34話 清掃おじさん、VIVIDの強さを知る
四人が動き出した瞬間、それまで俺の知っていたVIVIDとは少し違って見えた。
最初に前へ出たのは水野さんだった。
「玲奈さん、前お願い!」
「オッケー!」
南側の通路から、数十体のゴブリンとオーガが押し寄せてくる。
その先頭にいた三体のオーガが大きく武器を振り上げた。
黒川さんの目が黄金色に輝く。
「『固定』!」
三体の動きが止まった。
完全に静止したわけではない。
身体が小刻みに震えている。
黒川さんが持つスキル——『固定』。その所持者は極めて少ない。
効果は、見た物体の座標を固定する、というものだ。
非生物であれば重力を無視してその場に固定し、生物であれば対象の魔素量に応じて固定することができる。
B級上位のオーガを三体同時に固定しているのは、素直に凄いと感じた。
「美月!」
「はいはい。——『念力』」
小宮川さんが片手を上げる。
地面に転がっていた巨大な岩が浮かび上がり、そのままオーガたちへ飛んでいった。
小宮川さんのスキル——『念力』。
こちらは割とポピュラーなスキルであり、その名の通り念力を使うことができる。かなり大きな岩を投げれる辺り、相当なスキル出力量だ。
岩は、身動きの取れない三体に直撃する。岩そのものが砕け、オーガたちの身体が大きくよろめいた。
「夏希ちゃん、右から来ます!」
「ありがとう!」
橘さんの声と同時に、水野さんが横へ飛んだ。
直後、彼女が立っていた場所を一本の槍が通過する。
オーガが投げたものだ。
橘さんのスキル——『共有』。
触れた人間と視覚や聴覚、触覚などの感覚を共有することができるスキルだ。
橘さんは既に黒川さんと小宮川さん、水野さんに触れている。
おそらく誰かの視界を共有しているのだろう。
四人が別々の方向を見ているのに、互いの死角がほとんどない。
「なるほど⋯⋯」
俺は思わず呟いた。
能力だけ聞いた時は、橘さんの『共有』が戦闘でどう役に立つのかいまいち分かっていなかった。
でも、四人で使うと全然違う。
誰か一人が見ていれば、全員が状況を把握できる。これは強い。
「田中さん」
近くにいた協会職員がこちらを見る。
「少し下がってください。南側からの圧力が強くなっています」
「分かりました」
俺は言われた通り後ろへ下がった。
今は邪魔をしない方がいい。
前を見ると、水野さんがオーガの前へ飛び込んでいた。
「『透過』!」
彼女の手がオーガの巨大な棍棒に触れる。
次の瞬間、棍棒の一部が透明になった。
——いや、見えなくなっただけじゃない。
水野さんはそのまま棍棒の中を通り抜けるように身体を滑り込ませ、オーガの懐へ入った。
「え?」
意味が分からなかった。
透明にする能力じゃなかったのか。
水野さんのスキル——『透過』は、手に触れた物を透明にするスキルだ。
これにより、水野さんは普段武器や装備を透明にしており、見えない武器による攻撃を得意としている。
だが、先程の光景はそんなものでは説明できない。
俺が見ている前で、水野さんはオーガの膝を蹴り抜いた。
巨体が崩れる。さらに拳を顎へ叩き込み、オーガを仰向けに倒した。
「水野さんの『透過』は、見えなくするだけじゃありません」
協会職員が説明する。
「対象の存在密度そのものを一時的に下げることができます。完全な物質透過ではありませんが、武器や障害物をすり抜けるような動きが可能です」
「そんなことできるんですか」
「⋯⋯普通無理ですけどね。それが出来てしまうのが、水野夏希という方です」
何となく納得してしまった。
水野さんは倒れたオーガを踏み台にして跳び、別の個体の肩へ着地する。
そのまま首へ腕を回し、体勢を崩す。
そこへ小宮川さんが飛ばした鉄片が突き刺さった。
「なっちゃん、次!」
「分かってる!」
小宮川さんが操っているのは、周囲に転がっていた武器や瓦礫だった。
剣、斧、金属片、砕けた石。
それらが十数個、彼女の周囲に浮かんでいる。
一つ一つの威力はそれほど大きくない。
でも、敵の視界を奪ったり、足を狙ったり、攻撃の軌道を逸らしたりと、とにかく使い方がいやらしい。
「美月さん、左のオーガが来ます!」
「ゆかりん、見えてるよ!」
小宮川さんが指を動かす。
横から振り下ろされた大剣の軌道が途中で僅かにずれた。
それだけで、刃は彼女の身体を外れる。
「はい、残念」
小宮川さんが笑いながら一歩近づき、掌をオーガの腹へ向けた。
