↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/103

40話 清掃おじさん、S級と戦う

シルバーウィークは更新頻度高めになりますので、お楽しみください!

 戦闘開始から十分ほど経った頃には、探索者側の負傷者が増え始めていた。


 死人はギリギリまだ出ていない。

 それは、ここにいる人たちが強いからだ。


 誰かが危なくなれば別の誰かが助ける。攻撃が集中しそうになれば能力を持った探索者が援護し、神崎さんのような経験豊富な人たちが戦線を調整している。


 でも、状況が良くなっているわけではない。


 ベヒーモスはピンピンしている。ダメージも無い上に、体力も減っている気配がない。

 一方、探索者側だけが少しずつ消耗している。


『撤退を検討します!各班、退路を——』


 協会から指示が出かけた時だった。


 ベヒーモスが突然、動きを止めた。


「何だ?」


 巨大な頭が持ち上がる。

 口が開いた。


「まさか——ブレス!?」


 水野さんが言う。


「ベヒーモスにブレス能力はないはずです!」


 協会職員が答える。


 俺もそう聞いている。

 ベヒーモスは特殊攻撃を持たない。


 ただ圧倒的に大きく、硬く、強い。


 でも、口の奥には何かが集まっていた。

 黒い光。————いや、魔素だ。


「魔素反応、急上昇!」

「どういうことですか!?」

「分かりません!」


 携帯型の魔素計が警告音を鳴らしている。

 周囲の異常魔素が、ベヒーモスの口へ吸い込まれていた。


 こいつ自身の魔素じゃない。ダンジョン内に溢れている異常な魔素を取り込んでいる。

 ⋯⋯ベヒーモスの隠された技なのか、この空間中の異常すぎる魔素量が影響しているのか。または、その両方か⋯⋯。


「全員、退避!」


 協会職員が叫ぶ。

 前線の探索者たちも異変に気付いた。その異変から逃げ始めるが——間に合わない。


 黒い魔素の塊は、レッドドラゴンのブレスより遥かに大きくなっている。

 この広い空間ごと吹き飛ばすつもりか。


「まずいな————」


 俺は前へ出た。


「田中さん!?」

「ちょっと行ってきます」

「待ってください!」


 止められたが、今度は聞かなかった。


 あれが魔素なら——俺なら止められるかもしれない。


◆


「田中さん!?」


 水野さんが俺に気付いた。


「何で来てるの!」

「いや、あれ消せるかなと思って」

「そういう問題じゃ——!」


 ベヒーモスの口から黒い光が放たれた。

 水野さんの顔色が変わる。


「あれは魔素⋯⋯あれは魔素⋯⋯。『清掃』!!」


 俺は前へ出て、『清掃』を使った。

 押し寄せてきた黒い魔素が、俺の目の前から消えていく。


 勢いは強い。

 レッドドラゴンのブレスを消した時より、遥かに重い感覚があった。


 それでも消せる。その確信がある。

 

