44話 清掃おじさん、家にお呼ばれされる
「お邪魔します」
「どうぞー!」
VIVIDの四人が住んでいる家は、想像していたより普通だった。
もちろん広い。
四人で暮らしているのだから当然だ。
でも、有名探索者兼インフルエンサーの家というから、もっと派手なのかと思っていた。だが、思ったよりもずっと普通であった。
リビングへ入る。
「適当に座ってください」
橘さんに言われ、ソファへ座る。
テーブルには料理が並んでいた。とても美味しそうだ。
「これ、皆さんで作ったんですか?」
「由香里が8割作ったんですよ」
黒川さんが即答した。
⋯⋯凄い。美人でB級で優しくて、しかもプロ顔負けの料理を作れるとは⋯⋯。天は二物も三物も与えるんだなぁ⋯⋯。
橘さんはぷりぷりと怒っている。
「玲奈さん!」
「事実でしょ」
「美月も手伝ったよ?」
「味見してただけでしょ」
「味見も大事でしょー!」
「私は応援した!」
「水野さんも何もしてないじゃないですか⋯⋯」
俺は笑った。
こういうところは、俺の家に来た時と変わらない。アラクネを倒した人たちとは思えないな。
五人で食卓を囲む。
「乾杯しよ!」
小宮川さんがグラスを持ち上げる。
それに合わせて、俺たちもグラスを持った。
「博多第三ダンジョン事件の解決、お疲れさまでしたー!かんぱーい!」
『乾杯!!』
五人で乾杯する。
ようやく、あの日が終わったような気がした。
「でもさ!」
水野さんが唐揚げを食べながら俺を見る。
「田中さん、本当にS級探索者にならないの?」
「ならないですよ」
「えー、なんでー?日本で五人目のS級になろうよー!」
そんなの荷が重すぎるだろ⋯⋯絶対目立つし⋯⋯。
それに、俺は探索者ではなく清掃員の方が性に合っている。S級探索者どころか、探索者になるつもりすら無いのだ。
「仕事の方が好きなんで、探索者にはなりませんよ」
「もったいなーい」
「でも、田中さんっぽいよね」
「そうですか?」
「うん。急に『探索王に俺はなる!』とか言い始めたら嫌だもん」
「どこのゴム人間ですか!俺も嫌ですよ!」
全員が笑った。
黒川さんがグラスを置く。
「でも、これから田中さんの扱いをどうするか——色々と大変そうですね⋯⋯」
「扱い、ですか?」
「そうです。このまま素直にただの一般人として置いておけるのかどうか⋯⋯」
「でも俺、清掃員ですよ?」
俺は清掃員だ。探索者じゃない。
だが、事態はそう単純ではないようで。
「⋯⋯世界でベヒーモスを単独撃破できる人間が何人いると思ってるんですか?S級探索者でさえ、単独でベヒーモスを倒せるのは半分いるかどうか⋯⋯」
「マジですか⋯⋯」
「マジです。田中さん、自分がどういう立場か理解できました?」
黒川さんが呆れている。
いやー、マジか、そうなのか⋯⋯。S級探索者なら全員ベヒーモスを単独撃破出来るくらいは強いと思っていた。
そうでないのなら、少なくともベヒーモスとの戦いに限れば、俺はS級の中でも上位50%に入ってしまう、という事だ。
⋯⋯そんな奴を、探索者協会がみすみす自由に捨て置くだろうか。
⋯⋯だんだん嫌な想像が頭を過ぎりはじめる。
青ざめていく俺を尻目に、黒川さんは酒を呷った。
「少なくとも、日本では無視できない存在になったと思いますよ」
「普通に清掃の仕事できればいいんですけどね⋯⋯」
「無理じゃない?」
「水野さんまで、辞めてくださいよ⋯⋯」
「だって今日もずっと田中さんのニュースやってたよ」
カムバック、職業選択の自由。
俺はビールを一気に飲む。それを小宮川さんが面白そうにケタケタ笑っていた。
「田中さんヤケ酒じゃーん!」
「飲まずにはいられませんよ!」
「だんだん、あんな事をした先日の俺にも腹が立ってきました⋯⋯」
「まぁまぁ、あの時はああするしか無かったから!田中さん居なかったら、マジに死んでた可能性あったもん!」
小宮川さんの言葉にハッとし、その顔を見た。
お酒が入り、少し赤らんでいる。
⋯⋯そうか。俺は、小宮川さんを。黒川さんを、橘さんを、水野さんを、あとここに居ないけど神崎さんを。守ったのだ。
あの場で、ベヒーモスに有効な手は何も無かった。
仲良くなった人達がベヒーモスに殺され、ダンジョンを破壊して脱出したベヒーモスが博多で暴れ、山下たち部下も殺される。そんな未来が、現実的に有り得たわけだ。
だが、そうはならなかった。
