47話 清掃おじさん、東京に行く
翌日、俺は朝一番の飛行機に乗り、東京へ向かった。
全国の異常ダンジョンを調査するにあたり、まずは探索者協会本部で関係者を集めた顔合わせを行うらしい。
昨日まで仕事で福岡を離れることすらほとんどなかったのに、急に国から呼ばれて東京出張である。
人生、何があるか分からない。
ちなみに服装は、結局スーツにした。
昨日の電話で聞いた時には服装の指定はないと言われたが、日本のS級探索者が全員集まるような会議に、いつもの作業着で行く勇気はなかった。
幸い昔のスーツも普通に着られたので、新しく買わずに済んだ。
東京駅から電車を乗り継ぎ、探索者協会本部へ向かう。
建物はテレビで何度か見たことがあった。
全国の探索者協会を統括する本部だけあって、福岡の探協とは規模が違う。入口には警備員が何人も立っていて、一般の利用者と探索者らしき人たちが絶えず出入りしていた。
受付で名前を告げる。
「えーっと⋯⋯福岡探索者協会から呼ばれて来ました、田中和彦です。本日こちらに伺うように言われてまして」
「田中和彦様ですね。お待ちしておりました」
受付の女性が立ち上がった。
その瞬間、隣にいた職員までこちらを見た。
⋯⋯何だ。
俺、何か間違えたか?
「担当の者がご案内いたします。少々お待ちください」
「はい」
しばらくすると、スーツ姿の男性職員がやってきた。
「田中様、お待たせしました。こちらへどうぞ」
「お願いします」
案内されてエレベーターに乗り、上の階へ向かう。
その途中でも、すれ違う職員が何度か俺を見ていた。
ベヒーモスの件で顔が知られているのだろうか。
東京まで来ても清掃おじさん扱いされるのは、少し複雑である。
「こちらです」
案内されたのは、大きな会議室だった。
職員が扉を開ける。
「失礼します」
中へ入った俺は、思わず足を止めた。
日本でダンジョンに関わる仕事をしていて、この四人を知らない人間はほとんどいないだろう。
日本に四人しかいない、S級探索者。
その全員が、同じ部屋に集まっていた。
「田中和彦様がお見えになりました」
案内してくれた職員がそう告げた瞬間だった。
「おおっ!」
四人の中で一番大きな男が立ち上がった。
でかい。
180後半はあるだろう。がっしりした体格で、スーツの上からでも鍛えられているのが分かる。オレンジのような金髪のような、明るい髪をワイルドな感じでまとめている。第一印象はライオンのような人。
大阪を拠点に活動するS級探索者————獅子堂剛毅。
探索者として活動する一方、自ら探索者の会社を経営し、後進の育成まで行っている人物だ。
「うおー!本物の清掃おじさんやん!握手してーなー!」
「えっ、あ、はい」
勢いに押されるまま手を差し出す。
がっしりと握られ、そのまま何度も上下に振られた。
「いやぁ、会いたかってん!あのベヒーモス、殴って倒したんやろ!?動画見たで!ごっついなぁ!」
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「レッドドラゴンもやろ?おもろいおっちゃんがおるとは聞いとったけど、まさかここまでとは思わんかったわ!」
初対面から凄い勢いだ。
というか、S級探索者から清掃おじさんと呼ばれるとは思わなかった。
「獅子堂さん。その辺にしておかないと、田中さんが困っていますよ」
穏やかな声がして、獅子堂さんが俺の手を離した。
「おっと、すまんすまん」
「いえ⋯⋯」
「初対面でこれは驚きますよね」
そう言って微笑んだのは、細身の男性だった。
確か、年齢は俺と同じくらいだろうか。
背が高く、落ち着いた雰囲気の整った顔立ちをしている。
北海道のS級探索者————白峰冬馬。
世界で唯一のS級魔法スキル探索者であり、世界最高峰の水魔法使い。
現在は探索者としてダンジョンへ潜るよりも、魔法スキルを持つ探索者を育成する学校で教師をしていることで有名だ。
「初めまして。白峰冬馬です」
「田中和彦です。よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
「田中さん、41歳ですよね?」
「はい」
「実は私も41なんです」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。同い年でこんなに強い人がいて嬉しいです。仲良くしましょう」
「こちらこそ」
柔らかく笑う白峰さんを見て、少しだけ緊張が解けた。
良い人そうだ。
しかし、同い年か。
同じ41歳なのに、随分違う。白峰さんは背が高くて、顔も整っていて、世界最高の魔法使い。なんか髪ツヤも肌ツヤも、俺とは大違いだ。所謂イケオジ、というやつだろうか。
一方俺は冴えないダンジョン清掃員。背も普通、顔はおっさんそのもの。⋯⋯⋯⋯世の中は平等ではない。
「ほんで、あっちの二人は知っとるやろ?」
獅子堂さんが視線を向けた。
会議室の奥に、二人の女性が並んで座っている。
同じ顔、同じ年齢。艶やかで美しい黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の目が美しく光る。
髪型や服装には多少の違いがあるものの、初めて見る人間なら見分けるのも難しいほどよく似ている。
東京を拠点とする双子のS級探索者。
姉の天城空。
妹の天城海。
二人とも26歳。
今年S級へ昇格したばかりの、国内では最も若いS級探索者だ。そして、史上最年少でS級探索者に到達した天才でもある。
「初めまして。田中和彦です」
俺から頭を下げる。
「⋯⋯天城空です」
姉の空さんが短く名乗った。
「海です」
妹もそれだけ言った。
⋯⋯⋯⋯会話終了。⋯⋯俺、何かした?
