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46話 清掃おじさん、長期休業に入る

 静かになった部屋で、俺はスマホをテーブルに置いた。


 誰も喋らない。

 数秒経ってから、水野さんが口を開いた。


「⋯⋯東京行くの?」

「みたいですね」

「S級も集まるんだよね?」

「そう言ってましたね」

「⋯⋯って事は、天城姉妹もいるのかな?」

「多分そうじゃないですか?S級全員集めるらしいですし」

「うわぁ⋯⋯」


 何だ、その反応。


「知り合いなんですか?」

「知り合いっていうか⋯⋯何回か会ったことある」

「夏希ちゃん、空さんにめちゃくちゃ言われてたもんね」

「美月さん!」


 小宮川さんの言葉に、水野さんが慌てて反応した。


 天城姉妹と水野さん。その間には何かあるらしい。


「何を言われたんです?」

「いや、大したことじゃないから!」

「空さん、夏希ちゃんのこと結構気にしてるもんねー」

「美月さん!」

「へぇ」

「田中さんも興味持たなくていいから!」


 よく分からないが、東京では水野さんの知り合いにも会うことになりそうだ。


 もっとも、俺が東京へ行く目的は観光ではない。


 国内七ヶ所で発生している異常魔素。

 福岡で起きた三つの事件との関連。

 そして海外でも起き始めている同じ現象。


 考えれば考えるほど、さっきまでの楽しい夕食が遠い昔のことに感じられた。


「田中さん」


 黒川さんに呼ばれた。


「はい」

「無理だけはしないでくださいね。今回の件、田中さんにしかできないことがあるとしても、全部を田中さん一人で背負う必要はありませんから」

「ありがとうございます。でも、戦うのはS級の人たちがやってくれるみたいですし、俺は魔素の清掃するだけでしょう」

「⋯⋯それで済めばいいんですけどね」


 黒川さんが心配そうに言った。


 俺だって、それで済んでほしい。


 モンスターは探索者が倒す。俺はその後を綺麗にする。

 19年間、それでやってきた。

 今回も同じなら何も問題はない。ただ、少し清掃する規模が大きくなるだけだ。


 そう自分に言い聞かせて、その日はVIVIDの家を後にした。


 だが翌朝、出勤して早々、その考えが少し甘かったことを知った。


「主任、社長が呼んでますよ」


 更衣室で作業着に着替えていると、佐々木に声をかけられた。


「社長が?」

「はい。来たらすぐ社長室に寄ってくれって」

「⋯⋯何かやったかな、俺」

「最近の主任、心当たり多すぎるんですよ」


 それを言われると何も返せない。

 昨日まで普通に仕事はしていたし、会社に迷惑をかけた覚えは⋯⋯いや、最近は会社の前にマスコミが来たり、問い合わせが殺到したりしている。


 十分かけている気がしてきた。

 少し嫌な予感を抱えながら社長室へ向かうと、社長は机の上に何枚もの書類を広げて待っていた。


「おはようございます」

「おう。座れ」


 言われた通り向かいの椅子に腰を下ろす。

 社長は俺の顔をしばらく見たあと、大きく息を吐いた。


「田中。しばらく現場出るな」

「⋯⋯はい?」


 朝一番から予想していなかったことを言われた。


「いや、ちょっと待ってください。俺、何かやらかしました?」

「やらかしてると言えば、やらかしてるな。規模が国レベルだけど」

「⋯⋯もしかして、昨日俺に来た電話の件ですか?」

「それ以外に何がある」


 やっぱりか。

 社長は机の上にあった書類を一枚抜き、俺の前へ滑らせた。


「今朝、探協本部から正式に連絡が来た。そのあと国からもな。お前を全国で発生してる異常ダンジョンの調査に参加させたいそうだ」

「昨日、福岡探協の佐藤さんって方から聞きました」

「なら話は早い。で、その間、お前はうちの仕事を休め」

「でも、全国全部回るなら結構長くなるんじゃないですか?」

「そうだろうな」

「山下たちに負担かかりますよ」


 俺が抜けたところで第一現場課が回らなくなるわけではない。