見えない何かに殴られたように、巨体が後ろへ吹き飛んだ。
「⋯⋯強いな」
初めてちゃんと戦っているところを見た。そして、この四人が上位探索者なのだということがよく分かった。
一人一人のスキルは地味目なものが多い。だが、その出力や応用力は目を見張るものだった。
「来るよ!」
水野さんが上を見た。
ナイトワイバーンが三体、一気に高度を下げてくる。
その周囲にはレッサーナイトワイバーンが十数体。
狙われているのはVIVIDだった。
「夏希、前に出すぎないで」
「分かってるって!」
黒川さんが顔を上げる。
飛んでいたレッサーナイトワイバーンの一体が突然空中で止まった。
その後ろを飛んでいた二体が避けきれずに衝突する。
三体まとめてバランスを崩した。
「美月!」
「了解!」
小宮川さんが指を振る。
空中で姿勢を崩した三体が、さらに横方向へ引っ張られた。
壁へ激突する。
そこへ水野さんが走った。
「ちょっと待って、あそこまで行くの?」
俺が思わず言う。
水野さんは壁際まで走り、跳んだ。
普通なら到底届かない高さだ。
しかし——。
「玲奈さん!固定よろしく!『念力』!」
「任せなさい!『固定』!」
「玲奈さん、美月さん、ありがとう!!」
小宮川さんが飛ばした瓦礫を黒川さんが空中で固定し、その足場を使って水野さんが跳んでいく。
そして、落下してきたレッサーナイトワイバーンへ追いついた。
「うそだろ⋯⋯」
空中で、水野さんの拳がワイバーンの頭に入る。
ワイバーンの首が大きく曲がった。
そのまま落下しながら二体目へ蹴りを入れ、最後は壁を蹴って地面へ戻ってくる。
着地と同時に身体を低くし、頭上を別のワイバーンの爪が通過した。
橘さんが何か叫んだ。
「おっ!」
振り返らないまま、水野さんが横へ跳ぶ。
背後からの攻撃を回避した。
『共有』スキルによる回避だ。水野さん自身には見えていない。でも、橘さんには見えている。
「⋯⋯こりゃ、かなり強いですね」
「VIVIDは個人能力以上に、連携評価が高いチームです」
協会職員が答える。
「特に橘由香里の『共有』が機能している状態では、奇襲がほとんど成立しません」
「神崎さんとは違う方法で死角がないわけか」
「そういうことです」
神崎さんは一人で周囲を把握する。
VIVIDは四人分の目と感覚を共有する。
どちらも強い。ただ、戦い方は全く違う。
そんなことを考えていると、ナイトワイバーンが一斉に距離を取った。
「何だ?」
逃げたわけではない。
10体近いナイトワイバーンが、高い位置で大きく旋回し始めている。
その周囲にレッサーが集まっていく。
「ブレス来ます!」
協会職員の声が響いた。
ワイバーンたちが一斉に口を開く。
俺はレッドドラゴンの時を思い出した。
威力はあれほどではない。でも、数が違う。
「全員、散開!」
前方の探索者たちが動き出す。
ところがVIVIDは動かなかった。
「こんのっ!」
黒川さんが上空を睨む。
上空を飛ぶ複数のワイバーンが僅かに揺れる。だが——全部を止めるのは無理らしい。
それでも、狙いがずれた。
十数発のブレスが一斉に放たれる。
「美月!」
「任せて!」
小宮川さんが両手を前へ出す。
炎そのものを止めることはできない。
しかし、ブレスの軌道が僅かに外側へ逸れた。
黒川さんの『固定』で射出方向を狂わせ、小宮川さんの『念力』でさらに軌道をずらす。
その隙間を、四人が走り抜ける。
「夏希ちゃん、三秒後、右!」
「了解!」
橘さんの声が聞こえると、水野さんが突然進路を変えた。
直後、そこへブレスが落ちる。
「二秒後、左からレッサー!」
「見えた!」
水野さんは走りながら手を伸ばし、目の前にあった岩壁へ触れた。
広い範囲が透明になる。
そのまま壁の向こうへ飛び込んだ。
「えっ」
次の瞬間、少し離れた場所から水野さんが飛び出してきた。
壁そのものを抜けたのか。あれもう透過スキルって言っていいのか⋯⋯。
そうして、水野さんがレッサーナイトワイバーンの側面へ出る。
完全な死角だ。
拳が翼の付け根へ叩き込まれ、ワイバーンが地面へ落ちた。
そこへ小宮川さんが巨大な岩を落とす。
動かなくなった。
「⋯⋯水野さん、めちゃくちゃ強いな」
知っていたはずなのに、改めてそう思った。
魔素量150。史上最年少A級。そんな数字や肩書きだけでは分からない。
水野夏希は、本当に強い人だ。
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