」

「当たったら死ぬでしょうが!」

「俺殺そうとしといて何言うてんねん!!」

「それは本当にすみませんでしたぁ!」


 獅子堂さんが最後にもう一度踏み込もうとした、その瞬間だった。


「——あ」


 獅子堂さんの身体から魔素が消えたのを感じた。


 そのまま、獅子堂さんが床へ倒れた。


「そこまで!」


 審判の声が響く。


「獅子堂剛毅、戦闘続行不能!勝者、田中和彦!」

「⋯⋯勝った?」


 俺は床に倒れている獅子堂さんへ近づいた。


「大丈夫ですか?」

「わははは!意識も命も余裕やで!」

「起きられます?」

「それは無理や!」


 なんでやねん⋯⋯。


「あまり知られていませんが、獅子堂さんの『倍々』は効果終了後に行動不能時間が発生するんですよ」


 白峰さんが歩きながら近付いてくる。


「え、そうなんですか?」

「普段見せてる一重(ソロ)なら5秒、二重(デュアル)なら5分なので、戦闘終了後のちょっとした休憩時間で済みますから。あまり知らない方も多いんです」

「なるほど。⋯⋯ちなみに、五重(フルバースト)は⋯⋯」

「24時間や」


 動けなくなった獅子堂さんがそう答える。


「⋯⋯はい?」

「フルバースト使ったら、24時間動けなくなんねん」


 俺はしばらく黙った。


「明日の会議は?」

「ここで参加したらええやろ」

「どうやって?」

「誰か運んで⋯⋯」


 迷惑すぎる。

 白峰さんが額を押さえ、空さんは呆れた顔で獅子堂さんを見下ろしていた。


「馬鹿じゃないの」

「せやけど楽しかったやろ?」

「あなたしか楽しんでないわよ」

「俺も疲れました⋯⋯」


 海さんがしゃがみ込み、床に転がった獅子堂さんを眺める。


「でも、田中さん勝ったね」

「いや、これは獅子堂さんが勝手に負けただけですよ」

「せやな!」

「何で嬉しそうなんですか」


 実際、あの『清掃』が発動していなくて、三重(トリプル)か四重(クアッド)で戦い続けられていたら、俺は間違いなく負けていた。


 五重(フルバースト)だけは、性能に本人が追いついていなかったようだったけど。


「あっ⋯⋯てか、腕⋯⋯」

「あぁ。気にしなくて良いですよ」


 そう言うと、白峰さんが何か棒を胸ポケットから出した。

 軽く振ると、棒がビュンと伸びる。


 棒に魔素が集まると、その魔素が獅子堂さんに向かっていく。魔素は獅子堂さんの腕部分で泡に代わった。


「こ、これは⋯⋯」

「白峰さんの水魔法」


 分からない俺の代わりに、海さんが答えてくれる。


 泡が自然に弾けて消えると、ぐちゃぐちゃだった筈の獅子堂さんの腕がピカピカに治っていた。


「はい、治りましたよ」

「助かったわ」

「田中さん。後で田中さんの腹部も治療しますね」

「⋯⋯あ、ありがとう、ございます」


 これが白峰冬馬の『水魔法』⋯⋯。完全無詠唱かつ、超高出力の魔法。世界でただ一人の、魔法系スキルS級探索者。

 あんな状態の腕をサクッと治すなんて⋯⋯ヤバいな。


 S級探索者の凄さに震えていると、獅子堂さんが声をかける。


「おっちゃん」

「はい?」

「またやろな!」

「嫌です」


 即答した。二度とやりたくない。


 天城姉妹に続いて、日本最強の探索者とも模擬戦をすることになった結果。

 なぜか俺が勝ち、獅子堂さんは床から一歩も動けなくなった。


 明日は全国の異常ダンジョンについて話し合う大事な会議である。


 開始前から一人、完全に使い物にならなくなった。

 日本の未来が少し心配になってきた。

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