33話 清掃おじさん、師匠の強さを知る
神崎さんはオーガの群れの中にいた。
他の探索者と連携しているわけではない。
一人だ。
いつもの短い片手剣を持ち、何体ものオーガに囲まれている。
危ない——!そう思った直後、オーガの棍棒が振り下ろされた。
しかし、神崎さんは見ていなかった。
背後からの攻撃だ。
それなのに、棍棒が当たるより先に半歩横へ動いた。
巨大な棍棒が地面を砕く。
神崎さんは振り返ることなく、そのオーガの膝裏を斬った。その一撃で、簡単にオーガの巨体が崩れる。
そこへ別のオーガが横から殴りかかったが、その拳も当たらない。
身体を僅かに沈めて避け、そのまま懐へ入る。
————一閃。オーガの首から血が噴き出した。
「⋯⋯強っ」
思わず声が出た。
以前、一緒にダンジョンへ潜った時にも強いとは思った。
でも、今は相手の数が違う。
四方八方、どこから攻撃されても神崎さんには全部見えている。あれが孤高の王の持つ——『領域』スキル。
周囲の位置や動きを把握できる神崎さんにとって、敵の数が増えることは他の探索者ほど不利にならない。
むしろ一人で戦っているからこそ、動くものをほとんど敵として処理できる。
孤高の王の二つ名を、本人は恥ずかしがっていた。
でも、戦っている姿を見ると納得する。
福岡でもトップクラスの探索者。
日本の単独討伐記録保持者。
————神崎修司は、本当に強い。
◆
戦闘開始から20分ほど経った頃だった。
最初に押し寄せてきたゴブリンの大半は倒され、オーガもかなり数を減らしていた。
ナイトワイバーンたちはまだ上空を飛び回っているが、探索者側にも大きな被害は出ていない。
「これ、いけるんじゃないですか?」
俺が言うと、隣の協会職員も頷いた。
「このままなら。ただ、確認されているA級個体がまだ——」
言葉が途中で止まった。
戦場の奥。
倒されたオーガの死体の陰から、何かが飛び出した。
——小さい。
オーガに比べれば、人間とほとんど変わらない。
黒い装束のようなものを纏った、人型のモンスター。
そいつが、一瞬で探索者の背後へ回った。
「危ない!」
俺が声を上げるより早く、探索者が振り返った。
ぎりぎりで刃を受け止める。
しかし、その横から二体目が現れた。
「オーガ・アサシン!」
協会職員が叫ぶ。
「確認されていなかった派生種です!」
一体、二体⋯⋯いや、さらに増える。
オーガとは思えないほど小さい。——その代わり、速い。
姿勢を低くし、探索者の死角から死角へ移動している。
俺はその動きを目で追った。
「⋯⋯速いな」
ブラッドパンサーより速い。
しかも、ただ速いだけじゃない。
相手の視界から外れるように動いている。
俺が今戦ったらどうなるだろう。
少し考えて、すぐに答えが出た。————多分、当てられない。
ブラッドパンサーは神崎さんに教えてもらったことを応用して、どうにか動きを誘導できた。
でも、こいつらは自分から死角を選んでいる。
俺が殴れば一発で倒せるだろう。
問題は、その一発が当たらない。そして、恐らくアイツの一撃は避けられない可能性がある。
オーガ・アサシン⋯⋯まさしく暗殺者ということか。相性は最悪そうだ。
「田中さん」
いつの間にか神崎さんが近くまで戻ってきていた。
「はい」
「今、あれと戦ったらどうします?」
「⋯⋯逃げます」
神崎さんが少し笑った。
「正解です」
「勝てる気しないですよ。速いし、動きが全然読めません」
「ええ。田中さんには、かなり相性が悪いでしょうね」
「神崎さんは?」
「俺ですか?」
神崎さんがオーガ・アサシンへ視線を向ける。
「まぁ、見ててください」
そう言って、一人で歩き出した。
「えっ」
俺が止める間もなかった。
一体のオーガ・アサシンが神崎さんに気付いた。
姿勢を低くする。
次の瞬間には姿が消えたように見えた。
神崎さんの右や左にフェイントをかけ、そして背後へ回る。
俺には途中から追えなかった。
だが——神崎さんは振り返らない。
オーガ・アサシンが背後から短剣を突き出した。
その瞬間、神崎さんが身体を半歩ずらした。
