45話 清掃おじさん、国にお呼ばれされる
『あなたの『清掃』だけです』
電話の向こうから聞こえてきた佐藤さんの言葉に、俺はしばらく何も返せなかった。
福岡だけではなく、国内七ヶ所。さらには海外でも、博多第三ダンジョンと同じような異常魔素が確認されている。
その異常魔素を消滅させることができたのは、現在確認されている限り俺の『清掃』だけ。
⋯⋯話が大きすぎないか?
「えっと⋯⋯それ、間違いじゃないんですか?」
『間違いではありません。少なくとも、現時点で各国から共有されている情報を見る限りでは』
「でも、世界中に探索者って何人いるんですか?」
『正確な人数は私も把握していませんが、相当数です』
「その中で?」
『田中さんだけです』
⋯⋯⋯⋯勘弁してくれ。
俺は今日も博多第二ダンジョンで床を磨いていた清掃員なんだぞ。
思わずVIVIDの四人を見ると、全員が何とも言えない顔でこちらを見ていた。
いや、そんな目で見ないでほしい。
俺が一番困っている。
「田中さん⋯⋯もしかして、超重要人物になってない?」
「やめてくださいよ⋯⋯」
本当に冗談じゃない。
ついさっき救世主なんて呼ばれて、俺には清掃おじさんで十分だと言ったばかりなのだ。
それなのに10分も経たないうちに、世界規模の話を持ってこないでほしい。
『もちろん、今すぐ田中さんに海外へ行っていただきたいという話ではありません』
「⋯⋯良かった」
思わず声に出た。
『まずは国内です』
「良くなかった」
小宮川さんが吹き出した。
『現在、国内で確認されている七ヶ所について、探索者協会本部を中心に詳しい調査が進められています。現時点では、博多第三ダンジョンほど大規模な異常が発生している場所はありません。しかし、異常魔素の濃度が徐々に上昇している地点も確認されています』
「放っておいたら、博多第三みたいになる可能性があるってことですか?」
『否定できません』
それは困る。
博多第三では3000体を超えるモンスターが発生し、最後にはS級のベヒーモスまで出てきた。
今回は運良く死者が出なかった。
だが、同じことがもう一度起きても同じ結果になるとは限らない。
『そのため本部では、国内七ヶ所の異常地点について早急に調査を行う方針です。その調査に、田中さんにも参加していただきたいと考えています』
「⋯⋯俺もですか」
『はい。ただし、田中さんにモンスターの討伐をお願いするつもりはありません』
その言葉には少し安心した。
俺は探索者ではない。
ベヒーモスを倒したとか、レッドドラゴンを倒したとか、最近は色々おかしなことになっているが、本職は清掃員だ。
『田中さんにお願いしたいのは、異常魔素の調査と、必要に応じて『清掃』による除去です。現地での戦闘や護衛については、探索者協会側で最高戦力を用意します』
「最高戦力?」
『————S級探索者です』
「え、S級ですか!?」
思わず聞き返した。
『今回の異常は、一地域の探索者協会だけで対応する段階を越えたと本部は判断しています。国内のS級探索者全員に協力要請を行う予定です』
日本には、四人のS級探索者がいる。
東京の天城空と天城海。
大阪の獅子堂剛毅。
北海道の白峰冬馬。
探索者に詳しくない人でも、一度くらいは聞いたことがあるような人たちだ。
そんな人たちが集まるらしい。
「⋯⋯凄いですね」
『はい。国内の探索者における最高戦力です』
「会ってみたいなぁ⋯⋯」
「田中さん?」
水野さんに呼ばれて、そちらを見る。
「なんですか?」
「いや、なんでちょっと嬉しそうなの?」
「だってS級ですよ?」
「田中さん、ベヒーモス倒したじゃん」
「それとこれとは別ですよ」
本物のS級探索者だぞ。
神崎さんの戦いを間近で見た時も思ったが、一流の探索者というのは格好いい。
長年ダンジョンで働いている身としては、やはり一度くらい実際に見てみたい。
水野さん達も、ダンジョンでの戦闘は格好良かった。⋯⋯配信さえしなければ、もっと一緒に潜りたいまである。
「⋯⋯田中さんって、そういうところあるよね」
水野さんが呆れたように言った。
『それと田中さん』
「はい」
『正式な要請については改めてご連絡しますが、その前に一度、東京都にある探索者協会本部までお越しいただくことになると思います』
「本部ですか?」
『はい。今回の異常について、国内で確認されている情報を共有するための会議が開かれる予定です。各地のS級探索者にも出席を要請する方向で調整されています』
「⋯⋯俺もその会議に?」
『田中さんが最重要人物の一人ですので』
最重要人物。⋯⋯俺の人生で、自分に使われるとは思っていなかった言葉だ。
「俺、清掃員ですよ?」
『存じています』
「会議とか、そういうの全然分からないんですけど」
『座って話を聞いていただければ大丈夫です』
「⋯⋯スーツとかの方がいいですか?」
『⋯⋯服装については、特に指定はありません』
電話の向こうで、一瞬だけ間があった。
スーツなんて冠婚葬祭くらいでしか着ない。それも何年も前に着たやつだ。
⋯⋯一応、買っといた方が良いだろうか。
『詳細な日程は明日以降に改めてご連絡します。また、今回の件についてはまだ一般には公表されていません。国内七ヶ所や海外の事例についても、情報の取り扱いには十分注意してください』
「分かりました」
『夜分遅くに申し訳ありませんでした』
「いえ、お疲れ様です」
電話が切れた。
静かになった部屋で、俺はスマホをテーブルに置いた。
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