35話 VIVID、アラクネと戦う
VIVIDの四人は、そのまま南側の戦線を押し返していった。
ゴブリンやゾンビのような弱い個体は、小宮川さんがまとめて処理する。
オーガが前へ出れば、黒川さんが動きを止める。
そこを水野さんが崩す。
死角から敵が来れば、橘さんが誰より早く気付く。
それぞれの能力単体なら、それほど派手ではない。
でも、四人で組み合わさると隙がない。
「南側、押し戻してます!」
無線から声が聞こえる。
『VIVID、そのまま南通路を確保してください!』
「了解!」
黒川さんが答える。
その時だった——。
南側通路の奥から、今までとは違う音が響いてきた。
何か巨大なものが床を叩いている。
「大型来ます!」
巨大な影が姿を現した。
蜘蛛だ。
高さだけでも二メートルほど。全長は四メートルを超えている。
その巨大な蜘蛛の胴体から、人間の女性に似た上半身が生えていた。両手には身体の大きさに見合わない巨大な鎌。監視映像で見たモンスター。
「アラクネ⋯⋯」
A級上位のモンスター、アラクネ。
協会から説明を受けた個体だ。
「VIVID、下がってください!」
無線から指示が飛ぶ。
『増援を送ります!』
「待って!」
水野さんが返した。
「今下がったら、後ろの群れまで一緒に来る!」
確かにアラクネの後ろには、まだ大量のモンスターがいる。
ここで引けば、南側の戦線そのものが押し込まれる。
黒川さんがアラクネを見た。
「夏希、いける?」
「やるしかないでしょ」
「美月、由香里」
「私は大丈夫」
「私も大丈夫です」
四人が散開した。
「いや、待って。A級上位ですよね?」
俺が協会職員を見る。
「はい」
「四人で大丈夫なんですか?」
「VIVIDなら可能性はあります。ただ⋯⋯」
職員の表情は硬い。
「相性が良くありません」
「相性?」
「アラクネは特殊攻撃が多すぎるんです」
その言葉を証明するように、アラクネが動いた。
巨大な蜘蛛の腹部から白い糸が放たれる。
「避けて!」
橘さんが叫び、四人が散る。
地面へ張り付いた糸は、すぐに周囲へ広がった。
触れれば動きを奪われるのだろう。
さらにアラクネの女性部分が片手を上げる。
紫色の光が広がった。
「呪いが来ます!」
協会職員が叫ぶ。
VIVIDの動きが僅かに鈍った。
「玲奈さん!」
「平気!まだ動ける」
黒川さんがアラクネへ目を向ける。
「『固定』!」
巨大な身体が止まった。
だが、これまでのどのモンスターよりも遥かに短い、ほんの一瞬だった。
アラクネが力任せに身体を動かす。
「強っ⋯⋯!」
黒川さんの顔が歪む。
アラクネはA級上位。黒川さんはB級上位。魔素量の差が大きすぎるのだろう。
「美月!」
「いくよ!」
小宮川さんが巨大な瓦礫を飛ばす。
しかし、アラクネが鎌を振ると岩が真っ二つになる。
その隙に水野さんが横から接近する。
「夏希ちゃん、下!」
橘さんの声がダンジョンに響く。
その声に反応して水野さんが跳ぶと、直前までいた場所に黄色い液体が飛んだ。
液体が触れた部分の床が溶ける。
「酸まであるのかよ⋯⋯」
糸、呪い、毒、酸、さらに巨大な鎌⋯⋯。確かに面倒な相手だ。
アラクネは身体を回転させながら鎌を振る。
水野さんが後ろへ飛び、ぎりぎりで避けた。
「夏希!」
黒川さんが声を上げる。
アラクネの蜘蛛部分から、再び糸が飛んだ。
水野さんの右足に絡みつく。
「やばっ!」
身体が引っ張られた。
アラクネが鎌を振り上げる。
「水野さん!」
俺は反射的に前へ出かけた。
「待ってください!」
協会職員に腕を掴まれる。
「VIVIDを信じてください!」
その言葉と同時に、小宮川さんが手を振った。
水野さんの身体が横へ飛び、鎌が地面を叩き割った。
間一髪だった。
「美月さんありがと!」
「あとでジュース奢って!」
「安っ!」
こんな状況でも喋る余裕があるらしい。
水野さんが地面を転がりながら、絡みついた糸へ手を触れた。
「『透過』!」
糸が透明になり、そのまま足が抜ける。
「そう使うのか」
敵の拘束そのものをすり抜けた。
アラクネが再び酸を吐く。
今度は黒川さんが狙われた。
「玲奈さん!」
「見えてる!」
黒川さんが横へ避ける。
だが、その先には蜘蛛の糸が張られている。
「右へ二歩!」
橘さんが叫ぶ。
黒川さんは迷わず進路を変えた。
糸と酸の間を抜ける。
四人全員が、橘さんの情報を疑っていない。
これが何年も一緒に戦ってきたチームなのだろう。
「なっちゃん!」
小宮川さんが叫んだ。
「上!」
水野さんが顔を上げる。
アラクネの背後に、巨大な瓦礫が浮かんでいた。
小宮川さんが持ち上げたものだ。
「玲奈さん!」
「分かってる!」
黒川さんがアラクネを固定する。
0.1秒。それより短いかもしれない。
でも十分だった。
巨大な瓦礫が勢いをつけて落下する。
アラクネが鎌を上げて防いだ。
「今!」
