48話 清掃おじさん、最強の双子と戦う①
探索者協会本部の地下には、探索者用の訓練場があるらしい。
ほぼ無理やり案内された場所は、学校の体育館よりも広く、床も壁も分厚い特殊素材で覆われていた。S級探索者が訓練に使うことも想定されているらしい。
いや、設備が立派なのはいい。
——問題は、どうして俺がその中央に立っているのかだ。
「本当に二人同時にやるんですか?」
「私たちは二人で一人なのよ」
向かいに立つ空さんが当然のように答えた。その隣には海さんもいる。
東京が誇るS級探索者、天城空と天城海。
双子だけでパーティーを組み、二人で数々の高難度ダンジョンを攻略してきた国内最高峰の探索者だ。
そんな二人を、俺一人で相手にすることになった。
「一人ずつじゃ駄目ですか?」
「駄目」
「ですよね⋯⋯」
聞くだけ聞いてみたが、駄目らしい。普通、こちらが譲歩して二対一にしない?なんで多数側に決定権があるんだ⋯⋯。
訓練場の端では、獅子堂さんが楽しそうにこちらを見ていた。
「ええやん!二対一の方がおもろいやろ!」
「やるの俺なんですけど」
「頑張りや、清掃おじさん!」
他人事だと思いやがって⋯⋯!
その隣にいる白峰さんは、申し訳なさそうに笑っていた。
「危険だと判断した場合はこちらで止めます。あくまで模擬戦ですから、無理はしないでください」
「お願いします」
S級唯一の良心だ。
とはいえ、空さんの言い分も分からなくはない。
これから異常が起きているダンジョンへ一緒に入る以上、俺が自分の身を守れるのか確認しておきたいのだろう。
俺としても、日本のS級探索者と実際に戦える機会なんて滅多にない。
神崎さんと訓練した時、自分がどれだけ戦いに慣れていないかは嫌というほど分かった。
せっかくなら勉強させてもらおう。
「ルールはどうします?」
「どちらかが降参するか、戦闘続行が難しいと判断されたら終了。それでいい?」
「分かりました」
「それから、遠慮はいらない」
「いや、それは——」
「私たちはS級よ」
空さんが言い切った。
「あなたが本当にベヒーモスを倒せるほど強かったとしても————手加減される必要なんてないわ」
凄い自信だ。
だが、嫌味には聞こえなかった。
自分たちがS級探索者であることに、それだけの誇りを持っているのだろう。
「分かりました。でも、怪我しそうなら止めますからね」
「⋯⋯そう」
空さんの目が少しだけ細くなった。
何か気に障っただろうか。
「それでは、始めます」
審判役を引き受けた職員が片手を上げる。
俺は腰を落とした。
俺は武器を持っていない。というより、まともに扱える武器がない。モップとか振り回しても仕方ないし、邪魔なだけだ。
対する空さんは両腕に専用のガントレットを装着し、海さんの腰や太腿には小さな金属球のようなものがいくつも取り付けられている。
「開始!」
直後、海さんが消えた。
「え?」
視界から完全にいなくなった。
次の瞬間には、俺の背後にいた。
振り向くより早く蹴りが飛んでくる。
魔素を込めて腕で受ける。
軽い衝撃が俺を襲う。
そのまま海さんの足を掴もうとしたが、また消えた。
今度は10メートル以上離れた場所にいる。
「速っ⋯⋯」
いや、速いんじゃない。
『交換』————海さんの能力だ。
自分の魔素を込めた物体または自分自身と、魔素を込めた物体の位置を一瞬で入れ替える。
つまり、魔素を込めた石ころを二つ置いていれば、石ころ同士を入れ替える、または自分と石ころAの位置を入れ替える、または自分と石ころBの位置を入れ替える、という能力だ。
海さんが先ほど立っていた場所を見ると、小さな金属球が転がっていた。
あれが移動先を作るための専用装備か?