 山下は十年以上のベテランだし、佐々木ももう十分一人前だ。高橋だってまだ新人とはいえ、最近はかなり仕事を覚えてきている。

 それでも四人でやっていた仕事を三人ですることになる以上、負担は増える。


「そこも含めて国が金出してくれるそうだ」

「⋯⋯マジですか」

「お前が休んでる間の給料は全額保証。それとは別に、お前がいないことで会社が受けられない仕事や、減る売上についても見込みで補償してくれるんだと」

「手厚いですね⋯⋯」

「国からの正式な協力要請だからな」


 言われてみればそうなのかもしれない。

 ただ、俺一人がしばらく現場から抜けるだけで、国から会社の売上まで補償されるという話になるとは思わなかった。


「しかも、お前には別で特別報奨金も出すらしいぞ」

「報奨金ですか?」

「給料とは別に、今回の異常事態への協力に対する国からの報酬が出るらしい」

「⋯⋯そんなに貰っていいんですか?」

「お前しかできない仕事なんだろ?」

「そうらしいですけど⋯⋯」

「なら貰っておけ」


 だからといって、急に扱いが大きくなりすぎている。

 この間まで俺がやっていたのは、モンスターの死骸を消したり、血を落としたり、床や壁を綺麗にしたりする仕事だ。

 今もやること自体は大して変わらないはずなのに、依頼主が会社から国に変わっただけで話が随分と物々しくなった。


「一応言っとくが、会社としては断っても良いんだ」


 社長がそう言って、椅子にもたれた。


「国からの依頼ではあるが、強制的にお前を行かせる話じゃない。お前が嫌なら俺から断る」

「⋯⋯いいんですか?」

「当たり前だ。お前はうちの社員だぞ。そのへんは国だろうが探協だろうが関係ない」


 社長らしい言葉だった。

 現場に残りたいと言った俺を、主任になるまで好きに働かせてくれた恩人である。


 だから、もし断るなら会社のせいにはしたくない。


 少し考えてから、俺は机の上の書類を見た。

 現場は、北海道、東京、静岡、愛知、大阪、広島、沖縄の七ヶ所。

 今は異常魔素の上昇は止まっている。しかし、異常魔素は残留したままで、いつ博多第三ダンジョンと同じことが起きてもおかしくない。


 あの数のモンスターが、ベヒーモスのようなモンスターが街に出れば⋯⋯。どこも都心部だ。被害は計り知れない。


「⋯⋯行きます」


 俺が答えると、社長は少しだけ目を細めた。


「良いのか?」

「俺にしか消せないって言われたら、さすがに知らん顔もできないですよ」


 探索者になるつもりはない。

 今さら英雄になりたいとも思わない。

 世界を救えと言われたら、さすがに荷が重すぎる。


 でも、日本のどこかで博多第三ダンジョンと同じことが起きるかもしれなくて、それを防ぐために俺の『清掃』が必要だというなら————断る理由もなかった。


「それに、給料も出るんですよね?」

「当たり前だ」

「会社にも迷惑かからないですよね?」

「現場は回るから心配するな」

「なら大丈夫です」


 社長は満足そうに笑い、机の書類をまとめた。


「じゃあ今日からお前は休業扱いだ。全国の異常事態が片付くまで、会社には来るなよ」

「今日からですか!?」

「今日からだ。探協からそう要請されてる。下手にダンジョン入って何かあったら困るらしい」

「いや、今日の現場もう決まってますよ」

「山下らには俺から話す」

「でも——」

「田中」


 社長が俺の言葉を遮った。


「今はそっちが仕事だろ。頼んだぞ」


 そう言われると、何も返せなかった。

 

 19年間、ほとんど毎日のようにダンジョンへ入ってきた。

 体調不良でもないのに、会社から「現場に出るな」と言われたのは初めてだ。


「⋯⋯分かりました」

「東京行きの日程は今日中に探協から連絡が来るらしい。しばらく家空けることになるだろうから、それだけは準備しとけ」

「はい」


 こうして、俺の全国清掃出張の旅が始まった。

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