36話 清掃おじさん、無双する
ベビーモスが一歩進むたびに床が震え、そのたび周囲に散らばった小石や瓦礫が細かく跳ねた。
高さ11メートル、全長35メートルという大きさは事前に聞いていたが、実際に目の前で動いている姿を見ると数字以上の圧迫感がある。
全身を覆う分厚い鱗も、遠目で見ただけで普通の武器が簡単には通らないことが分かった。
「前衛は正面に固まらないでください!側面から削ります!」
協会の指示を受け、何人もの探索者がベビーモスを囲むように散開していく。
最初に仕掛けたのは、俺の身長ほどある大きな槍を持ったA級探索者だった。真正面からではなく斜め前方へ回り込み、踏み込んだ勢いをそのまま乗せて前脚へ槍を突き出す。
かなり強い一撃だったと思う。
それでも、槍の穂先は鱗の表面を少し削ったところで止まった。
「刺さらないのか⋯⋯」
俺が思わず呟いた直後、ベビーモスが前脚を持ち上げた。
探索者はすぐに槍を引いて後方へ跳ぶ。その数瞬後には、巨大な脚がさっきまで彼のいた場所へ落ち、床を大きく砕いた。
直撃すれば、A級探索者でもただでは済まないだろう。
今度は後方から複数の魔法が飛んだ。炎と雷が鱗を叩き、その直後には氷の槍が何本も突き刺さる。しかし、表面が焦げたり小さく欠けたりする程度で、致命傷どころか動きを鈍らせるほどの傷にもなっていない。
聞いていた通り、めちゃくちゃ硬い。
特殊な能力も派手な魔法は無いらしい。だが代わりに、その巨大な身体そのものが武器であり防具になっている。
「神崎さんが一人じゃ無理って言うだけあるな⋯⋯」
その神崎さんは、他の探索者とは少し違う戦い方をしていた。
硬い鱗を無理に斬ろうとはせず、脚の関節や鱗の隙間、目元など、攻撃が通りそうな場所だけを正確に狙っている。ベビーモスが巨体を回して尾を振るっても、神崎さんは攻撃が始まる前からその軌道を読んでいるように位置を変え、危なげなく避けていた。
相手を倒せるかどうかと、相手に攻撃を当てさせないことは別らしい。
あの人を見ていると、魔素量だけでは強さを測れないという話がよく分かる。
「田中さん」
横から声をかけられて振り向くと、水野さんたちVIVIDが戻ってきていた。
アラクネを倒したばかりなので多少疲れている様子はあるが、全員大きな怪我はしていない。
「皆さん、大丈夫でした?」
「私は平気。玲奈さんがちょっと呪い残ってるくらいかな」
「これくらいなら問題ないわ」
黒川さんはそう答えたが、普段より少し顔色が悪い。
それでも休むつもりはないらしく、ベビーモスの戦況を確認していた。
「とりあえず呪いなら、俺が祓ってみます。『清掃』」
黒川さんに手を翳し、清掃スキルを発動する。すると目に見えて黒川さんの顔色が良くなった。
「おぉ⋯⋯!ありがとうございます、田中さん!」
「相変わらず『清掃』とは?って感じだよね」
「あははは⋯⋯。とにかく、役に立てて良かったです」
俺の清掃スキルが人の役に立てて良かった。
「それにしても、あれをベビーって呼ぶのは無理がありません?」
「私もさっきからそれ思ってた。幼体であれなら、大人になったらどうなるの?」
「想像したくないですね」
水野さんと話しながら戦場を見る。
探索者たちは少しずつ攻撃を重ね、ベビーモスの右前脚へ傷を集中させていた。鱗の一部には亀裂が入り始めている。
時間をかければ倒せる。
ただし、その時間をこの状況で与えてもらえるかどうかは別問題だった。
『北側、アンデッド群が戦線へ到達します!総数、依然として計測不能!』
無線から緊迫した声が飛んできた。
俺たちが北側へ視線を向けると、暗い通路の奥から大量の人影が押し寄せてくるところだった。
動きは遅い。
一体一体を見る限り、怖さを感じるような強さでもない。
ただ、その数が異常だった。
前から後ろまで隙間なくゾンビが埋め尽くし、通路の奥が見えない。
「3000体って、ほとんどあれだったんですね」
「多すぎるでしょ⋯⋯」
水野さんが顔を引きつらせる。
ゾンビはE級で、一体なら探索者ではない一般人と大差ない程度の強さしかない。
しかし、噛まれた人間をゾンビ化させる性質があるため、低ランク探索者や協会職員まで巻き込まれれば一気に被害が広がる。
B級以上なら高い魔素量によってほとんど感染しないらしいが、だからといって噛まれてもいいわけではない。
『北側部隊、迎撃開始!前へ出すぎないでください!』
探索者たちが武器を構え、押し寄せるゾンビを迎え撃つ。
前列の数十体が一斉に倒されたが、それでも後ろから次々と押し寄せてくるため、戦線がほとんど動かない。
その群れのさらに奥から、ひときわ大きな影が姿を現した。
「⋯⋯あれですか」
高さ7メートルほどの巨大な人型モンスターだった。
腐乱した巨人の身体に、さらに大量のゾンビが張り付いている。
背中から腕が伸び、腹部には人間の顔が何個も浮かび、肩や胸にも腐った身体が半分埋まっている。巨大な一体のゾンビというより、無数の死体を無理やり一つにまとめたような姿だった。
見た目も酷いが、何より臭い。
かなり距離があるはずなのに、腐敗臭がここまで流れてくる。
「うわ、最悪⋯⋯」
水野さんが鼻を押さえる。
「これは俺も同感です」
「あれがギガント・ゾンビです」
近くにいた協会職員が端末を確認しながら説明した。
「A級中位。あの個体自体の戦闘能力はそこまで突出していませんが、周囲にゾンビを発生させる能力があります。放置すればするほど数が増えるため、優先して討伐する必要があります」
確かに厄介だ。
目の前にいるゾンビを何百体倒しても、あいつが新しい死体を起こし続けるなら終わりがない。
「それ、倒したゾンビもまた起きるんですか?」
「条件次第ではあります。ですから本来なら、死体そのものを焼却するか、残留魔素を完全に処理しながら進む必要があります」
その説明を聞いて、少しだけ引っかかった。
「死体と、残留魔素⋯⋯?」
「はい」
「じゃあ、あれって俺の『清掃』で消せません?」
評価、ブックマーク、感想など励みになります。
モチベーションになりますので、よろしくお願いします。
また、作者Xにて更新通知を行っております。
新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。
@MokaSufure