「ぼーっとしてる暇ないわよ!」
空さんの声が聞こえる。
ガントレットから何かが撃ち出されたのが目に入り、反射的に横へ跳ぶ。即座に、元いた地点で小さな物体が爆発した。
「うわっ!」
爆風が背中を押す。
慌てて距離を取った俺へ、さらに二発、三発と飛んでくる。
空さんのスキルは——『爆破』。
触れた物体を爆弾へ変える能力だ。
ガントレットから撃ち出しているのは、あらかじめ爆弾にした物体なのだろう。
魔素を込めれば、恐らく爆発そのものは耐えられる。だが、だからといって直撃していいわけではない。何より、今着てるこのスーツしかスーツは無いのだ。焦がしてたまるか。
視界が爆炎に覆われた瞬間、また海さんが消えた。
背後から腕を取られる。
振りほどこうとした時にはもういない。
次は右。拳を避けると左。
追おうとすれば、空さんから爆弾が飛んでくる。
「⋯⋯これはキツいな」
腕を取られた際、何かをされた感覚があった。俺は自分に清掃をかける。何かの違和感は無くなった。
⋯⋯しかし、神崎さんとはまるで違う。
神崎さんは純粋に戦闘技術が高すぎて攻撃が当たらなかった。
この二人は、そもそもまともに戦わせてくれない。
俺が海さんを追えば空さんが邪魔をする。
空さんへ近づこうとすれば海さんが割り込み、次の瞬間には位置が変わる。
二人で戦うことを前提に、完全に動きが出来上がっている。
S級————やっぱり凄い。
「余裕あるやんけ!」
遠くから獅子堂さんの声が飛んできた。
「ないですよ!」
こっちは攻撃を一発も当てられていない。
それどころか、二人の動きを追うだけで精一杯だ。
「海」
「うん」
空さんが何かを手にした。
先ほどまで撃っていた物より、少し大きい。
——嫌な予感がした。
空さんがそれを放り投げる。
俺からはかなり離れた場所だ。
何を——そう思った途端、それが目の前に現れた。
「うおっ!?」
咄嗟に両腕で顔を庇った直後、爆発した。
今までより大きな衝撃が全身を叩く。
床を滑りながら、どうにか踏みとどまった。
空さんが作った爆弾を、海さんの『交換』で俺の目の前へ移動させたのか。
こんなの避けられるか!あと、袖が燃え千切れた!!
俺は怒りのままスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。後で絶対弁償してもらう。どうせ経費だ、高いスーツ買わせてやる!!
「大丈夫ですか、田中さん!?」
白峰さんの声が聞こえた。
「大丈夫です!」
服はダメになったが、身体にはほとんど問題ない。
それを見た空さんの表情が変わった。
「⋯⋯今ので無傷?」
「結構びっくりしましたよ」
「そういう意味じゃない」
空さんが眉を寄せる。
海さんもこちらを見ていた。
「姉さん」
「分かってる」
空さんが俺へ向かって歩き出した。
ガントレットの掌部分がガシャガシャ音を立て——素手が露出する。
⋯⋯何だ?
「今度は直接やる」
「直接って————まさか」
「動かないで————よ!」
「嫌ですよ!!」
こ、この女!直接俺を爆弾にして爆発させる気か!!さすがにそれは無理だ!死ぬ!!
空さんが一気に距離を詰めてくる。
恐ろしく速い。だが、神崎さんほどではない。
伸ばされた右手を避けようとした瞬間、海さんが視界に入った。空さんの左手には何かがある。
まずい、左手のアレと俺の位置を——!?
「⋯⋯あれ?」
——何も起きなかった。
俺はその場にいる。
海さんが僅かに目を見開いた。
「海?」
「交換——できない」
「は?」
空さんの動きが一瞬止まる。
俺にも理由は分からなかった。
だが、すぐに思い当たる。
海さんの『交換』は、対象に自分の魔素を干渉させる必要がある。先ほど腕を掴まれたあの時、俺の体に魔素を送り込んだのだろう。
しかし——俺は既に俺に『清掃』を発動した後だ。
「そういう事か!————『清掃』!」
俺の清掃スキルが部屋中を満たす。効果対象は——魔素だ。
「!?私の魔素が、全部消えた!?」
「あなたが魔素を込めた物体の全てから魔素を取り除きました。これで——『交換』は発動できない」
簡単な事だった。
海さんのスキルは、魔素を込めた物体にしか発動できない。だったら全部の魔素を清掃してしまえば良い。もちろん、リアルタイムに魔素を込められれば交換を発動されるが、すかさず清掃を使うことである程度対処ができる。
海さんは悔しそうに顔を歪ませていた。
「余所見!!」
空さんの手が俺の体に触れる。
しまった——!
触れられた場所から、何かが身体へ入り込んでくる感覚がした。
しかし次の瞬間————それが消え、何も起きなかった。
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