 前から後ろへ。巨大な奔流そのものを削り取るように『清掃』を広げていく。

 そして————黒い光は完全に消えた。


「⋯⋯やっぱり消せた」

「やっぱりじゃないよ!」


 水野さんに怒られた。


「今の絶対やばいやつだったからね!?」

「だから消したんですよ」

「そうなんだけど!」


 ベヒーモスがこちらを見る。


「田中さん、下がってください!」


 神崎さんが走ってきた。


「今の攻撃を止められたことで、完全に狙われています!」

「みたいですね」


 ベヒーモスが前脚を踏み込む。

 巨体がこちらへ向かってくる。


「⋯⋯このまま戦います」

「田中さん!?」

「多分、アイツをどうにか出来るのは俺だけだと思います」

「⋯⋯⋯⋯悔しいですが、そうかもしれませんね」


 神崎さんは苦笑した。


「ただし、無茶はしないでください。硬さは見た通りです。ベビーモスとは比較になりません」

「分かりました」


 神崎さんの忠告を背に、ベヒーモスに歩いていく。

 遠くで水野さん達の止める声が聞こえるが、今は聞こえないふりをする。


 ベビーモスで三発。

 だったら、その成体には俺の拳がどこまで通じるのか。


 ベヒーモスが突進してくる。

 八十メートルの巨体が動く光景は、それだけで現実味がなかった。まるで怪獣映画だ。


「田中さん、右です!」


 神崎さんの声に従って動く。


 真正面には立たない。

 相手の進行方向から外れながら、前脚へ近付く。


 ベヒーモスが俺を踏み潰そうとする。

 だが、その動きは大きくて遅い。ブラッドパンサーよりずっと動きは遅く、オーガ・アサシンのような小細工もない。


 だから、避けること自体は難しくなかった。範囲の大きな踏み潰し攻撃も、俺の身体能力なら1秒足らずで攻撃から抜け出せる。


 巨大な脚が横を通過したタイミングで、俺は踏み込んだ。

 ベビーモスを倒した時と同じように、足から腰へ力を繋げる。


 そして脚の鱗へ拳を叩き込んだ。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 凄まじい衝撃が腕へ返ってきた。


「痛っ!」


 思わず声が出る。

 俺はすぐに距離を取った。


「田中さん!」

「大丈夫です!」


 拳を見ると、皮膚から少し血が出ていた。硬すぎたのだ。


 ベヒーモスを見る。

 殴った場所には——小さな傷しかついていなかった。


「⋯⋯マジか」


 ベビーモスなら一発目で亀裂が入った。


 こいつは違う。

 俺が殴っても、僅かに鱗が欠けただけ。


「これ、何発殴ればいいんだ?」

「だから言ったでしょう!」


 神崎さんに怒られた。


 でも、少しは効いてはいる。

 それなら、どうすればもっと通るのか。


 力を上げる?

 ——違う。さっきと同じ殴り方では駄目だ。


 ベビーモスの時は、三発ともほぼ同じ場所を狙った。


 でも今回は、鱗そのものが桁違いに硬い。だったら、もっとちゃんと身体を使うんだ。


 俺は自分の拳を握った。

 