刃が空を切る。
同時に、神崎さんの剣が後ろへ伸びた。
振り返ってすらいない。しかし、剣先がオーガ・アサシンの喉を正確に貫いていた。
「⋯⋯えぇ」
思わず変な声が出た。
神崎さんが剣を抜く。
倒れた仲間を見て、別のオーガ・アサシンが動いた。
今度は2体同時に襲ってくる。2体が左右へ分かれ、神崎さんを挟む。
一体が正面から攻撃してくるが、それを神崎さんが受ける。その隙に、もう一体が背後へ回った。
でも意味がない。神崎さんには——『領域』スキルで見えている。
正面の刃を受け流しながら身体を回し、その勢いのまま背後の一体を斬る。さらに一歩踏み込み、正面にいた個体の胸を貫いた。
——二体とも倒れるまで、ほんの数秒だった。
「田中さん」
神崎さんが剣についた血を払いながら俺を見る。
「速い相手を目で追う必要はありません」
「いや、俺には『領域』ないんですけど」
「そこは今後の課題ですね」
「無茶言わないでくださいよ」
神崎さんが笑った。
俺より魔素量は遥かに少ない。
力も速度も、数値だけなら俺の方が上なのだろう。
それでも、今の相手なら俺より神崎さんの方が圧倒的に強い。
少し悔しい。
でも、それ以上に格好いい。
こういう人を本当に強い探索者と言うのだろう。
◆
オーガ・アサシンが神崎さんたちに処理される一方で、戦場の奥では別の動きが起きていた。
「田中さん」
協会職員が無線を押さえる。
——表情が険しい。
「どうしました?」
「別ルートから新しい群れが接近しています」
「まだいるんですか?」
「推定2000以上です」
「⋯⋯ほとんど残ってるじゃないですか」
ここまで戦ってきた敵は、全体からすれば一部に過ぎなかったらしい。
無線から次々に報告が入る。
『北側通路、アンデッド多数!』
『ゾンビです!数が多すぎる!』
『大型個体確認!七メートル級!』
『ギガント・ゾンビです!』
別の無線が重なる。
『西側からオーガ増援!ロード級を確認!』
『上空、ナイトワイバーン、レッサーナイトワイバーンも多数です!』
さらに。
『南側通路に大型反応!』
監視映像が携帯端末へ送られてきた。
人間よりもずっと巨大な蜘蛛。その背から、人間の女性のような上半身が生えている。女性の両手には巨大な鎌。
『A級上位、アラクネです!』
空気が変わった。
さっきまでの戦闘は、どうやら本当に始まりに過ぎなかったらしい。
「第二班、さらに後退してください!」
協会職員から指示が出る。
俺たちが下がろうとした時、水野さんたちVIVIDが前へ出ていくのが見えた。
「水野さん!」
呼ぶと、水野さんが振り返った。
「田中さんは後ろにいて!」
「分かってますよ!」
「絶対だからね!」
そう言い残し、水野さんは三人の仲間のところへ走っていった。
VIVIDの四人が並ぶ。俺の家でチャーハンを食べて、ゲームをしていた四人だ。普段は配信で笑っている姿の方が印象に残っている。
でも今、彼女たちが立っている場所は戦場の最前線だった。
「VIVIDチーム、南側へ!」
協会から指示が飛び、黒川さんが短く答える。
「了解」
水野さんが笑った。
「やっと私たちの番じゃん」
「夏希、油断しないで」
「分かってるって、玲奈さん!」
小宮川さんが肩を回しながら前を見る。
「3000って聞いた時はどうなるかと思ったけど、やることはいつもと一緒でしょ?」
「そうですね」
橘さんが静かに頷いた。
「四人でやりましょう」
俺は少し離れたところから、その背中を見ていた。
福岡を代表する人気探索者チーム、VIVID。
俺は今まで彼女たちを、身近な知り合いとして見ることの方が多かった。
水野さんはよく喋るし、黒川さんとは煙草を吸いながら話した。小宮川さんには振り回され、橘さんとはゲームの話で盛り上がった。
でも、考えてみれば当たり前だ。
彼女たちは、ただの人気者じゃない。全員が、二十代でここまで上がってきた上位探索者だ。
そして次の瞬間。
四人が、一斉に動き出した。
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