43話 清掃おじさん、反響を知りたくない
博多第三ダンジョンでの一件から、三日が経った。
俺は朝から会社にいた。
「主任」
「ん?」
「また増えてます」
佐々木がスマホを差し出してくる。
画面には、見覚えのある中年男が映っていた。
『清掃おじさんがS級ベヒーモスを撃破!』
そんな文字がデカデカと表示されている。
再生回数は2300万回。
「⋯⋯どんだけ再生されてんだ⋯⋯後、いつまで増えるの⋯⋯?」
「S級倒した映像なんで⋯⋯あと1億再生くらいは行くんじゃないですか?」
「もう三日前だぞ?なんかもっとあるだろ、芸能人の不倫とか野球選手の活躍とかさ」
「三日で忘れられると思ってたんですか?」
流石に思っていたわけではない。でも、そろそろ落ち着いてほしい。
博多第三ダンジョンでの作戦は、無事に終了した。
俺が22階の異常魔素を『清掃』したあと、博多第三ダンジョンでの魔素濃度は正常値まで低下。新しいモンスターの出現も止まった。
残っていたモンスターについても、福岡中から集まった探索者たちによって順次討伐された。
奇跡的に死者はゼロ。負傷者は大勢出たものの、重傷者を含めて全員が命を取り留めたらしい。
そして翌日。
協会から事件の概要が公表された。
A級モンスターを中心に、モンスターが大量に異常出現。推定、3000体から5000体。
さらに、日本では三年ぶり——10体目となるS級モンスター、ベヒーモスが出現。
それを福岡の上位探索者たちが迎撃した。
ここまではいい。
問題は、その先だ。
S級のベヒーモスに決定的な一撃を与えた人物。——田中和彦、41歳。博多ダンジョン環境サービス勤務の清掃員。巷では清掃おじさんの愛称で人気がある⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯俺のプライバシーって何?死んだの?なんで俺がやった事がバレてるんだよ。
「主任、今フォロワー何人なんですか?」
俺の心の慟哭も露知らず、ふと山下が聞いてくる。
「知らんよ⋯⋯怖くて開いてないよ⋯⋯」
水野さんに無理やり作らされ、やり取りする用に作成したイソスタアカウント。
作ったは良いものの、水野さんがフォローした途端通知が鳴り止まなくなり、慌てて水野さんに連絡して通知の切り方を教えてもらった。それからは怖くて開いていない。
「昨日100万人超えてましたよ」
「何で高橋が知ってるの?」
「見てるんで」
「見なくていいよ⋯⋯」
山下が笑っている。
「いやあ、ついにS級ですか。主任、どこまで行くんです?」
「俺が聞きたいよ⋯⋯」
「世界進出とか?」
「行くわけないだろ。俺は福岡大好きなんだよ」
福岡の人は福岡が好きな人が多い。俺もその一人だ。飯は美味いし、そこそこ栄えてるし、物価は安いし、観光地にも行きやすいし、空港も近いし⋯⋯。
そんな俺の考えを他所に、山下は話を勝手に広げる。
「世界最強の清掃員とか狙いましょうよ」
「なんだよそれ」
「あ、でも既に清掃員なら世界最強か!」
「やめてくれよ⋯⋯」
俺はため息をついて、今日の作業予定表を見る。
今日は通常清掃だ。
博多第二ダンジョン、1階から9階。D級モンスターまでの討伐跡を清掃する。
⋯⋯安心する。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
「田中班、準備できたか?」
「はい!」
高橋が元気よく答える。
「じゃあ行くか」
俺はいつもの道具を持った。
S級を倒しても、仕事は変わらない。
◆
仕事を終えて会社へ戻ったのは、夕方だった。
事務所へ入ると、社長が俺を呼び出す。
「田中、ちょっといいか」
「はい」
何だろう。最近はロクなことが無い。⋯⋯また協会から呼び出しだったら嫌だな。
怯えながら社長室へ入ると、社長は机の上に何枚かの資料を置いていた。
「まず、博多第三ダンジョンの件だが」
「はい」
「協会から正式に感謝状を出したいと連絡が来ている」
「⋯⋯感謝状、ですか」
そんな事しなくて良いのに。と思うが、そうも行かないのだろう。
社長が話を続ける。
「それから、県も動いているらしい」
「県まで?」
「そりゃ動くだろう。放っておけば、あのベヒーモスが地上へ出ていた可能性もあったそうじゃないか」
そう言われると、断りにくい。
博多に、福岡にベヒーモスが出てこなくて良かった、とは素直に思う。
「あと、テレビ局が六社。新聞、雑誌、海外メディアからも取材依頼が来ている」
「断っていいですか?」
「好きにしろ」
「じゃあ断ります」
「即答だな」
社長が笑った。
「ただ、一つだけ断れないものがある」
嫌な予感がする。
「探索者協会から、改めて田中の能力について正式な調査をしたいそうだ」
「またですか?」
「今回はS級モンスターを倒したからな」
「俺、探索者じゃないんですけど⋯⋯」
「向こうも分かってる」
社長は苦笑した。
「だが、S級を倒せる人間を『清掃会社の主任です』で放っておくわけにもいかんだろう」
確かに、向こうの立場ならそうなのかもしれない。
「それと、もう一つ」
社長の表情が少し変わった。
「博多第三ダンジョンで発生した、異常魔素についてだ」
俺も姿勢を正した。
「何か分かったんですか?」
「詳しい話は探索者協会から聞くことになる。ただ⋯⋯福岡県内だけの問題ではない可能性が出てきたらしい」
「⋯⋯どういうことです?」
「俺もそこまで聞かされていない。近いうちに連絡が来るそうだ」
社長はそう言って資料を閉じた。
「まあ、そんなところだ。三日前にあれだけ働いたんだ。しばらく無茶するなよ」
「はい」
俺は頭を下げて社長室を出た。
————福岡県内だけの問題じゃない。
その言葉が少し気になった。
でも、考えても分からない。
俺は専門家じゃないし、協会から連絡が来たら聞けばいい。それまでは、自分にできることをできる範囲でやるとしよう。
◆
会社を出たところでスマホが鳴った。
水野さんだった。
「もしもし」
『田中さん、仕事終わった?』
「今終わりました」
いつも丁度良いタイミングで電話かけてくるよなぁ。
『じゃあ今日空いてる?』
「空いてますけど」
『ご飯行こ!』
「二人でですか?」
一瞬、間があった。
『⋯⋯何でちょっと意識してんの?』
「いや⋯⋯」
『前は普通に二人で行ったじゃん』
「そうでしたね」
この前、水野さんと二人でラーメンを食べて、ドライブまでした。
今更何を気にしているんだ、俺は。
『今日は四人ともいるよ』
「あ、皆さんですか」
『⋯⋯⋯⋯。何?その安心した感じ』
「安心してないですよ」
『⋯⋯した!』
電話の向こうから別の声が聞こえた。
『夏希、早く聞いて』
黒川さんだ。
『はいはい。田中さん、今日うちでご飯食べない?』
「うち?」
『VIVIDの家。四人で住んでるとこ』
そういえば、俺の家には四人とも来たことがある。
でも、俺が向こうの家へ行ったことはない。
⋯⋯てか、四人でシェアハウスしてるのか?仲がいいことだ。
「いいんですか?」
『いいから誘ってるんだけど』
「じゃあ、お邪魔します」
『決まり!迎え行くから会社で待ってて!』
「いや、自分で——」
電話が切れた。
相変わらず早い。
俺は会社の前で煙草を一本吸いながら待つことにした。
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