41話 清掃おじさん、S級を倒す
『ベヒーモス、生命反応消失』
無線から声が聞こえた。
『討伐を確認しました』
誰も喋らなかった。
俺も倒れたベヒーモスを見る。
「⋯⋯倒した?」
「倒しましたね」
隣に来た神崎さんが答える。
「⋯⋯あ、脚しか殴ってないですよ?」
「田中さんのあの一撃⋯⋯。間違いありません。中国のS級探索者、武術の達人——李岳峰の技、震界勁です」
「え、え⋯⋯?リ、リー?しんかい?」
「李岳峰の震界勁です。魔素を拳に込め、パンチのインパクト発生地点から、モンスターの内部に多量の魔素を流し込んで内部から破壊する拳術ですよ」
「な、なんじゃそりゃ⋯⋯」
俺は自分の拳を見る。ズタズタで血だらけだ。
⋯⋯ 震界勁〜?何それ知らない怖い⋯⋯。
しかしあれだな⋯⋯。
「S級って、硬いですね」
「⋯⋯初めてのS級討伐の感想、それですか?」
神崎さんが呆れたように笑った。
水野さんたちも近付いてくる。
「田中さん!」
水野さんが走ってきた。
「はい」
「S級倒しちゃったじゃん!?」
「みたいですね」
「もっと喜びなよ!」
「いや、嬉しいですけど⋯⋯」
流石に実感がない。
俺が昔F級探索者だった頃、S級なんて別世界の存在だった。
自分には一生関係がないと思っていた。⋯⋯そもそも俺はF級のまま探索者を辞めたしな。
それから、ずっと清掃員をやってきた。
その俺が今、S級モンスターを倒したらしい。
「⋯⋯人生、分からないもんですね」
俺が言うと、神崎さんが笑った。
「田中さんの場合、分からなさすぎますよ」
その時、周囲から歓声が上がった。
最初は少人数だった。
それが次第に広がっていく。
「S級討伐だー!」
「マジで倒したぞ!」
「清掃おじさん、S級までいけんのかよ!」
「田中さん!」
色々な声が聞こえる。
俺は少し恥ずかしくなって頭を掻いた。
でも、悪い気はしなかった。
神崎さんに戦い方を教えてもらった。
ブラッドパンサーと戦った。
今日も色々なモンスターを見た。
昔とは違う。力があるだけじゃない。
少しだけ、自分で戦えるようになってきた。
そのことの方が、S級を倒したことより嬉しかった。
◆
「⋯⋯ところで」
俺は倒れたベヒーモスを見る。
「これ、どうするんです?」
「どうする、とは?」
「死体ですよ。バカデカいですよね」
神崎さんが黙った。
水野さんも巨大な死体を見る。
「清掃するの?」
「いや、さすがに無理⋯⋯だと思います」
俺もここまで大きなものを消したことはない。
それに、S級モンスターなら魔石や素材の価値も相当なものだろう。
「これは協会に任せましょう」
「ですよね」
俺が頷いた、その時だった。
携帯型の魔素計から警告音が鳴った。
一台ではない。周囲にある何台もの機器が、一斉に鳴り始める。
「何ですか?」
協会職員が端末を見る。
その顔から、さっきまでの喜びが消えた。
「魔素濃度が⋯⋯上がっています」
「ベヒーモスを倒したのに?」
「はい」
別の職員が走ってくる。
「22階だけじゃありません!20階、21階も上昇しています!」
「モンスターの反応は!?」
「増加中です!新規反応があります!」
俺たちは顔を見合わせた。
S級を倒した。
これで一番危険な相手はいなくなったはずだ。
なのに、何も解決していない。——むしろ。
『22階、新規モンスター反応!』
無線から報告が入る。
『数、増加しています!』
「⋯⋯また?」
水野さんの表情が険しくなる。
俺もさすがに分かった。
おかしい。これだけ倒しているのに、まだ出てくる。
レッドドラゴン、春日第二ダンジョンの崩落、そして今回も——全部、異常な魔素が検出されていた。
「もしかして⋯⋯」
俺は協会職員を見る。
「モンスターが原因じゃないんじゃないですか?」
職員がこちらを向く。
「どういう意味です?」
「いや、俺も詳しいことは分かりませんけど」
魔素計の警告音は鳴り続けている。
「モンスターを倒しても終わらないなら、こいつらが原因じゃなくて⋯⋯」
俺は周囲を見る。
目には見えない。
でも、このダンジョンには異常な量の魔素が溢れている。
「この魔素の方が、原因なんじゃないですか?」