俺がベヒーモスを倒したからだ。
⋯⋯なら、それで良いじゃないか。
これからどう扱われようが、珍獣として見られようが、探索者協会でやりたくない仕事を押し付けられようが。
————守りたい人を守れた以上に、喜ばしいことなんて何も無いんだ。
「ちょ、ちょっと田中さん。何、美月の顔をそんなマジマジと見て⋯⋯」
そんな小宮川さんの言葉で現実に引き戻された。
「あ、ああいや、すみません!皆さんを守れて良かったなと、なんか考え込んでました!」
「⋯⋯そ、そうなんだ。いや、マジでそれに関してはありがとう。本当に誇張抜きで命の恩人だよ、田中さんは!」
「そうですね。田中さんが居なければ、私たちも地上の人たちも沢山犠牲になっていたと思います。ありがとうございます」
そう言って、小宮川さんと黒川さんが頭を下げる。
「や、やめてください!そんな!」
「私もできることはやったつもりですけど、あのベヒーモスには殆ど何もできませんでした。本当にありがとうございます、田中さん」
「田中さんは私たちの⋯⋯ううん、福岡の救世主だね!」
そう水野さんが締めくくる。
あまりにも分不相応な称号だ。俺には——。
「救世主なんて。俺には、清掃おじさんって称号で十分ですよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ぷっ」
『あはははははは!』
水野さんが吹き出すと、一斉に全員が笑い出した。
真面目に言ったつもりだったが⋯⋯。とりあえず、おっさんのギャグセンスはまだ死んでいなかったらしい。
◆
夜十時を過ぎた頃。
そろそろ帰ろうかと思っていた時、テーブルに置いていた俺のスマホが鳴った。
知らない番号だった。
「誰だろ」
「出ない方がいいんじゃない?こんな時間にかけてくるとか」
「確かに。⋯⋯でもまぁ、一応出てみます」
俺は電話に出る。
「はい、田中です」
『夜分遅くに申し訳ありません。福岡県探索者協会の佐藤と申します』
こんな時間に電話をかけて来るとは。福岡探協も中々ブラックだな⋯⋯。
「お世話になってます」
『今、お時間よろしいでしょうか』
「はい」
声の雰囲気が妙に硬い。
『博多第三ダンジョンで発生した異常魔素について、過去のデータとの照合結果が出ました』
俺は姿勢を正した。あと、VIVIDの四人にも聞いてもらった方が良いと判断し、スマホのスピーカーをオンにする。
「どうでした?」
『博多第一ダンジョンでレッドドラゴンが出現した際に検出された魔素。そして、春日第二ダンジョン崩落時に検出された魔素。
———そして今回のものと、ほぼ同一の特徴を示しています』
「⋯⋯じゃあ、やっぱり繋がってるんですか?」
『その可能性が非常に高いと考えています』
⋯⋯思った通りだ。やっぱり、あの事件はバラバラで起きた偶然の事件ではない。何か一つの、大きな原因がある。
『ただ、それだけではありません』
佐藤さんは続ける。
「まだあるんですか?」
『はい』
嫌な予感がした。
『今回の件を受け、探索者協会本部が全国のダンジョン管理記録を再調査しました』
俺は黙って続きを待つ。
『類似した異常魔素が、福岡県外でも検出されています』
「⋯⋯福岡以外にも、ですか?」
『現在確認できているだけで、国内七ヶ所です』
「七ヶ所⋯⋯」
水野さんたちの表情が変わった。
電話の声は続く。
『そして、海外の探索者機関にも照会を行いました』
そこまで聞いて、何となく分かった。
⋯⋯分かってしまった。
『韓国、中国、アメリカ、イタリアを含む複数の国から、類似事例が報告されています』
「⋯⋯⋯⋯」
俺は何も言えなかった。
福岡だけじゃない。日本だけでもない。
——世界中で、異常事態が発生していた。
『田中さん。ここからが最重要事項です。あなたに直接連絡を取った理由になります』
「⋯⋯⋯⋯はい」
『世界各地で確認された異常魔素を消滅させることができたのは、現在確認されている限り——』
電話の向こうで、協会職員が言った。
『あなたの『清掃』だけです』
評価、ブックマーク、感想など励みになります。
モチベーションになりますので、よろしくお願いします。
また、作者Xにて更新通知を行っております。
新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。
@MokaSufure