 神崎さんに教えてもらったことを思い出す。

 俺は探索者の動きを一から覚える必要はない。19年間やってきた動きを使えばいい。


 重いものを持ち上げる時。

 巨大な魔物の死体を動かす時。

 床にこびりついた汚れを削る時。


 力任せでは長時間続かない。

 足を置く位置、腰の使い方、肩の入れ方、道具へ力を伝える角度。


 毎日、何度も繰り返してきた。


「⋯⋯もう一回いきます」

「田中さん?」

「今度は、もっとちゃんと殴ります」


 神崎さんが一瞬だけ黙った。

 それから、少し笑った。


「分かりました。俺が誘導します」


 神崎さんが先に走った。

 ベヒーモスの視界へ入り、わざと注意を引く。


 巨大な前脚が神崎さんを狙うが——当たらない。

 神崎さんは『領域』で動きを読みながら、少しずつ俺のいる方向へベヒーモスを誘導してくる。


「田中さん!」

「はい!」

「次、左前脚が来ます!」


 ああ。俺も見えている。


 ベヒーモスが踏み込んだ。

 その瞬間、俺も動く。


 脚を避けながら懐へ入り、さっき傷をつけた鱗を見る。


 足を置く。腰を落とす。腕だけではなく、身体全体を使う。


 ————全ての魔素を拳に込めて、拳を叩き込んだ。


 さっきとは違う音がした。

 ベヒーモスの巨体が僅かに揺れる。


「入った!」


 水野さんの声が聞こえた。


 俺も手応えがあった。

 鱗に亀裂が入っている。


「田中さん、離れて!」


 橘さんの声が響き、すぐに後ろへ跳ぶ。

 直後、巨大な尾が目の前を通過した。


「ありがとうございます!」


 拳はめちゃくちゃ痛い。けど、まだいける。

 ベヒーモスが怒り狂ったように吠える。


 さっきまで俺なんてほとんど気にしていなかったのに、今は完全にこちらを見ている。


「効いてる⋯⋯!」


 嬉しくなった。


 怖くないわけじゃない。

 でも、それ以上に分かってきた。


 どう動けばいいのか、どう殴ればいいのか。


「田中さん!」


 神崎さんが叫ぶ。


「同じ場所です!」

「はい!」


 ベヒーモスが突っ込んでくる。

 今度は神崎さんに言われる前に動いた。


 進行方向、脚の位置、身体の向きを見る。

 ——どこを通れば安全なのか考える。


 狭いダンジョンで台車を押し、大きな死体や瓦礫を避けながら仕事をしてきた。あれと同じだ。

 相手が80メートル級の化け物になっただけ。


 ⋯⋯いや、さすがに全然違うな。自分で言ってて笑ってしまった。

 でも、やることは似ている。

 

 俺はベヒーモスの前脚を避け、懐へ入った。

 先ほど作った亀裂、そこへ拳を叩き込む。


 ——亀裂が大きく広がった。

 ベヒーモスが初めて大きく体勢を崩す。


 周囲から声が上がった。


「通ってる!」

「同じ場所を狙え!」


 上位探索者たちが一斉に動いた。


 俺が作った亀裂へ攻撃が集中する。


 神崎さんと水野さんの剣が入る。

 他の探索者たちの槍や魔法も続いた。


 鱗が少しずつ崩れていく。


「もう一発!」


 俺も走った。


 ベヒーモスが暴れ、巨大な尾が探索者たちを薙ぎ払おうとする。

 黒川さんの瞳が金色に輝いた。


「『固定』!」


 やはり止まらない。でも、一瞬だけ鈍った。


「美月!」

「分かってる!」


 小宮川さんが念力を重ね、ほんの僅かに軌道がずれる。


「田中さん、今です!」


 橘さんの声が届いた。


 水野さんが俺の前へ飛び出し、落ちてきた巨大な瓦礫へ触れる。


「『透過』!」


 進路を塞いでいた岩が透明になる。

 俺はその間を突っ切った。


「ありがとうございます!」

「決めてきて!」


 俺が取っ掛りを作り、皆が拡げた亀裂の前へ出る。


 拳を握る。

 今までで一番、身体の動きを意識した。

 体の全部を一つに繋げる。俺の持っている全部の全部を拳に乗せる。


「————うおおおおぉぉぉぉぉ!」


 そこに拳を叩き込んだ。


 ——ベヒーモスの鱗が砕ける。

 拳がその奥へ入る。

 衝撃がベヒーモスの巨体へ抜けた。


 圧倒的に巨大な身体が大きく傾く。

 俺はすぐに拳を抜いて離れた。


 ベヒーモスが数歩よろめいた。

 それでも倒れない。


「まだ立つのか⋯⋯」


 さすがS級。

 でも、まだいける。まだまだいける。


 そう思って構え直した時だった。


 ベヒーモスの前脚が——ガクンと折れた。

 巨体が傾き、頭が床へ落ちた。


 そのまま全身が崩れるように倒れていく。


「田中さん、離れて!」

「うわっ!」


 俺は慌てて走った。


 背後で凄まじい衝撃が起きる。


 床が揺れ、風圧が背中を押した。

 何とか転ばずに止まり、振り返る。


 ベヒーモスは動かなかった。

 しばらく待っても、起き上がらない。


 協会職員たちが魔素反応を確認している。


 長く感じる数秒が過ぎた。——そして。


『ベヒーモス、生命反応消失』


 無線からそんな声が聞こえた。

評価、ブックマーク、感想など励みになります。

モチベーションになりますので、よろしくお願いします。


また、作者Xにて更新通知を行っております。

新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。

@MokaSufure

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。