いや、普通若い子はおっさん相手なら、こんな感じが普通か?VIVIDの四人がおかしいのか⋯⋯。
「気にせんでええで。こいつら大体こんなんやから」
「聞こえてるわよ」
空さんが獅子堂さんを睨む。
「聞こえるように言うたからな!」
「うるさい」
獅子堂さんは豪快に笑っている。
対する空さんは露骨に面倒そうな顔をしていた。
妹の海さんはというと、そんな二人にも特に興味がなさそうだった。スマホをポチポチ触っている。
⋯⋯なるほど。
四人とも、随分違う。
豪快で、初対面の俺にも遠慮なく話しかけてくる獅子堂さん。
穏やかで、同い年というだけで俺に親近感を持ってくれた白峰さん。
見るからに気が強そうで、少し近寄りがたい空さん。
そして、その横で静かに座っている海さん。
これが、日本最高峰の探索者たちか。
テレビやネットで見るのと、実際に会うのとではやはり違う。
「ところでおっちゃん」
おっちゃん?⋯⋯あぁ、俺の事か。⋯⋯なんか複雑だな。
「はい?」
「ちょっと聞きたいんやけど」
獅子堂さんが俺の腕を見る。
「ベヒーモス倒した時、ほんまに素手やったん?」
「そうですけど⋯⋯」
「へぇー!」
急に腕を掴まれた。
「ちょ、獅子堂さん?」
「どんな身体しとんねん。見た目普通やのになぁ」
「普通のおじさんなので⋯⋯」
「普通のおっちゃんはベヒーモス殴り殺さんて!」
ごもっともである。
「獅子堂さん。初対面の人の腕を勝手に触るのはどうかと思いますよ」
「ええやん、減るもんちゃうし」
「田中さんが困っています」
「白峰さん⋯⋯ありがとうございます」
この人がいてくれて本当に良かった。
そんなやり取りをしていると、ふと視線を感じた。
天城姉妹だ。
二人とも、こちらを見ている。
正確には——俺を見ている。
「⋯⋯?」
俺と目が合うと、海さんは特に反応もなく視線を外した。
空さんは外さなかった。
じっと俺を見ている。
「あの⋯⋯何か?」
「別に」
短く返される。
やっぱり何かしただろうか。
初対面なんだけどな。
「気にしなくていいですよ、田中さん」
白峰さんが小さく笑った。
「空さんは少し警戒しているだけでしょう」
「警戒?」
「昨日まで福岡で清掃員をしていた人が、突然S級のベヒーモスを倒したんです。実際に見てみないと納得できないこともあるでしょう」
「⋯⋯余計なこと言わないで」
空さんが白峰さんを睨んだ。
なるほど、そういうことか。
それなら別に腹も立たない。
俺だって逆の立場なら疑うと思う。
むしろ映像を見ただけで全部信じろと言われる方が難しい。
「まあ、その気持ちは分かりますよ」
「⋯⋯そう」
空さんはそれだけ言うと、また視線を外した。
どうやら嫌われているわけではないらしい。⋯⋯多分。
「全員揃いましたね」
その時、会議室の扉が開いた。
数人の探協職員が資料を持って入ってくる。
「お待たせしました。これより、国内で発生している異常魔素に関する緊急対策会議を開始します」
それぞれが席につく。
俺も指定された椅子へ座り、改めて周囲を見た。
右には大阪の獅子堂剛毅。
左には北海道の白峰冬馬。
向かいには東京の天城空と天城海。
日本に四人しかいないS級探索者が、全員ここにいる。
そして、その中に一人だけ混ざっているダンジョン清掃員。
⋯⋯やっぱり場違いすぎるよなぁ。
「それでは、本日のところは今後の予定について簡単にご説明します。異常魔素に関する詳しい分析結果については、明日の対策会議で——」
職員が説明を始めようとしたところで手が挙がる。
「その前に、一ついい?」
声を上げたのは空さんだった。
「はい。何でしょうか」
空さんは職員ではなく、俺を見ていた。
「この人、本当に私たちと一緒に連れていくの?」
「⋯⋯俺ですか?」
「他に誰がいるのよ」
やっぱり信用されてなかった。
「田中さんは今回、異常魔素の除去を担当していただく最重要——」
「それは聞いてる。『清掃』が必要なのも分かってるわ」
空さんはそこで一度言葉を切った。
「でも、異常が起きてるダンジョンに入るのよ。S級のモンスターが出てくる可能性だってある。その人が本当に自分の身を守れるのか、私は知らない」
言われてみれば、もっともな話だった。
ベヒーモスを倒した映像があるとはいえ、空さんからすれば俺のことなんて動画で見ただけだ。
「じゃあ、確かめたらええやん」
獅子堂さんが楽しそうに口を挟んだ。
「ここの本部、バカ頑丈な訓練場あるやろ?」
「⋯⋯そうね」
空さんが立ち上がる。
隣にいた海さんも、何も言わずに立ち上がった。
何で二人とも立つんだ。
「田中さん」
「はい?」
「少し、付き合って」
俺は助けを求めるように白峰さんを見る。
白峰さんは困ったように笑っていた。
「まあ、お互いの実力を知っておくことも、これから一緒に行動するなら必要かもしれませんね」
「白峰さんまで⋯⋯」
東京へ来て、まだ一時間も経っていない。
俺はなぜか、日本のS級探索者二人と戦うことになった。
獅子堂の関西弁、間違えてたらすみません⋯⋯。
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