38話 清掃おじさん、無双する③
北側のアンデッド群がほぼ消滅した頃、別の場所から新しい緊急連絡が入った。
『中央戦線、A級上位個体を確認!デュラハンです!』
「デュラハン?」
俺が聞き返す。
協会職員の表情が変わった。
「まずいですね⋯⋯」
「そんなに強いんですか?」
「A級上位の中でも、非常に危険なアンデッドです。限りなくS級に近いと言って良いでしょう」
端末に情報が表示される。
首のない騎士。高度な剣術と極めて高い耐性、疲労しない身体を持つ。
さらに、死霊魔法を操ることもでき————そして、一番下に書かれている説明を見て俺は二度見した。
「相手の名前を呼びながら剣で斬ると、相手が必ず死ぬ?」
「死神の魔剣と呼ばれています。条件を満たされた場合、防御では防げないとされています」
「それ、めちゃくちゃ強くないですか」
「ですからA級上位なんです」
どう考えても危ない。
しかも、既に中央戦線の探索者と接触している。
『デュラハン、前衛突破!接近戦を避けてください!』
無線から怒号が響く。
「行きますか」
俺が言うと、協会職員が一瞬止まった。
「⋯⋯田中さん」
「アンデッドですよね?」
「そうですが⋯⋯」
「だったら多分、さっきと同じです」
水野さんが横から顔を覗き込んでくる。
「もしかして、デュラハンも清掃する気?」
「できるならその方が安全でしょう」
「A級上位なんだけど⋯⋯」
「でも死体ですよね?さっきのもA級中位でしたよ」
俺が言うと、水野さんは何とも言えない顔をした。
「田中さんの前だとアンデッドかわいそうになってきた」
「俺は仕事してるだけですよ」
「ダンジョン清掃ってそういう仕事じゃないからね?」
それは流石に俺も分かっていますよ⋯⋯。
中央戦線へ到着すると、すぐにデュラハンの姿が見えた。
黒い全身鎧が動いているが、首から上は何もない。
右手には長い剣を持ち、左腕には大きな盾を装備している。
見た目だけなら、かなり格好いい。
ただ、その周囲には何人もの探索者が倒れていた。
死んではいないようだが、迂闊に近付けないらしい。
「田中さん、止まってください」
神崎さんがこちらへ走ってきた。
さっきまでベビーモスと戦っていたはずだ。
「神崎さん、あっちは?」
「他のA級に任せています。それより、デュラハンの魔剣が危険です」
「名前呼ばれたら死ぬやつですよね」
「知っているなら、もっと警戒してください」
「いや、でも俺の名前知らないんじゃないですか?」
「協会から散々名前呼ばれてるでしょう」
「あ」
確かに。
無線でも現場でも「田中さん」と何度も呼ばれている。
デュラハンに知能があるなら、聞いていてもおかしくない。
「田中さんは後ろにいてください。俺が——」
神崎さんが言い終える前に、デュラハンがこちらを向いた。
首がないので、正確には身体を向けた。
そして剣を持ち上げる。
どこから声を出しているのか分からない。
それでも、低い声が確かに聞こえた。
「——タナカ、カズヒコ」
「あ、呼ばれた」
「田中さん!」
「——『清掃』」
瞬きの間に懐まで近付いてきたデュラハンが剣を振り下ろす。
俺は反射的に『清掃』を使った。
次の瞬間、黒い鎧も、振り下ろしかけていた魔剣も————まとめて消えた。そこには何も残らなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
神崎さんが無言で消えた場所を見る。
水野さんたちも黙っている。
「危なかったですね」
俺が言うと、神崎さんがゆっくりこちらを向いた。
「田中さん」
「はい」
「⋯⋯今、A級上位のアンデッドを一瞬で消しましたよ」
「死体だったので」
「死体だったので、で片付けていい話じゃないです」
でも、俺としては本当にそれだけだった。
どれだけ強い剣を持っていても。どれだけ高度な剣術を使えても。必ず相手を殺せる魔剣を持っていても。
アンデッドなら、俺の『清掃』では死体と同じ扱いになる。A級上位でも魔素量は100〜200程度で、デュラハンは小さい。全く問題無かった。
「⋯⋯田中さん」
黒川さんが少し離れたところから言った。
「あなた、本当に敵によって強さが変わりすぎるわね」
「俺もそう思います」
オーガ・アサシンなら、多分俺は勝てない。
デュラハンなら、一瞬で終わる。
強さというのは、思っていたより単純じゃないらしい。
◆
アンデッド戦線が片付いたことで、俺は一度後方へ戻された。
少し休憩しながら水を飲んでいると、前方から大きな衝撃音が響いた。
ベビーモスの戦闘がまだ続いている。
見ると、かなり傷は増えていた。
右前脚の鱗は大きく剥がれ、一部から血も流れている。
それでも倒れる気配はない。
「硬いなぁ」
俺が呟く。
水野さんが隣でスポーツドリンクを飲みながら頷く。
「あれだけの人数で攻撃して、まだ立ってるもんね」
その時、ベビーモスが大きく身体を振った。
何人もの探索者が距離を取る。
だが、一人だけ避ける方向を誤った。ベビーモスの巨大な尾が迫る。
「危ない!」
俺が声を上げる。
それよりも速く、神崎さんがその探索者を押し飛ばした。
神崎さん本人は反対方向へ跳ぶ。
それでも完全には避けきれず、尾の先端が神崎さんの身体を掠めた。
神崎さんが地面を転がる。
「神崎さん!」
俺は気付いた時には走っていた。
「田中さん!」