誰も答えなかった。
やがて、協会職員が端末へ目を落とす。
「⋯⋯異常魔素の発生地点を特定します」
俺は頷いた。
ようやく、本来ここへ来た理由を思い出した。
俺は今日、モンスターを倒すために呼ばれたわけじゃない。
異常な魔素に『清掃』が使えるか調べるために呼ばれた。
「場所が分かったら教えてください」
「田中さん?」
「次はちゃんと仕事します」
俺は作業着の袖を軽く払った。
「清掃員として来たんで」
協会職員は一瞬だけ俺を見たあと、すぐに頷いた。
「分かりました。異常魔素の発生地点は、すでに22階中央部付近と特定しています。————ただ、問題があります」
「モンスターですか?」
「はい。21階と22階では現在も新たな反応が増え続けています。流石にベヒーモスのような反応はありませんが⋯⋯」
職員が持っていた端末を操作する。
画面には21階、22階の地図と、いくつもの赤い点が表示されていた。
その数が、少しずつ増えている。
「21階での戦闘で相当数を討伐したはずですが⋯⋯」
「魔素濃度の上昇と同時に、新しい個体が確認されています。これでは、すべて討伐して安全を確保してから田中さんを発生地点へ案内するという当初の計画は成立しません」
俺は倒れたベヒーモスを振り返った。
あれだけの化け物まで倒したのに、まだ終わらない。
むしろ、状況は悪くなっている。
「だったら、先に行くしかないですね」
「簡単に言いますね⋯⋯」
神崎さんが苦笑した。
「でも、俺も同意見です。原因が異常魔素にあるなら、モンスターをいくら倒しても同じことの繰り返しになる可能性があります」
協会職員も考え込む。
無線では今も各所から報告が飛び交っていた。
『21階東部、新規反応3!』
『ナイトワイバーン2体確認!』
『20階でも魔素濃度上昇し続けています!!』
どうやら、話し合っている時間もあまりなさそうだ。
職員は無線を取った。
「本部へ。作戦変更を提案します。モンスターの完全掃討を待たず、田中和彦さんを22階の異常魔素発生地点へ移送します」
『危険すぎます!』
「承知しています。しかし、このままでは新規個体の出現が止まりません」
しばらく無線の向こうでやり取りが続いた。
俺はその間に拳を見る。
血は止まり始めているが、酷い有様だった。
さすがS級。殴ったこっちまでボロボロになるとは思わなかった。
「田中さん」
「はい?」
水野さんが俺の拳を見ていた。
「それで行くの?」
「足は無事ですよ」
今回は清掃スキルを使うだけだ。走る足と、手は翳すだけの力が残っていれば十分だ。
橘さんが救急用品を持ってきて、俺の拳を簡単に処置してくれた。
「ありがとうございます」
「無茶しすぎです」
「すみません」
「さっき夏希ちゃんにも言われてましたよね?」
「⋯⋯すみません」
二回謝った。
その横では、黒川さんが電子タバコを取り出しかけて、ここがダンジョンだと思い出したのか戻している。
「早く終わらせて吸いたいですね」
「俺もです。⋯⋯美味いだろうなぁ」
そんな話をしていると、協会職員の無線から返事が来た。
『許可します。ただし田中さん単独での移動は認めません。護衛部隊を編成してください』
「了解しました」
職員が俺たちを見る。
「神崎さん、お願いできますか?」
「もちろんです」
助かる。もしオーガ・アサシンみたいな奴が来た場合、俺だけだったらすぐ死にかねないけど、神崎さんが居れば安心だ。
「VIVIDの皆さんは——」
「行きます!」
水野さんが即答した。
「まだ何も言ってないですけど」
「田中さんの護衛でしょ?」
「⋯⋯はい」
「じゃあ行きます」
黒川さんたちも当然のように頷いている。
「いや、皆さんも結構戦ってましたよね?」
「田中さんにだけは言われたくない」
水野さんにまた同じことを言われた。
結局、神崎さんとVIVIDの四人、それに数名のA級探索者が護衛として同行することになった。
目的地は22階。異常魔素の発生地点。
今度こそ、俺の仕事だ。
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