橘さんの声。
水野さんが真正面から走った。
アラクネが鎌を振るが、水野さんは避けない。
右手を伸ばした。
「『透過』!」
鎌が透明になる。
水野さんの身体が、その刃をすり抜けた。
「うわ⋯⋯」
そのまま懐へ入る。
アラクネの女性部分が驚いたように目を見開いた。
水野さんの拳が、その腹部へ叩き込まれる。
巨体が僅かに浮いた。
「美月さん!」
「任せて!」
小宮川さんが念力を重ねる。
水野さんの拳で後ろへ崩れたアラクネの身体が、さらに強く押し込まれた。
背後の壁へ激突する。
「玲奈さん!」
「固定!」
壁へ叩きつけられた姿勢のまま、アラクネの身体が止まった。
「ゆかりん!」
「首元、右側です!」
橘さんが叫ぶ。
何か見えているらしい。
水野さんが床を蹴った。
壁へ向かって跳び、アラクネの身体を駆け上がる。
蜘蛛部分を踏み台にし、女性の上半身へ。
拳を振りかぶった。
「これで——終わり!」
首元へ拳が入る。
鈍い衝撃音が響き、アラクネの身体から力が抜ける。
黒川さんが『固定』を解除すると、巨大な蜘蛛の身体がそのまま地面へ崩れ落ちた。
しばらく誰も動かなかった。
「⋯⋯倒した?」
俺が呟く。
協会職員が魔素計を確認する。
「反応消失。討伐確認!」
無線から声が響いた。
『南側、アラクネ撃破!VIVIDがA級上位個体を撃破しました!』
周囲の探索者たちから歓声が上がる。
水野さんは肩で息をしながら、こちらを見た。
目が合う。
そして、嬉しそうに親指を立てた片手を上げた。
「田中さーん!見てたー!?」
「見てましたよ!」
俺も手を上げる。
「凄かったです!」
「でしょー!」
水野さんが笑った。
何となく俺まで嬉しくなる。
俺の家でゲームしていた時とは全然違う。
美月さんにからかわれている時とも違う。
今の水野さんは、本当に格好よかった。
「田中さん」
橘さんもこちらへ手を振っている。
小宮川さんは腰に手を当てて得意そうに笑い、黒川さんは疲れた表情で小さく手を上げた。
俺は改めて思った。
この四人、本当に強いな⋯⋯と。
◆
ただ、戦いは終わっていなかった。
むしろアラクネを倒した直後から、さらに無線が慌ただしくなった。
『北側、アンデッド群が突破してきます!』
『ギガント・ゾンビ確認!周辺のゾンビ数が増加中!』
『西側、オーガ・ロード三体!派生種多数!』
『ナイトワイバーン群、再上昇!』
そして最後に、少し離れた場所から重低音が響いた。
床が揺れる。
何か、とんでもなく重いものが歩いている。
「何ですか、これ⋯⋯」
俺が尋ねると、協会職員は端末を見たまま固まっていた。
「超大型個体が接近しています」
「どれくらいです?」
「全長⋯⋯30メートル以上です」
「さ、30メートル!?」
映像が送られ、俺は画面を覗き込んだ。
最初に見えたのは脚だった。
太い。俺の身体より遥かに太い脚が、床を踏みつけている。
カメラが上を映す。
全身を硬そうな鱗に覆われた巨大な四足獣。
「ベビーモス⋯⋯」
A級中位。
S級モンスター、ベヒーモスの幼体。ベヒーモスの幼体だからベビーモスなんて、アホのオッサンが考えたような頭の悪い名前だが⋯⋯幼体という言葉が全く似合わない大きさだ。
「あんなん動くビルじゃないですか⋯⋯!」
「VIVIDを下げます!」
協会職員が無線を取った。
『南側部隊、聞こえますか。大型個体接近。ベビーモスです。VIVIDは一度後退してください』
水野さんたちも映像を確認したらしい。
今度ばかりは水野さんも笑っていない。
『了解。さすがにあれは四人じゃ無理』
黒川さんの声が返ってきた。
別方向から神崎さんも戻ってくる。
剣にはかなり血が付いていたが、本人には目立った怪我がない。
「神崎さん」
「見ました」
「あれ、どうするんです?」
「複数人でやります」
「神崎さんでも一人じゃ無理ですか?」
「普通に無理ですね」
即答だった。
「硬すぎます。俺の剣じゃ、まともに通らない」
神崎さんがそう言う相手。⋯⋯ちょっと興味が出た。
「田中さん」
「はい」
「その顔やめてください」
「何がです?」
「⋯⋯やってみたいと思ってるでしょう」
「⋯⋯ちょっとだけ」
「駄目ですよ」
「分かってますよ」
今日は戦闘要員ではない。
俺の役割は異常魔素の確認と清掃だ。そう自分に言い聞かせる。
ただ、あの大きさで、どれくらい硬いのだろう。
三十メートル以上の巨体が、探索者たちのいる戦場へゆっくり近づいてくる。
その足音だけで床が揺れる。
福岡中の上位探索者が集まっている。
VIVIDもいる。神崎さんもいる。
それでも、まだ敵の大半は残っている。
そして、その先にはA級中位の巨大なベビーモス。
俺は自分の手を見た。
今回は、本当に見ているだけで終わるのだろうか。
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