後ろから水野さんの声が聞こえる。
でも、止まらなかった。
神崎さんのところへ辿り着く。
「大丈夫ですか?」
「⋯⋯大丈夫です。掠っただけです」
そう言って立とうとする。
大きな怪我はなさそうだ。
俺は少し安心した。
その直後、目の前に影が落ちる。
ベビーモスがこちらを向いていた。
「田中さん、下がってください!」
「いや、今は神崎さんを——!」
「俺は自分で動けます!」
神崎さんに背中を押される。
俺も下がろうとした。
しかし、ベビーモスが前脚を振り上げた。
間に合わない。
だったら、もう仕方ない。
俺はその場に踏み込んだ。
「田中さん!?」
巨大な脚が落ちてくる。
避けるのではなく、横から殴った。
拳が分厚い鱗へ当たる。衝撃が腕まで返ってきた。
「硬っ!」
ベビーモスの前脚が横へずれる。
攻撃そのものは逸らせた。でも、鱗は割れていない。
「マジか」
レッドドラゴンもオーガ・ロードも一発だった。
ブラッドパンサーも、きちんと当てれば一発で倒せた。
ところが、こいつは違う。
「田中さん、離れて!」
水野さんたちも走ってくる。
「大丈夫です!」
俺はベビーモスを見る。
殴った場所に、小さな亀裂が入っていた。
全く効いていないわけではない。
俺は少しヒリヒリする拳をプラプラと振り、ニヤリと笑う。
「⋯⋯これ、もう一回で割れるな」
「田中さん?」
神崎さんの声が聞こえる。
ベビーモスが俺へ向かって身体を低くした。
突進するつもりだ。
その大きさと重さから、尋常じゃない迫力だ。しかし、速さはそこまででもない。ブラッドパンサーとは正反対だ。
だったら、俺にとってはむしろやりやすい。
ベビーモスが突っ込んでくる。
俺は真正面には立たなかった。
少し横へ動きながら、頭の位置を見る。
前なら、多分そのまま殴っていた。
でも今は違う。
神崎さんに教わった。
相手の動きを見る。
自分が当てたい場所へ誘導する。
身体全体を使う。
掃除中に重い荷物を動かす時と同じだ。
腕だけでやろうとしない。
足を置く。腰を回す。体重を乗せる。
19年間、何万回も繰り返してきた動きを、そのまま拳へ繋げる。
「よし——」
ベビーモスの頭が横を通過する瞬間、さっき亀裂を入れた場所へ二発目を叩き込んだ。
大きな音とともに鱗の亀裂が広がった。
「割れた!」
水野さんの声が聞こえる。
まだ完全には壊れていない。
でも、次でいける。
ベビーモスが怒ったように身体を振り、こちらへ向き直る。
「田中さん、もう一度!」
神崎さんが叫んだ。
「同じ場所です!」
「分かりました!」
三度目。今度は迷わなかった。
踏み込んで、腰を回し、全身の力を拳へ集める。
拳を亀裂の中央へ叩き込む。——分厚い鱗が砕けた。
拳がその奥まで入り込む。
ベビーモスの巨体が大きく揺れ、そのまま前脚から崩れ落ちた。
拳のインパクトが脚をぐちゃぐちゃに破壊したのだろう。そうなれば後は——。
「うおりゃああああああああ!!」
歳柄もなく雄叫びを上げる。
落ちてくるベビーモスの顎下を、力いっぱい素早く三発殴る。
一発目で鱗にヒビが入り、二発目で顎下の鱗が砕け、三発目で完全なアッパーカットが決まった。
床全体が揺れるほどの音を立てて、35メートルの身体が倒れる。
しばらく誰も動かなかった。
「⋯⋯三発か」
俺は自分の拳を見る。
少し痛い。でも、それ以上に妙な満足感があった。
ただ力任せに殴ったわけではない。
神崎さんから教わったことと、自分が19年間やってきたことを使って倒せた。
ブラッドパンサーの時にも感じた。
——俺は少しずつ、戦い方を覚えている。
「田中さん」
神崎さんが隣まで来た。
「はい」
「今の二発目と三発目、かなり良かったですよ」
「本当ですか?」
「ええ。力だけではなく、身体を使えていました」
思わず嬉しくなる。
「やっぱり俺、ちょっと上手くなってます?」
「ちょっとどころじゃないですよ」
「じゃあ次は——」
「休んでてください」
「はい」
即答された。
水野さんが呆れたように笑う。
「さっきまで戦闘要員じゃないって言ってなかった?」
「俺もそのつもりだったんですけどね」
「もう普通に三体くらいA級倒してるじゃん」
「アンデッドは掃除しただけです」
「それも入れていいから!」
そんな話をしていると、協会職員の無線から新しい声が入った。
今までよりも、明らかに緊張した声だった。
『こちら22階層監視班。新規反応を確認しました』
周囲が静かになる。
『既存データとの照合を急いでいますが⋯⋯反応値が異常です』
協会職員の表情が変わる。
「どのくらいです?」
『——A級ではありません』
その一言で、空気が変わった。
俺も無線を見る。
『推定ランク——S級』
水野さんの笑顔が消えた。
黒川さんも、小宮川さんも、橘さんも黙る。
神崎さんがゆっくり剣を握り直した。
そして、次の報告が続いた。
『個体識別、完了しました』
ほんの少し間があった。
『ベヒーモスです』
俺は、さっき倒した巨大なベビーモスを見る。
全長35メートルの巨体。しかし、ベビーモスはベヒーモスの幼体だった。つまり——。
「⋯⋯親が仇討ちにでも来たんですかね?」
誰も笑わなかった。
⋯⋯おっさんのギャグセンス、不発⋯⋯。
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