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37話 清掃おじさん、無双する②

「死体と、残留魔素⋯⋯?」

「はい」

「じゃあ、あれって俺の『清掃』で消せません?」


 協会職員がこちらを見る。

 水野さんたちも一緒に俺を見た。


「⋯⋯可能性はあります」

「ですよね」


 アンデッドは、要するに死体へ魔素が残って動いている存在だ。清掃は、アンデッドを生まない為にも行っている。


 俺は19年間、モンスターの死体を『清掃』してきた。

 最近ではそこそこのモンスターなら、死体そのものまで丸ごと消せる。ここ最近、色んな事件に巻き込まれ続けて、どんどん清掃可能な範囲が広がっていた。


「田中さん」


 黒川さんが少し嫌そうな顔でギガント・ゾンビを見る。


「まさか、あれを掃除しに行く気?」

「いや、俺もできれば近付きたくないですけど」

「臭いよ?」

「もうここまで臭ってますからね」


 俺としても積極的に近付きたい見た目ではない。

 ただ、俺がやった方が早いなら、それに越したことはない。


 協会職員がすぐに無線で上と連絡を取り始めた。

 何度かやり取りした後、こちらへ向き直る。


「田中さん。北側部隊が進路を確保します。ギガント・ゾンビへの『清掃』を試していただけますか?」

「分かりました」

「無理だと判断した場合はすぐに後退してください。戦闘は周囲の探索者が担当します」

「はい」


 俺が前へ出ようとすると、水野さんも一緒についてきた。


「水野さん?」

「私も行く」

「俺、護衛の探索者つくって聞きましたけど」

「私も行く!」


 少し離れた場所では、小宮川さんと橘さんもこちらへ来ようとしている。

 黒川さんは一瞬だけ呆れたような顔をした後、結局三人についてきた。


「皆さん、さっきアラクネ倒したばっかりですよね?」

「だから何?」


 水野さんに即答された。

 何となく反論する気がなくなった。


◆


 北側の戦線へ近付くほど、臭いは酷くなった。


「これは⋯⋯キツいですね」

「田中さん、仕事でこういうの慣れてないの?」

「死体には慣れてますけど、二千体のゾンビと巨大な腐乱死体は初めてですよ」

「そっか」


 むしろ慣れていたら嫌だ。

 前方では探索者たちがゾンビの群れを左右へ押し分け、ギガント・ゾンビへ向かう道を作っている。


 ゾンビ自体は弱いので、一体一体の処理には時間がかからない。しかし、数が多すぎるため、いくら倒しても横から別の個体が入り込んでくる。


「田中さん、前だけ見てて!」


 水野さんが俺の少し前を走る。


 右から飛びかかってきたゾンビを蹴り飛ばし、そのまま別の一体を殴り倒した。


 左側では黒川さんの瞳が金色に輝き、こちらへ近付こうとした複数のゾンビがまとめて動きを止める。


「美月」

「やってる!」


 小宮川さんの念力で、固定されたゾンビがまとめて壁際へ押し流される。


 橘さんは三人の死角を共有しながら、後方から近付く個体を教えていた。


 俺は完全に守られている。


「すみません」

「いいから早く!」


 水野さんに急かされ、そのまま奥へ進む。


 ギガント・ゾンビが近付いてくる。

 遠くから見た時よりさらに酷い。


 全身に埋まっているゾンビがそれぞれ勝手に動き、口を開けたり腕を伸ばしたりしている。


「できれば触りたくないな⋯⋯」


 俺の『清掃』は、必ずしも対象へ直接触れる必要はない。普段の掃除でも少し離れた範囲ならまとめて処理できる。

 問題は大きさだった。


 7メートル⋯⋯。以前なら、これほど大きな対象を丸ごと消すことはできなかったと思う。

 レッドドラゴンの死体も、俺は残留魔素を消しただけだった。


 でも、あれから色々あった。

 戦闘でも『清掃』を使う機会が増えた。


 俺自身、以前よりこの能力をどう使えばいいのか分かってきている。


「やってみます」


 ギガント・ゾンビを見る。

 巨大な腐乱死体。そこに付着している無数のゾンビ。周囲を歩いている大量の動く死体。


 全部まとめて、俺には同じものに見えた。

 ————掃除すべき死体だ。


「『清掃』」


 いつもより広い範囲を意識した。

 ギガント・ゾンビの身体が薄くなる。


「え?」


 水野さんの声が聞こえた。


 巨大な身体の表面から、灰になるでもなく、崩れるでもなく、少しずつ存在そのものが消えていく。

 肩に埋まっていたゾンビも、腹部から伸びていた腕も、背中に張り付いていた死体も一緒だ。


 ギガント・ゾンビがこちらへ手を伸ばした。

 その腕も途中から消える。


 数秒後、7メートルあった巨大なアンデッドは、跡形もなく消滅していた。


「⋯⋯できた」


 俺自身が一番驚いた。


 前なら無理だった。

 それが今は、かなり大きな対象まで一度で処理できる。


「田中さん」


 水野さんが呆然と俺を見る。


「それ、A級中位なんだけど」

「アンデッドなんでしょう?」

「そうだけど!」


 後ろから小宮川さんも追いついてきた。


「今の戦闘ですらないじゃん」

「俺、戦ってないですからね」

「掃除しただけ?」

「はい」


 黒川さんが消えたギガント・ゾンビのいた場所を見る。


「相性って怖いわね⋯⋯」


 その言葉には俺も同意した。

 多分、俺が普通に殴って倒そうとしたら少し面倒だったと思う。

 ところがアンデッドなら、『清掃』の対象として認識できる。


 強さの問題ではない。

 そもそも戦う必要がない。


「田中さん!」


 協会職員の声が無線から響く。


『周囲のゾンビにも使用できますか!?』


 俺は辺りを見る。

 ギガント・ゾンビが消えても、まだ大量のゾンビが残っている。


「やってみます」


 今度は一体ではなく、前方全体を見る。

 さすがに二千体を一度に全部というのは無理だと思う。


 それでも、普段の清掃現場で広い範囲をまとめて処理する感覚なら分かる。


 通路を塞いでいるゾンビの群れを、一つの汚れとして捉える。


「『清掃』」


 前方の数十体がまとめて消えた。


 さらに範囲を広げる。


 もう一度。

 今度は百体近いゾンビが消える。


「うわぁ⋯⋯」


 水野さんの声が後ろから聞こえる。

 俺も自分で少し引いている。


「これ、清掃業者の仕事量じゃないですよね」

「今更だよ!」


 水野さんに突っ込まれた。


 その後も何度か『清掃』を使うと、北側を埋め尽くしていたゾンビの数が目に見えて減っていった。


 探索者たちが何十分もかけて押し返していた群れが、俺が通路を歩きながら清掃するだけで次々と消えていく。


 何というか⋯⋯なんか、すみません。

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